三章 姫と騎士と魔法使い
第15話 真実の愛で目覚める薬
季節は秋口に入った。
魔法使いの大家であるワイアット家は、表面上は穏やかに日々を送っている。
「最近母さん機嫌良いんだよね。花とか飾るようになったし、刺繍とかもオレに見せてくるようになったんだ。オレもまあ、そういうの好きかもって思って」
兄に魔法についての研究書を借りに来たルカは、できるだけ気軽に聞こえるようにそう言った。しかし語調に反して嬉しさを隠しきれずにいる。
「そう。趣味が合うんだね」
「う~~ん……そうかも」
セスの言葉にルカは身をくねらせる。
弟の繊細な心境はセスには分からない。ぼんやりとヒヨコのような頭を眺めていた。と、弟は思い出したようにニヤニヤと兄を見た。
「今日スカーレットさん来るんだよね。邪魔しちゃ悪いからオレは引っ込んでおくね」
「誰に教わるんだ、そういうの」
ルカは言うだけ言って足取り軽やかに出て行った。セスは盛大に溜息をついた。急速に知識を付けだした弟であるが、最近その言動に面喰うことが多い。
あの夜会以降もスカーレットと交流を続けている。
セスは思考を切り替えてスカーレットを迎えることにした。
来客用のソファーのないセスの部屋では、スカーレットは書斎机の椅子に通される。本で埋め尽くされた部屋の中でも存在感のある、重厚な造りの書斎机。その脇にスカーレットは大きな鞄を置いた。
「私事で、きみの力が必要なのだが、協力してくれるだろうか」
私服で訪ねて来たスカーレットはそう切り出した。私服といってもシャツとパンツスーツで、彼女が彼を訪ねる時はいつもこうだった。妙に大きな鞄を携えて来たが、それには触れないようである。
丸椅子を引っ張って腰掛けたセスは首を傾げた。
「何かあったのですか?」
「実はまだ事件は起きていないのだ。メアリー嬢……私の薔薇たちの一人なのだが、彼女からのタレコミでね」
私の薔薇たち、つまりスカーレットのファンクラブ『赤薔薇の会』の一人である。
そのメアリー嬢が言うには、こうである。
最近、巷で『白雪の集い』と呼ばれる集会が流行っている。事情のある女性が参加しているらしく、彼女たちは生活を疎かにして集会にのめりこんでいる。さらに、その集会ではある薬物が配られているという噂だ。
それは、飲んだ人を眠らせ、『真実の愛で目覚める薬』だという。
「はあ? なんですか、そのイかれた薬は」セスは顔を顰めた。
「知らない! だってメアリー嬢が言ってたんだもの!」
スカーレットは赤面した。自分だってメルヘンチックなことを口にしていると分かっている。
「真実の愛がある人がキスすると、眠った人の目が覚めるらしい」
「『真実の愛』の判定基準が分からないな……。確かに魔法が関わっていそうな薬ですね」
むしろ魔法抜きでそんな薬を作られたら恐い。
「うむ。それにな、その集会の主は『魔女』と自分を呼ばせているそうだ」
「それは何か意図を感じますね。魔法使いは女性の魔法使いのことをわざわざ『魔女』とは呼びません。随分俗的な呼び方を使っています」
それにしても、とセスは眉を寄せる。
「そんな怪しい主催者の集会に行きたくなるものですか?」
「乙女心がくすぐられる話じゃないか」
セスは口を噤んだ。彼には乙女心が分からないので。
「実際に眠った人を確認していないから事件として調査できない。まずはその薬を入手して有害なものか分析せねばならないのだ。薬は集会で誰にでも配られている訳ではなく、『魔女』の目に留まった女性だけが渡されるらしい」
「よくそこまで分かりますね」
「メアリー嬢が調べてくれたのだ。彼女をはじめ、私の薔薇たちには感謝してもしきれない」
もう『赤薔薇の会』が調査すれば良いのでは? セスは口には出さなかったが、スカーレットは表情で気付いたようだった。
「もちろんいつも謝礼を渡そうとしているんだぞ! でも全然受け取ってくれないのだ!」
セスは頷いた。
「分かりました。僕にできることなら、協力します」
セスの言葉に、スカーレットの瞳がにんまりと弧を描いた。
「言ったな? 約束だぞ」
そう言い含め、持参した鞄に手を伸ばす。中から取り出したのは、真っ白なワンピースだった。
いきなり純白の装束を見せつけられ、セスは訳も分からずそれに視線を落とした。
「『白雪の集い』は男子禁制だ。メアリー嬢は一緒に調査すると申し出てくれたが、危険な集会に連れて行くわけにはいかない。薬を入手するために、私ときみで潜入しよう」
スカーレットはそう言って、女性ものの衣装一式をセスに差し出す。
今、自分は、女装を強要されている。
黙り込むセスに、スカーレットは差し出していた腕を引っ込めた。悲しげに瞳を揺らしてセスを見上げる。あざとい。
「か弱い私一人で、危険な集会に行けって言うのかい……?」
「か弱い……?」
確かにスカーレットは扉を片手で粉砕できるが、本人に言われたら、か弱いような気がしてきた。
セスは白いワンピースを見つめた。
自意識も服装の傾向も男性的である自分がワンピースを着ることは、確かに抵抗がある。しかし、彼にとって自分の体面や抵抗感などは、ほとんど取るに足らないことであった。
「着るだけ着てみますけど、どう見ても男にしかならないと思いますよ」
「ありがとう。私の目に間違いはないと思うけどね」
もしかして楽しんでますか? とセスは問わなかった。
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