第152話 暗闇神社への道のり

 side カイツ


 俺は支部長室を去った後、メリナやリナーテたちのいる医療室に来ていた。メリナは元気そうにしてるが、リナーテ、メジーマ、イドゥン支部長は白いボールのような物の中で寝ている。中は透明の液体で満たされており、その液体がリナーテたちの体を治している。

 メリナ曰く、医療用カプセルというものらしい。バルテリアとかいう男が用意したものらしく、空いているカプセルがいくつか置かれている。それなりにスペースは空いてるはずなのに、中がカプセルだらけのせいか、少し圧迫感がある。


「ウェスト支部の生き残りは彼女たちだけなのか?」

「らしいな。たった1人の六神王にウェスト支部は壊滅状態だ」

「ヴァルキュリア家の奴らも、本格的にこっちを滅ぼそうとしてきてるわけか」

「だな。ヴァルキュリアだけでも頭が痛いのに、ウリエルも乱入してくるし、ガブリエルは敵か味方かも分からない。騎士団に入ってから大変なことばかりだ。ウリエル討伐、大丈夫なのか?」

「さあな。敵の実力もかなりのものらしいし、どうなるか分からない。でも、ウリエルを倒さないとこっちも大変なことになるみたいだし、騎士団の仲間に手を出すなら容赦はしない」


 ウリエルを倒すことが正しいのかはまだ分からない。でもこのままだとこっちに被害が及ぶのは確実だし、戦うにしても話し合うにしても、まずは暗闇神社に行かないと。

 メリナは俺の手を握り、不安そうな顔をする。


「カイツ。ちゃんと五体満足で帰って来いよ」

「戻って来るさ。何の心配もいらねえよ」

「心配するだろ。ここんとこ、カイツはボロボロになってばっかりだし、怖いんだよ」


 メリナが俺の胸元に顔をうずめる。


「ギルドにいた時だってそうだ。いつも自分のことなんて考えないで、仲間を助けることと敵を倒す事しか考えない。たまには自分のことも考えろ。馬鹿」

「悪い。でも、俺だって死ぬつもりとかないし、どうやって無事に帰ろうかぐらいは考えてるよ」

「ならもっと考えろ。私はお前にいなくなってほしくないんだ」


 俺は何も言うことが出来なかった。何を言ったとしても彼女を安心させることは出来ないと思ったから。その代わり、俺は彼女をめいっぱい抱きしめた。絶対にここに帰って来るという思いを伝えるために。


「カイツ。帰ってきたら、私とデートしろ。結局色々ありすぎてヴァルキュリア家にいた時の約束も碌に果たせてないし」

「分かった。お前と久しぶりに出かけたいしな。そのためにも、無事に帰らないと」

「ちょっとでも傷ついた姿で帰って来てみろ。私が傷口広げてやる」

「あはは。そりゃあ是が非でも無傷で生還しないとな」


 そうしていると、俺はあることを忘れていたのを思い出す。


「あっ」

「? どうした」

「刀が……ない」


 そう。俺の刀はヴァーユとの戦いで失ってしまった。新しい武器を調達しないと。


「刀ではないが、武器ならあるぞ」


 そう言って現れたのはアナザー・ミカエル、大きい方のミカエルだった。メリナはそれを見てムッとした顔をする。


「おいカイツ。この女誰だ?」

「ミカエルの本体というか、分離した力の一部というか。それより、武器の話だ」

「おお。お主にはこやつをやろう」


 彼女はそう言って何もない空間に手を突っ込んだ。そこは水面のように揺れており、手は水の中に沈んだかのようになっている。そして、そこから剣を取り出した。それは両刃の白い剣であり、十字型の鍔には赤い布紐が2本括り付けられていた。


「それって、確かデュランダル」

「刀ではないし、わっちが使った時よりも切れ味が落ちるじゃろ。こやつは本来の持ち主以外では真価を発揮できんからの。それでもそこらの武器よりも切れ味は絶大じゃ。しばらくはこいつを使うと良い」

「ありがとう、アナザー・ミカエル」


 これで何とか戦えそうだ。この武器を活かすも殺すも俺次第。使いこなせるよう頑張らないと。






 1時間後、準備を終えた俺たちは馬車に乗って暗闇神社へと向かっていた。ある程度デュランダルを振り回せる時間があったし、戦いは何とかなりそうだ。馬車の中ではアリアが俺の隣に座り、クロノスは向かい側、ラルカはその隣に座っている。


 空気はお世辞にも良いとは言えず、めちゃくちゃ重い。アリアは俺に抱きつき、嬉しそうにスリスリしている。それが面白くないのか、クロノスは彼女を睨んでいた。


「獣女。いい加減カイツ様から離れたらどうですか? 迷惑そうにしてますけど」

「カイツ。私がこうしてるのは迷惑?」

「いや、別に迷惑じゃない。そこまでしんどくないしな」


 力加減が上手いのか、痛みやしんどさはほとんど感じてない。別にこうされるのは構わないんだが。


「だってさクロノス。カイツが迷惑にしてないなら、私はこうしてても良いよね〜。今は暇なんだし」


 そう言って彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その表情を見て、クロノスは悔しそうに歯噛みしていた。


「ちっ……畜生如きが」

「その畜生ごときに負けてる人間様は何なんだろうね〜。あんたが人間かどうかは議論の分かれるところだけど」


 2人の火花は激しく散っており、今にも

 一触即発という感じだ。


「おいお前ら。そんなピリピリすんなって」

「でもカイツ様。この女がカイツ様の大切な物を奪うつもりなのは明白です。殺しておかないと危険ですよ」

「殺さない。なんで仲間を殺さないと行けないんだ。少し落ち着け」

「落ち着いていますよ。私は冷静沈着です。ちゃんと根拠があるからその女を殺すべきと言ってるんです」

「カイツ~。私はその女は何とかした方が良いと思うよ。私を殺すべきとか物騒なこと言ってるし、いかにもカイツの仲間に手を出しそうなやばさを持ってるし」

「とりあえず、2人とも落ち着け。どちらに対しても何かをするつもりはない。仲間同士で争うな。そういうのは嫌いなんだ」

「……そうですね。すいません。少し頭に血が昇ってました」

「私もごめん。ちょっと言い過ぎたかも」


 一応、2人とも少しは考えを改めてくれたようだ。まだまだ油断ならないが、とりあえずは良しということにしておこう。


「はあ。ラルカ、これどうなると思う?」

「知らん。こればかりは偉大なる我でも予測がつかん」

「……それもそうか」


 出来れば穏便に済むと助かるんだが。




 日が沈んで夜になった頃、村がまばらにある荒野にたどり着いた。その他にも大きな村があちこちにあり、村同士が整備された通路で繋がっていた。


「ここは俺が見て来た町と比べると田舎だな」


 俺がそうつぶやくと、クロノスが説明を入れてくれる。


「ここは他の場所と比べても自然が多い場所ですからね。その地形を活かし、様々な高級野菜が栽培されてるとか何とか」


 その説明にラルカが続く。


「そして、その栽培されてる野菜を狙うゴブリンやら魔物やらがちらほらいると。あ、噂をすればだな」


 ラルカの視線を追うと、牛の魔物が村に向かって突撃しようとしていた。


「まずい。あいつを倒さないと」


 俺が馬車を出ようとすると、それをアリアが止める。


「その必要はないよ。面白いものが見れるから」


 どういう意味か分からなかったが、それはすぐに分かるようになる。

 牛の魔物が村の壁を突き破るかと思われたが、その直前で牛の魔物が何かにぶつかった。それは薄く展開された赤い膜のようなものだ。次の瞬間、魔物が炎に包まれた。


「なんだ。あの赤い膜は」

「結界だね。あの村を守ってるんだよ」


 アリアが俺の疑問に答えるように説明する。俺は馬車を通路の近くへと動かし、そこに止める。みんな一緒に降りて村を守っている結界を見る。クロノスがその膜に触れようとすると、それを拒絶するように膜から炎が噴き出す。


「……この炎。ウリエルの力ですね」

「ウリエル。間違いないのか?」

「ええ。この炎の感じからして間違いありません」

「ほお。そういうことをする性格には見えなかったのだがな」


 ラルカが感心した様子で結界を見ると、アリアが俺に話す。


「この結界。多分私やサイコパス女でも壊すのに苦労するレベルだよ。こんなのをずっと張ってられるとはねえ。流石は四大天使ってとこか」

「だが、なんでこんなものを。ミカエル、ウリエルって人々を守る優しい天使だったりは」

『んなわけなかろう。あやつはストーカーのド変態クソ野郎じゃよ』

「お……おう」


 とんでもない暴言だな。ここまで毒を吐くミカエルは初めて見たかもしれない。


「まあ何でもいいですよ。もう夜も遅いですし、今日はこの村で寝泊まりするとしましょう」

「だな」


 再び馬車を走らせて村を回り、門の前に着いた。そこには門番が2人常駐している。


「すまない。この村に入りたいんだが」


 俺が質問すると、彼らはじろじろと後ろのクロノスたちや俺のことを見てくる。


「ふむ。後ろにいる3人の女性は通っても良い。だが白髪の男、貴様はダメだ」

「なんでだ? 俺が何かしたのか?」

「あなた、カイツ・ケラウノスですよね? ウリエル様から、あなたは絶対にこの村に入れるなと命令を受けているのです」


 どうやら俺はかなり嫌われているようだな。一体どうしたものか。


「問題ありません、カイツ様。このカス共は即座に始末しますから」


 後ろを見ると、クロノスが魔力と殺気を全開にし、今にも戦いを始めそうな感じだった。


「待てクロノス! 間違ってもこいつらを殺そうとするな!」

「なぜです。カイツ様に無礼を働く人間など生きてる価値もありません」

「その極端な価値観は直せ! 彼らは敵でも何でもない一般市民だ。そんな人たちを殺すなら、俺がお前を殺すぞ」


 そう言うと、彼女はすぐに殺気と魔力を解いた。


「すいません。私ごときが出過ぎた真似をしました」

「いや、そこまで自分を卑下しなくていい。後アリア、お前も殺気を解け。門番に攻撃するなら容赦しないぞ」

「……残念。ばれてないと思ったのに」


 アリアもクロノスに隠れて殺気を出してたが、そんなのを見逃すほど俺も馬鹿じゃない。


「とりあえず、お前たちは村の宿泊施設で休め。俺は馬車の中で寝る」

「ダメですよ。カイツ様をそんな所で寝かせられません!」

「そうだよ。今からでも結界をぶっ壊して村に侵入すれば」

「んなこと出来るか! 俺たちは人々を守る騎士団だ。そんな馬鹿な真似は出来ない。良いから村に行け。心配するな。俺の方は何とかなるから。ラルカ、こいつらを引きずってでも村に連れてけよ」

「そんなことしたら我が殺されそうなんだが」

「……アリア、クロノス。絶対に村に入れ。馬車に来たら蹴とばすからな」

「分かりましたよ。村に入ります」

「何かあったらすぐに助けにいくからね」


 2人はかなり不服そうではあったが、渋々とラルカについていって村の中に入っていった。あんな問答があったが、門番は特に何も言うことなく通してくれた。少し不安が残るが、ラルカがなんとかしてくれることを願うしかない。


「さてと。俺は俺でどうするかね」


 日も沈み、魔物たちが活発化していることが肌で感じられる。こんな夜に馬車の中で過ごすのは、骨が折れそうだ。

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