魔王の力と力を無くした魔王~かよわい人間少女となった魔王を倒した俺が守る側に~

安田座

第1話 魔王取りが魔王に


「ん?」


 俺は目を覚ました。


 目を開けて最初に見えたもの、見知らぬ美少女の顔だ。


 片目をつむってるのは、どういう仕草だろう。


 その見知らぬ美少女は俺に馬乗りになっているのか?


 そして、俺の顔を小さな拳で殴った。 逆の拳でまた殴った。


 いやいや、殴り続けているっぽい。戻って行く拳はとても赤かった。


 不慣れそうに殴る動作、その度に銀色の髪が左右に乱れる。さらさらととても綺麗な音がしそうだ。


 いや、しそうだじゃない、聞こえていないのでは無いか? 殴られる音さえしないのだ。


 そして気付いた。 美少女の口が動いている、何か言ってる様なのだ、だが、やはり聞こえない。


 きっと綺麗だろうその声も聴きたい、そう願おうとした時にさらに気付いた。


 裸じゃないか。 華奢な体躯、身長は低そうだ。 胸は大きくは無いが、殴る動作に合わせて震えている。 男なら、そちらにすぐに目が行きそうだが、俺は、暫く少女の美貌に見とれていたのだ。


 それにしても、とにかく綺麗な女の子だ……と、繰り返し、そんな風にぼうっと感想を頭の中で並べている。


 肩越しに見えるのは天井だろうか、見覚えがある気もするが、高いのか茶色っぽいくらいしかわからない。


 ……俺は思った……


 これは夢だな、その証拠に……


 こんなに殴られているのに音どころか全く痛みが無い。


 美少女の体が大きくないからかもしれないが、重さを全く感じない。


 そして、現実で出会えるとは思えないほどの美貌。


 既に、一目ぼれを通り越して愛しいほどだ。


 ならば、このすばらしい夢を喜んで受け入れるとしよう。 そう決めたからか、両手はすんなりと動き、少女の腰を掴んで……






 俺は目を覚ました。

 なんだかとても幸せな夢を見ていた気がした……だが、思い出せない。


「はっ」

 そして思い出した。


 俺は生きているのか?


 確か、魔王と戦って、玉砕覚悟で道連れにした……はず……

 ……その後が、全く思い出せない。


 死後の世界なんて知らないが、この天井は見覚えがある。 魔王城の中、最後に戦っていた場所、だだっ広い部屋に悪趣味なデザインは強烈に印象に残っている。


 つまり、知っている場所に居る。 ならば、ここは生きていると仮定して、体を起こす。 自分の体とは思えないほどスムーズに力強く動く……やはり現実では無いかもな。


 その時、重大な事に気付いた。左目が見える。以前に魔獣との戦いで失ったはずだ。ますます現実が遠のく。


 そして、もう一つ気付いた。裸なのだ、装備していたものが何も無い、下着もだ。あの魔法であれば消滅していて当然だが、体が残っているのにおかしい。さらに、なんだこの肌の色、質感……まるで……魔族。薄暗さでそう見えているのかもしれないが……。


 ”そんな事”よりも、何よりも、パーティのメンバーは無事だろうか、圧倒的な魔王の力の前に傷付き倒れた三人が気になる。


 慌てて、周りを見渡して見る。


 人が居た。一人だけ。


 背中をこちらに向けて横たわっている。 素っ裸の子供? 女の子か? 銀色の髪の雰囲気は俺に似ている。 だが、知らない背中だ。


「おい、生きてるか?」


 返事は無い。死んでいるのだろうか。


 仕方がない。 近づいて、とにかく脈を確認してみた。大丈夫そうだ。ついでに、呼吸もしている。血の流れ出ている様子も無い。 無事を確認すると、直ぐに目をそらして、今度は着衣にできそうなものを探すため立ち上がった。自分もそうだが、女性を裸のままにはできない。


「貴様」

 少女の方から声がした。もちろん女性の声だ。


 辺りを調べに向かおうとしていた俺は、彼女に背を向けている。


 声を掛けられた事で気付いた。自分はとてもうかつだったのではないかと。ここは敵の本拠地の最重要地点。知らない人間。疑ってかかるのが普通では無いか?


 俺は、他人を疑うことは苦手だ。 特にその人を知らずに最初からは……とか、言い訳だな。


 悔しいので、振り向かずにとぼけて答える。


「お、無事だったのか、よかった」


「無事かだと? 貴様の所業であろうが……しかも……」


「俺の? しかも?」


「襲って……絶対に許さん」


「え? 襲った?」


 何を言われているのか解らなかった。聞き違いかもしれない。いや、今、うっすらと思い出してきた……そう、銀髪、夢で見たかも? 夢だよな。


 ただ、絶対に許さんと言われた。やはり敵ということは確からしい。


 ああ、どうしたものか、敵の実力が分からないのは仕方が無いが、杖もマジックアイテムも無い丸腰で、魔法使いが戦えるわけないだろう?


 相手が、戦闘職で無くても体力がある者なら余裕で負けるレベルだぞ。


「すまない、俺が何かしたのなら詫びよう。 話をしないか?」


「殺す」


 せっかくの提案も速攻で一蹴された。


 だが、さっき見たのは少女で、俺と同じ丸腰というか裸、もしかして戦っても勝てるのではないか?


 そういえば、目覚めた時、妙に体に力を感じた。行けるかもしれない。


 いや、『殺す』と言うからには、向こうには勝算があると考えた方がいい。振り向いたら、とんでも無いのに変貌しているかもしれん。


 だが、背中を向けた隙だらけの俺に、一向に向かって来ない。正々堂々みたいな雰囲気の言葉でも無かった。


 もしかして……


 振り向いてみた。


 あれ?


 そこには、女の子座りで呆けている少女が居た。さっき見たままの姿で。


 あれれ? もしかして、『殺す』ってのは、ただの強がりだったのかな?


 考えすぎたのか、俺が馬鹿なのか、ただの夢の続きなのか……死後の世界では、無さそうだが。


 だから、


「話をしてくれないか?」


 出来る限りやさしい声で、あらためて聞いてみた。


 少女は小さくこくりと頷いた。


 その時、


「待てぇ~い」


 突然、別な声がした。老人が怒りを込めてるような。 でも、なんとなく聞き覚えがある様な声だ。


 声の方を振り向くと、足のサイズくらいの蜥蜴に蝙蝠の羽が生えた奇妙な生き物がするすると走ってきて、少女と俺の間に割って入った。


「やっと見つけましたぞ、魔王様」


「魔王?」


 俺は聞き返した、魔王は俺が……確かに道ずれに……


「貴様、魔族の生き残りだな、魔王様に何をしようとした?」


「え、俺?」


「他に誰がおる?」


「俺が、魔族?」


 言われて思い出す。 さっき気付いた幾つかの違和感を。顔を触ってみる。頭を触ってみる。先ほどは確認していない部分だ。魔族らしい感触が確かにあった。固い肌、長く尖った耳、そして角……。


「どういう事だ?」

 何者かもわからない蜥蜴に問うていた。


「ガーネットか?」

 ほぼ同時に少女も蜥蜴に問いかけていた。今しがたうつろだったのが嘘の様な高圧な雰囲気を醸し出している。そして、当然の様に俺の質問は無視された。


「そうでございます。 しかし、その外見は、誤解を生みますぞ」


 こいつが、あの魔王だと言うのか。


「我にもわからぬ。 ガーネットよ、お主も外見は変な蜥蜴だが、意味があるのか?」


 ”変な”の部分でちょっと笑いそうになってしまった。


「いつの間にか、この姿でありました。 それに、冒険者の妙な魔法を受けたあたりから一時的に記憶が飛んでおります」


 相手が魔王だとすると、その魔法を使ったのはたぶん俺で、俺も同じ状態なんだが、ここは触れないでおこう。


「やはりか……」

 少女は同意する。


「わたくしの記憶が再会したのは、魔王城の外でございます。 そこから、城内部を通ってここまで来ましたが、動くものはひとつもございませんでした」


「ほう」


「そして、何者も各施設を使用していた形跡が見られなかったのでございます」


「何が起こった?」


「図りかねますが、あれら冒険者程度にできる芸当とは思えませぬ」


 その冒険者である俺たちは途中にいる魔族どもを倒しながら進んだ。だが、わざわざ躯を消し去るなどしていない。いやおっしゃる通りできない。それに死体なら別な冒険者のものもあったはずだ。おお、つまり、俺のパーティのみんなも無事だと言う事だな。


「ふむ、魔神石が目覚めれば何かわかるやも知れぬが、まだ時が必要な様じゃ」


 魔神石、あの魔王の額にあったやつだろうか。


「では、それを待つといたしましょう。 そして、そこの無礼者を始末いたしましょう」


 そうなるのね。だが、その少女の戦闘力は皆無では無いか? 魔王と呼ばれるからには、からくりがあるかもしれないが。あとは、どんな力があるかは知らんが、まぁ小さい蜥蜴だ。変な小さな翼はあるが飛べるとも思えない。湧き上がるほどの力を感じる今の俺の体なら、あの魔王にも負ける気がしない……でもない。


 だが、もう少し事態を把握したい。


「俺も事体が把握できていない。 できれば、いくつか質問させてくれないか?」

 部下を装うのも考えたが、格下の質問に答えてくれそうにも思えないので、同等程度の態度で臨んだ。


「魔王様を前にその口の聞き方、やはり万死に値する」


 そうですか、では実力行使と行くしかないのかな。


「待て」

 その時、魔王と呼ばれる少女が蜥蜴を止めた。


「この者に利用価値がおありですか?」


「話をすると約束した」


「なんですと……」

 蜥蜴が驚いている。


 まさに『なんですと』だ。魔王が約束と言ったぞ。誰とも知れぬ者との些細なやりとりをだ。


「そいつは、我の婿、いや、我がその者の妻じゃ」


「な、なんですと……」蜥蜴が大きく驚いている。


 まさに『な、なんですと』だ。言ってる意味が全く分からない。話の進行方向が分からない。


 そして俺の妻と言った少女の目は、俺をきつく睨んでいた。片目で……ウインクでは無さそうだが。


 そういえば襲ったとかどうとか言っていたのを思い出した。関係ありそうだが、やはり心当たりは無い。


 蜥蜴が近づいて来る。何か見定めでもするのか。たたきつぶす事はできそうだが、先に少女と話をする方が大事な気がする。


「待てガーネット、魔神石が目覚めた」

 少女が蜥蜴を止めた。


 蜥蜴は、少女の言葉を聞くと、方向を変え少女の傍らに移動した。


「おい、貴様にも聞いてもらう」


 俺に向かって少女が、妻ということらしい魔王が言う。


「わかった。情報をもらえるのは助かる」


 少女が、俺を睨んでいた目を閉じ、額に人差し指をあてる。


「魔神石よ」

 少女は、小さくつぶやく。


 すると、額に何か宝石の様に輝くものが浮き出て来た。これが魔神石だろう。確かに戦った時にあった。


 ふと気付いた。 そういえば、蜥蜴の声、あの時、魔王の首に掛かっていたアクセサリー、深紅の宝石の左右に翼がデザインされたもの。そいつがしゃべっていた。その声と同じだ。


 そして、魔王が話し始めた。


「貴様、あの時の冒険者だな?」


 バレた? とぼけよう。


「俺にはわからない」


「ふん、まぁいい」


 そこは重要では無いということか。


「あの時、貴様の魔法に巻き込まれ異空間へ飲み込まれた。 我と貴様、そして近くにいたのであろう蜥蜴だ」


 蜥蜴は知らんが、あの高度な魔法を狙い通り発動できたのには感動を覚える。あ、蜥蜴って、非常食用の干物があったかもしれない。


「異空間の中で、塵と化すそれらを、魔神石が復元し、この世界に具現化した。 我々が居た世界では無いと」


 そんな力が……で、どういうことだ。


「だが、我のみでは無く、ガーネットも救うために範囲内のものが対象とされた」


 組みついて魔法を発動した俺も、当然範囲内に居たということだろうな。


「だが、復元の際に、なぜか混ざりあい、再構成された結果が今の状態だ」


 少女の姿で語るのを見ているうちに、内容は置いておいて、よく見るとものすごく可愛いのではと思った。


「装備類は全て媒介に使われた」


 悔し気な表情になっている。


「混ざりあって構成されたと言うのは、俺が魔族の姿に、お前が人の姿にってことか?」


 そういえば、魔王は左目を開けていない。


「わたしは蜥蜴か……」

 蜥蜴が、呆けた声でつぶやく。


 ご愁傷様だが、動け無いアクセサリとどっちが良いのだろうとも思った。


 そして魔王が神妙な顔で答える。


「見た目だけでは無い。お前には我の、魔王の力、おそらく我にはお前の元の能力が宿っているのだろう」


「魔王様、それ以上説明なさるのは……」

 蜥蜴が言葉を制止する。


 そう、形勢は、完全に俺が有利だと教えてくれたのだ。


「なるほどね。教えてくれてありがとう」


「我を滅ぼせ」

 少女は瞳を俺に向けて強く言う。


 教えてくれたのは、そういうことか。 だが、俺はそうはしない。


「お前は人間になったと理解した。 俺は人間のために戦ってきた。 そして、お前が他の人間に悪さする者だとしたら、それはもう、法律の仕事だ」


「こんな姿となり、辱められ、これ以上生き恥をさらせるものではない。 貴様の力なら、魔神石ごと消しされる」


 魔神石が残れば再生されると言う事か。それにしても何をしたかがわからん。


「提案してもいいか?」


「聞こう」


 事体が少し明らかになった事と、死を既に選んだためか、落ち着き、漸くこちらの話を聞いてくれる気になったのだろう。


「その前に、気になった点がいくつかある。


 俺達以外に誰もいないということ。


 魔神石とやらは、やり直しはできないのかな、媒介になるものを集めれば。


 そして、お前の言う俺に襲われたというやつ」


「やり直しはできない。 我の装備が媒介役のほとんどを占めた。 貴様の装備など髪の毛一本程度だろう、杖に内封されていた精神的エネルギーだけは多少使えたらしいが」


「あの伝説級の装備か、確かに集めるのは無理だな。 あ、もしかして、俺に毛が無いのは、魔族だからでは無く、足りなかったのか」


 目の前の少女の髪は肩くらいまではある。少し回して欲しかった。


 それにしても、師匠にいただいた杖、やはり由緒正しき一品だったのだ。無くなって惜しかったよりも評価された事が嬉しく思えた。


「誰もおらんというのは、わからんな、そして……」


 頬を染めて下を向く、尖らせた唇が、小鳥のくちばしの様に見えてかわいらしい。


「これを見ろ、額に現れるものと思っていたが……」


 顔を俺に向けて、下腹部、へその下あたりを指さす。


 何か模様が描いてある。


「魔王と交わった者に現れる……魔隷紋だ」


 え、その魔王ってのが俺の事? 交わったって……やはりあの夢……


 だが、その模様には見覚えがある。魔族でも苦戦したやつらの額にあった気がする。単に魔王軍の印では無かったのか。


「それが妻の……ってこと?」


「そうだが、もう気にするな。 魔族の本能に対してうかつだったのは、無力化したことを受け入れてなかった我だ。 で、他に聞きたいことはあるか?」


 記憶が飛んでいる以上、その間に俺が起こしてしまったことだろう。相手が今見ている美女なら、否定したく無い気もした。ただ、普通の男である俺は、記憶が無いのはやっぱり悔しい。


 だが、今はこの命を、ついでとはいえ救ってくれたこと、そして現実であることを教えてくれた。それに感謝を示すべきだと思った。


 そして、既に元魔王が敵とは思えなくなってきている。その美しい外見のせいか、はたまた、俺が魔王になったからか……いや、心は人間のままだ。か弱そうな女の子を放置できるわけも無い、ましてや妻とまで言われる。


 だから提案する。


「俺と一緒に来ないか?」


「え?」

 元魔王が、予想外だったのか不思議そうな瞳を向ける。


「何を言うか、無礼者」

 蜥蜴は激昂している。


「お前も来い」

 蜥蜴にも提案する。


「何を言う……」


 蜥蜴は許容できないと返そうとしたのだろうか、それを遮る様に元魔王が答えた。


「わかった…………ガーネットも良いな?」

 少し低い声は、蜥蜴に対する命令口調だったのかもしれないが、何かを決心した様にも聞こえた。


「魔王様が、決められたのであれば……」


 蜥蜴は納得いかない様だが、引き下がるしか無かったのだろう。


「ありがとう。 では、街へ向かおうか、一緒に」

 笑顔を作ってやさしく答えた。 魔族の笑顔を想像すると、逆効果だろうか……。


 答えは無かったが、立ち上がるのを見て同意とみなすことにした。


 今の俺は、目の前の元魔王も気になるが、仲間たちの事が当然気になっている。 魔王を倒したと理解し、街に戻っていることに期待して、早く向かいたかった。


 それでも、この少女は、とても放っては置けない……死を選ぶほどに絶望している彼女には、誰か、たとえ未だ敵であろう俺でも傍らに必要だろうと思えたから。


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