第8話 初めての練習
「なぁ音羽、確か吹奏楽にはドラムもあるよな?」
「うん、あるよ」
「禅、コンサートでバンド曲をバックミュージックに三味線弾いてたよな?」
「うん、弾いた」
「フルートと三味線が一緒に演奏することは?」
「「やったことない」」
「そりゃそうだよな……」
やはりこの三人でバンドを組むということは無謀なことなのだろうか……。
三人は腕組みをしながら渋い顔で黙り込んでいたが、やがて禅が顔を上げ、暗くなりかけたこの場の雰囲気を良くしようと明るく振舞った。
「まっ、とりあえず一曲合わせてみない? それで合わなければまた考えよう! 響、何か楽譜ある?」
禅の提案を受け、俺は数ある楽譜の中から自分が毎日練習している流行りのポップス曲を選ぶ。初めて楽譜を見る二人のために少し練習時間が必要かななんて思ったが、それは余計な心配だったようだ。
俺が何日もかけてようやく叩けるようになった曲なのに、音羽は『ポップスは専門外』と文句を言いながらも、楽譜に一度目を通すとすぐに吹き始めた。禅も音羽と同じように難なく弾いてしまった。
これが俗に言う“敗北感”というものなのだろうか。俺は悔しさを感じた。普段の生活では誰かに負けるなんてことがなかったので、その新しく生まれた感情に内心戸惑ってしまう。そして、高いレベルで熱中し続けている二人と一緒にいると、俺なんて全く特別なんかじゃない普通の中学3年生なんだと思い知らされる。
二人の微調整が終わり、三人で一曲通してみた。すると、先程までバラバラだった音が交わり合い不思議と調和の取れた曲になった。
「お? 初めてにしてはなかなか良かったんじゃないか? 音羽と禅、聞いた感じお互いに違和感あるか?」
「「いや、特には」」
「全体的なバランスはまだまだって感じだけど、練習すれば何とかなりそうだね」
禅がそう言うと、音羽は首を横に振ってから俺を見た。
「練習もそうだけど、このバンドが上手くいくかどうかは匹田くん次第かも」
「‟俺次第”ってどういうこと?」
「吹奏楽でのドラムはね、他の楽器とのバランスを考えて基本的には大きな音は出さないんだけど、バンドのドラムはそれとは逆で、他の楽器に負けないように大きな音で演奏しなきゃいけないでしょ? だから匹田くんがその叩き分けができるかどうかにかかってくると思うんだ」
「そっか……。ただ叩ければいいってもんじゃないんだな。よしっ、分かった! そこは意識して練習しておく!」
先ほど味わった敗北感からか、音羽の言う叩き分けを絶対にマスターしてやると強く決心した。
「じゃあ、響のためにも演奏する曲は早めに決めてた方がいいね」
それから俺たちは演奏曲を決めるために練習を一時中断し、円になって座った。それぞれのスマホを使って動画サイトで手当たり次第に曲を探す。そして興味の湧いた楽曲を見つけると、三人で額を寄せ合いその曲を聴いてみた。
ロックは……
「私こんなのムリ……」
クラシックは……
「俺いらないだろ……」
ポップスは……
「僕浮いちゃうね……」
しかし、こんな調子で自分たちにピッタリな曲がなかなか見つからない。ただ時間だけが過ぎていく。探すのにも少し飽き始めた頃、淡々と画面をスクロールしていた俺の指がある動画のところで止まった。
「ちょっと音羽と禅これ観て」
俺は自分のスマホを二人の方に向けて再生ボタンを押した。三人で画面を覗き込む。そして動画が流れ終わると一斉に顔を上げた。
「「「これだ!」」」
俺たちが見ていたのは和とロックが融合した異色のバンドの
「俺と禅はいけるな」
「音羽はどうだ? いけそうか?」
「うん。この曲なら
「これならみんなも知ってるし、ステージも盛り上がるね」
「よしっ! じゃあ、文化祭での演奏曲はこれにしようぜ!」
時計を見ると夕方を随分と過ぎてしまっていた。とりあえず今日の練習はここまでにして、俺は音羽と禅を家近くの大通りまで送ることにした。道案内のため先頭を歩いていた俺は、今日一緒に練習してみて改めて気になったことを音羽に聞いてみた。
「ところで、音羽ってなんで途中で部活辞めたんだ?」
「えっ……?」
「いや、中1までは
少し待ってみても疑問は投げかけられたままで、音羽からは一向に返事がない。どうしたのかと後ろを振り向くと、音羽は下を向き少しだけ悲しそうな表情をして歩いていた。初めて見せたその表情に俺はギョッとした。
「上手く演奏出来ても良いことばっかじゃないよ……」
それは、普段の音羽なら絶対に口にしない言葉だった。
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