終末は竜と御一緒に

ちろり

プロローグ 白竜の瞳に吸い込まれそう

 終末という言葉は、こういう景色を指すのだろうか。


 そらには濃い灰塵かいじんが漂い、周囲は瓦礫の山で埋め尽くされてる。人間のようなモノはいくつかあるが、そのれもが倒れ伏したまま動かない。血塗れのモノもあれば、潰れているモノもある。言わずもがな、その全てが死んでいる。例外があるとすれば………オレぐらい、か。


 人間の築き上げた何もかもが、人間ごとキッチリ瓦解し、真っ平らの更地にされている。重ねた歴史も、作り上げた在処も、尊いはずの命も、綺麗サッパリに。

 それら全てを一笑に伏す、とてつもなく強大な力によって。


「ゲホッ! ぃ、痛たっ……」


 灰色の景色が、激痛と共に赤く染まる。額から流れた血が目に入ったのか、それとも目が潰れて視界が血に呑まれたのか。それを確かめる気力も体力も、今のオレには…ない。


 おそらくはオレも、もうすぐあの肉塊達の仲間入りとなるのだろう。

 ──驚きはない。そりゃそうだ。身体が半分近く瓦礫に埋もれ、潰されてんだから。むしろ、生きてるのが不思議なくらいだ。幸運とは一概に言えない。苦しみが伸びただけと考えたら、どちらかと言えば不幸よりかもな。

 あの肉塊達も、自らの死に驚きはきっとなかったはずだ。今の世で、こんな死に方は日常茶飯事の平凡沙汰。自分の番がようやく来た。ただそれだけの話。


 これは、死は必然──みたいな宗教論めいたおためごかしではなく、目の前の現状を正しく見つめた事実に他ならない。鼻先三寸。眼前にある、人類の滅びという事実だ。

 世界各国あちらこちらで、同じように人が死にまくっている。テレビのニュースで最後に聞いた話だと、人類の数も十億そこらにまで減ったらしい。今はもっとずっと減っているに違いない。この数がゼロになる日も、そう遠くはないだろう。……或いは明日にでもそうなったって、少しもおかしくない。

 壊滅した街で一人寂しく死ぬなんて、平凡中の平凡。世界の滅びの一端の、そのまた片隅にある普遍ふへんに過ぎない。


 身体が、内側に氷をしこたま詰め込んだかってくらい冷たく、重く、動かない。

 ──後悔も、ない。あの肉塊達にも、きっとなかっただろう。後悔に後ろ髪を引かれるには、この世界にはもう、何も残ってなさすぎる。


 ……だけど、後悔とは違う残念な思い。ガッカリしている事ならある。

 どうせ滅びるのなら、もう少しくらい逸脱いつだつした滅び方が良かったな…って。例えば、世界で最後の一人になって……それから死ぬとかさ。折角まだ、生きてるんだから。


「ふぅ………」


 重いため息。霞む瞳。終わりは近い。オレの命も、多分…人類も──



 ぼやけた視界でつまらない灰塵の景色を眺めていると、目の前に、巨大な『何か』が降り立った。

 真っ白で巨大な塊、背からは翼が生えている。息も絶え絶えなオレとは正反対に、生き生きと翼を上下に動かすその生き物が何か、ボケた頭でもすぐに分かった。


 それは竜。……うん、竜だ。見間違えるはずもない。この姿を見誤れるヤツなんて、いるもんか。


 白銀の鱗に覆われ、白い翼をはためかせる。眼前の白竜は、その顔を死に体のオレに近付ける。

 半開きの口からは、鋭いナイフのような牙が覗く。口が半開きだからか、若干間抜け面のようにも見える。


 竜の双眸そうぼうは、確かにオレを睨んでいる。オレの身体よりも大きな顔にある二つの瞳は、銀。──そう、銀色に輝いている。

 人間の目とは全然違う。呆れるほどに澄んだ銀色。美しいなんて台詞すら似合わない、見るもの全てを吸い込むような瞳。


 この竜は、オレを食べる為にここに降り立ったのだろうか? だとしたら、少し嬉しいな。独り寂しく死ぬよりは、竜に喰われ竜の一部になる方が死に方としては上等な気がする。

 白竜は細くざらりとした舌で、オレの身体を一舐めする。大きな口は、まるで笑っているかのように弧を描いている。


 あ………。もう一つ、後悔が生まれてしまった。

 この竜について、もっと知りたかったな。竜と話なんて出来ないのは百も承知だけど、話をしてみたかった。

 何でそんな色の瞳をしてるのか、とか。何で笑っているのか…とか。或いは、どんな食べ物が好きなのか……とか、どんな名前で呼べばいいのか………とかさ。そんな、他愛のない話をして、理解したかった。

 ま、名前なんてないだろうから、まずは名付けるところから、だけど。


 ──竜を。この、最後の出会った白くて美しい竜を………。


「──シ、ロ」

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