しらすの彼

いずみ

- 1 -

「おじさん、しらす5パックね!」


 元気な声が聞こえたのは、私が山盛りのシラスを前にしてまさに1パック頼もうとしてた時だった。

 横を向くと、注文したのは背の高い若い男の人だった。どき、と胸がなる。


(あ、あの人だ)


 仕事帰りに寄ったいつものスーパーは、夕飯の買い物客でごった返していた。

「あいよ!」

 注文の入ったおじさんは、気前よくパックにしらすをいれていく。ふかふかのおいしそうなしらすを瞬く間に5パック作って袋に入れると、ずい、と私の前に突き出した。


「え?」

「なんだい、食べ盛りの子どもでもいるのかい? おかあちゃんも大変だねえ。はい、千円!」

「あの……」

 私は困惑して、5パックを注文した男の人と目を見合わせる。たまたま二人ともスーツを着ていたから、確かに見ようによっては若夫婦と見えないこともない。


 私はあわてて首を振った。

「ち、違います!」

「あれ? 5パックだよね」

「そうじゃなくて……」

「それ、俺のです」

 男の人が恥ずかしそうに千円を差し出しながら、私に笑んだ。


「ね?」

「は、はい。そうなんです。私は別です」

「一緒じゃないのかい?」

 きょとんとしたおじさんに、二人でこくりとうなずいた。




 気まずいまま私もしらすを1パック買って、スーパーをあとにした。店を出る時にまだ買い物をしていたあの男の人と目が合って、どうも、なんて言いながら会釈し合った。年上なんだろうけれど、はにかんだ笑顔がちょっと可愛い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る