第13話 やってやる!

 練習初日からトラブルはあったものの、その後しばらくは何事もなく練習に集中できていた。その間に季節は初夏を迎え、まさに今、バンド活動とは別の問題が俺たちの目の前に迫っていた。


 それは‟期末テスト”だ。


 中間テストはみんな無事目標をクリアしたが、この期末テストで一学期の学校生活全てが評価されると言っても過言ではない。どれだけバンド活動を頑張っても点数に加点はされないので、とにかく勉強して良い点数をとるしかない。



「よしっ、明日からしばらく練習は休みだな!」


 期末テストを一週間後に控え、この日を最後に4人揃っての練習はしばらく休みに入る。


「おつかれ~! じゃ、バイバ~イ!」

「東雲~! 練習ないからって遊びまわるなよ!」


 一足先に教室を出る東雲の後ろ姿に向かって小言を言うと、東雲はくるりと振り返り、‟ベー”と真っ赤な舌を出した。そして短いスカートを翻し、スキップしながら帰って行った。


「禅、一緒に帰ろうぜ」


 三味線を片付け終わった禅に声をかけると、禅は申し訳なさそうに両手を合わせた。


「ごめん! 帰りにお使い頼まれてるんだ」


 禅が帰ってしまうと、必然的に音楽室には俺と音羽だけが残された。‟音羽のことが好きだ‟と自覚した日以来二人きりになるのは初めてだ。


 自身の片づけをとうに終わらせている俺は、フルートを大事そうに手入れする音羽を黙ったまま眺めた。

 音羽は磨き終わったフルートを満足そうに眺め、そしてそれを丁寧に楽器ケースに収める。


 普段はこんなにも落ち着いている音羽だが、周囲の知らないところでいまだ過去のわだかまりと戦っている。普通の女子なら嘆き喚いたり、自分の不幸を訴えたりするほどの出来事を、音羽は自分の胸の内にしまい、それを決して面に出さない。本当に強い女の子だと思う。


「音羽、辛い時には俺を頼ってくれ……」


 俺は音羽に聞こえないように小さな声で想いを口に出した。


「……何か言った?」

「いや、何でもない。音羽、途中まで一緒に帰ろう」


 教室を出て放課後の廊下を二人で並んで歩く。学校内は昼間のにぎやかさとは一変して、今は静寂に包まれている。

 背後から夕陽に照らされ、俺たちの影が床に映し出されている。指を動かすとそれに合わせて俺の影も動く。もう少しだけ指を動かすと、俺の影が音羽の影に触れた。




 家に帰り着いた俺は早速勉強机に向かう。問題集を解いていると、ふとシャープペンシルを持つ自分の指に目がいった。先ほど音羽の影に触れたその指をじっと見つめ、それからそれを自分の唇に当てた。


 その時、ドアのノック音が部屋に響き、俺は慌てて姿勢を元に戻した。


「入るぞ」


 部屋に入って来るなり父さんは俺のベッドに腰を下ろした。


「……何か用?」


「お前、バンドなんてやってるのか?」


 バンド活動のことは父親には内緒にしていたので、俺は内心焦った。でもバレたなら仕方がない。俺は腹を括った。


「中間テストだってトップをキープしたし、今だってちゃんと勉強してるんだから問題ないでしょ?」

「『音楽なんて将来の訳に立たないからある程度にしとけ』と言ったよな? お前は将来医師になる人間だ。だから音楽なんて遊びに本気になるな」


 怒りを含んだその言葉に俺はカチンときた。そしてその日初めて父さんに反論した。


「将来の役に立つかどうかの判断は父さんのすることじゃない! 音楽を将来の夢として必死でやっているヤツだっているんだ!」


 父さんは驚いて目を見開いた。そして立ち上がると、椅子に座る俺を上から見下ろした。


「なんだ、もう誰かに影響を受けてるのか!? いいか? 期末テストで順位を一つでも落としてみろ。すぐにその友達とは縁を切ってもらうからな!」

「あぁ、分かったよ! オール満点取ってやる! それでバンド活動も俺自身のことも父さんに認めてもらう!」


 俺も立ち上がり、怒りに任せて父さんを睨んだ。初めての親子喧嘩が階下まで聞こえたのか、母さんまで俺の部屋の前にやって来た。父さんは部屋を出ていき、変わりに母さんが部屋に入って来た。


「響がお父さんに反発するなんて初めて見たわ。それほど大切なお友達なのね」


 母さんは優しく微笑むと、『頑張ってね』と言って部屋を出て行った。


 俺はテストまでの一週間死ぬほど勉強した。でも不思議と辛くはなかった。結果を残すことが誰かの評価に繋がると思うと力が湧いてきたのだ。




――二週間後


「よ~し、期末テストを返すぞ~」


 テストの返却なんて何回も経験してきたはずなのに、俺は初めてこの瞬間を怖く感じた。


 やることはやった。問題も全部解けた。でも万が一……。いや、絶対大丈夫。


 ついに俺の名前が呼ばれた。俺は前に進み出る。


「匹田、よく頑張ったな!」


 先生の声はいつも以上に明るい。俺は顔を上げ、先生の顔を見る。


「オール満点で学年トップだ!」


 その瞬間、俺は『よしっ!』と思い切りガッツポーズをした。俺がテストの返却で喜びを爆発させたのは初めてのことで、歓声に沸いていたクラスから驚きの声が上がった。


 席に戻る途中、音羽の方を見ると目が合った。俺は音羽にこっそりとVサインをしてみせる。すると音羽も俺と同じサインを返してきた。その可愛らしい姿に俺の胸は躍った。

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