第14話 関係


 と、意気揚々とダンスの輪に加わった二人だったが、ある問題が発生した。

 ダンスにはポジションというものがある。そしてスカーレットは今まで男性側ばかりしていたのだ。

 普段の癖でリードするように一歩を踏みこんでしまい、彼女はいきなりセスの足を踏み抜いた。


「いやっ、その」


 得意なはずのダンスでいきなりミスしてしまい、スカーレットは慌てた。先程まで軽やかに踊っていたのと同じ人とは思えない、ぎこちない足取りだ。

 内心焦ったのはセスも同じだ。彼女をリードするべきなのだが、想像以上にスカーレットの力に引っ張られている。自身の臂力の無さに驚愕した。

 立て直そうとするほど焦ってしまう。

 スカーレットは唇を噛んだ。たとえ仮の恋人役だとしても、せっかくだから、楽しいと思える夜にしたかったのに──……

 ガクンッ。


「危ないっ!」


 かちあった足がもつれ、セスの上体が傾く。咄嗟にスカーレットは彼の腰を支えて抱き留めた。

 覗き込む形になり、三つ編みにした赤毛がセスの頬に掛かる。

 見開かれたセスの瞳を見つめて、スカーレットは申し訳なくなった。


「すまない! こんなはずでは」

「スカーレット、交代しませんか?」


 抱き留められた状態のまま、セスは重ねた手を組み替えた。そして自身を支える腕に左手をそっと添える。


「あなたの得意なように動いてください。……せっかくですから、楽しくやりましょう」


 スカーレットは息を呑む。

 彼女の感じたのは、いたずらを提案された時のような、ほんのちょっとの臆病と興奮だった。

 セスの腰を抱いたまま引き寄せる。

 まあ、と遠くで淑女たちの黄色い声が聞こえた。

 スカーレットのリードに合わせてセスも一歩踏み込む。そしてスカーレットが振り回すままに身を預けた。


「きみ、女性側も踊れるんだな!」

「昔、友達に、教えるために練習したことがあるので」

「なんだそれ、最高だ!」


 無性におかしくなってスカーレットは笑った。なんだかこの、目の前の瘦せぎすな男を、思いきり振り回したくて仕方がない。スカーレットは素直な気持ちに従った。

 ぐんぐん彼を振り回す。

 彼はそれに合わせて床に爪先を滑らせた。

 立ち位置を入れ替えると妙にしっくりきた。先程よりずっと踊りやすい。

(いや、それだけじゃない)とスカーレットは気付く。

 自然と、足の運ぶ位置を“リードするようにリードされている”。不思議な感覚だった。それも、嫌ではない。

 楽しい!




 演奏が終わる。

 二人は動きを緩め、ゆっくりと停止した。弾んだ息を整え、互いを見つめる。


「今日、きみを選んで良かった!」

「……あなたの役に立てたなら良かった」


 胸に押し寄せた気持ちのままスカーレットは口走った。

 セスの言葉も心からのような響きだった。スカーレットは満足した。




 ◆


 舞踏会から数日が経った。

 スカーレットは謝礼の為にワイアット邸を訪れていた。

 先日と同様に盛大な歓迎を受け、応接室へ通される。


「先日はありがとう。あれから祖父もしつこく言ってこなくなったよ」

「それなら良かったです」

「それで、」


 スカーレットは言葉を途切れさせた。珍しく言い淀む姿に、セスは不思議そうな視線を送る。


「今後も、恋人……役を、お願いしても良いだろうか。ほら! またお祖父さまから横槍が入るかもしれないし! いきなり疎遠になるのも不自然だろう?」

「なるほど」


 勢いよくスカーレットは言い切った。

 セスは考え込んでいるようだった。それから居住まいを正してスカーレットに打ち明ける。


「僕は人生の計画として、結婚する意志がありません。やるべきことがあり、そちらを優先させるからです」


 思いもしない内容にスカーレットは息を呑んだ。


「その範囲で良いのなら、あなたに協力できることはやりたいです。あなたを煩わせることに僕の名前が使えるのなら使ってください」

「……ありがとう。言いたくないだろう話をさせてしまい、すまない」


 スカーレットはセスの誠実な言葉に申し訳なくなった。自分の、ちょっと卑怯な、後ろ向きの頼み事を恥ずかしく思う。


(それでも……)


 それでも、彼女は彼の手を取る。


「これからもよろしく、セス」

「はい、よろしくお願いします。スカーレット」


 スカーレットは自身の、確信の持てない感情を誤魔化して微笑んだ。

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