第127話 ギスギスした空気

 図書室から少し離れた場所にある部屋。そこは巨大な円形テーブルといくつもの椅子があり、そこにはウル、ラルカ、リナーテ、メリナの4人が座っていた。


「さて。みんなにこうして集まってもらったのには理由があるわ」


 ウルがそう言うと、ラルカが話す。


「大体理解は出来る。誰が右腕に一番ふさわしいかを決めたいんだろ?」

「ええ。カイツは恋愛観が壊れてるわ。彼と私達にとっての愛してるや結婚するという言葉の価値観はまるで違う。けれど、彼のそれは仕方のないものだわ。認識を変えるのも難しい。だからこそ私たちが決める必要があるの。誰がカイツに一番ふさわしいか」


 すると、リナーテが話した。


「私は負けないよ!  カイツのことを一番に愛してるのは私だよ。私は彼の為なら夜の相手だってできるし、料理裁縫洗濯もできる良妻賢母。隣に相応しいのは私!」


 そこにメリナからの待ったが入る。


「おい。お前は洗濯裁縫はともかく、料理は一度も作ったことないだろうが。そもそも性格の悪い奴は良妻賢母になれねえよ」

「私のどこが性格悪いのよ! 悪いとこ言ってみなさいよ!」

「数え切れねえほどあるよ。それより、カイツに相応しいのは私だと思う。私とカイツはお前らよりも長い付き合いだから奴のことをよく知ってるし、奴も私のことをよく知ってる。互いのことをよく知る私とカイツこそがベストカップルだ」

「ふん。矮小なる者はこれだから駄目なのだよ」

「あ? 今なんて言った」

「矮小なる者と言ったのだよ。同じ時間を過ごした程度で理解し合えた気でいる。それが矮小なる貴様らの限界だな。真に理解するのに必要なのは時間ではない。魂で相手の存在を感じることだ!」


 そう言って、ラルカは自分の胸をドン、と叩いた。他のメンバーがきょとんとする中、彼女は話を続ける。


「あの男は我を崇高なるラルカ様と呼んだ。あの男は魂で我の存在がどういうものか理解したのだよ」

「はあ……どういう存在だと理解したんだ?」


 メリナが呆れながら質問すると、ラルカは嬉しそうに答える。


「我がいつしか神になる存在だということをだ! そして、我も魂で理解した。あの男は我の右腕に最も相応しい存在だということが! このように魂で理解し合えた我らこそ、一番相応しいベストカップルだ!」


 その言葉を聞いた3人は呆れると同時に、心の中で思った。


(((お前は何を言っているんだ)))


 3人の考えは全く同じだった。そんな中、ウルが口を開く。


「まあ……みんな並々ならぬ思いがあることは理解できたわ。けれど、一番相応しいのは私よ。私とカイツは短期間の付き合いだけど、それでも数え切れないほどの苦難を共にし、お互いに支え合ってきたわ。互いに支え合い、唯一背中を預けることのできる存在。私とカイツこそが、最高のベストカップルなのよ!」

「それは認められないな。一番のベストカップルは私とカイツだ! それ以外はありえない!」

「いいや。我と右腕だ。そこだけは譲れん。そもそも。お前たちのような矮小なる者は右腕に釣り合わん」

「あんたはさっきから矮小矮小うるさいよ! 身長が矮小なお前こそカイツに釣り合わないよ!」

「貴様! 我の最も触れられたくない部分を触るとは良い度胸だな! お前の身長を叩いて縮めてやろうか。ああ?」


 4人の議論はそれから数時間続いたが、話はずっと平行線で、まともな結論が出ることはなかった。






 クロノスはニーアに連れられ、図書室の地下へと向かっていた。その空気はお世辞にも良いものとは言えず、かなりギスギスしていた。


「それで。私はどこに連れて行かれるのでしょうか?」

「もうすぐ着く。あそこは他の有象無象ではすぐに殺されるだろうからな」


 厳重に閉ざされた黒い扉を開けると、そこには1人の少女が監禁されていた。白い髪を腰辺りまで伸ばしている14歳くらいの少女。鎖でがんじがらめに縛られている。


「これは。獣女が暴れないようにするためですか?」

「ああ。今こんなのに暴れられると困るからな。見たところ、力のコントロールはそれなりに出来るようだが、感情や理性は全くコントロール出来てないからな」


 クロノスは少し興味深そうにアリアを観察する。


「ふむ。血が覚醒しただけでここまでの魔力になるとは。流石はアースガルズに住む最強の神獣、フェンリル族というべきですかね」


 クロノスが自分の手のひらに青い火の玉を生み出した。


「試してみますか。スピリットショット!」


 火の玉が輝くと、いくつもの青いレーザーが放たれた。それがアリアを貫くかと思われた瞬間、彼女を縛ってた鎖が砕け、彼女はその攻撃を跳んで回避し、天井に立った。


「ペルセウスやスティクスも完璧に縛れる鎖だが、やはりその程度ではすぐに壊されるな」

「危ないなあ。なにしてくれてんの」

「いえ。ちょうど良い機会でしたし、ここで殺そうと思いまして。今のあなたは騎士団を離反した人間ですし、殺しても問題なしですからね」

「酷いこと言うね。サイコパス感半端なくて怖いよ」

「あなたには言われたくないですよ。で? あなたはカイツ様のことについてどこまで知ったんですか?」

「一応ほぼ全部かな。カイツの過去話は、ここにいても聞こえてたし」

「そうですか。あなたはどう感じましたか?」

「……すごくショックだったよ。カイツは私を愛してるって言ってくれたけど、私と彼の愛してるという言葉の重みは同じじゃなかった。そもそも価値観が違ってる。私がどれだけ独り占めしたくても、彼の愛は色んな人に向く。だから」


 彼女は一瞬で距離を詰めて切り裂こうとする。それと同時にクロノスも動こうとするが、ニーアが彼女たちの間にフランベルジュのような剣を出し、それを止めた。


「落ち着け。殺し合いをさせるために集めたわけじゃないぞ」

「ならなんで集めたんですか? カイツ様を誰が一番愛してるか会議するためですか?」

「そんなゴミみたいな会議をするわけないだろ。一番愛してるのは私に決まってるからな。そんなことより、私は貴様らに協力を依頼したいんだ」

「協力?」

「そうだ。お前たちにしか出来ないことだ。今の目的は六神王を倒すことだとは話したが、私は兄様を幸せにするため、その先にいる敵も殺したいと考えている。神獣は知らんが、貴様は先になにがあるのか分かってるんだろ?」

「まあ、それなりには」

「なに? 私の知らない話されるのムカつくんだけど」

「後で貴様にも話す。その先を何とかするには、私1人では不可能だ。お前たちにも協力してほしい。お前たちレベルの実力を持つものはそういないからな。目的達成のためにも手を組みたいんだ」


 それを聞いた2人の答えは、打ち合わせでもしたかのようにぴったりと一致した。


『却下!』


 ニーアも断られることは想定内だったのか、動揺することはなかった。


「あんたらの言う敵とかどうでも良いよ。私のやることはあんたらを殺してカイツの愛を独り占めすることだから」

「敵がお前とカイツの邪魔をしてきたらどうするんだ?」

「そんときはあんた諸共殺すだけ。私にはそれができるだけの力もあるしね」

「あなたと協力するなんて死んでも嫌です。ていうか、なんで将来殺す相手と協力しないといけないんですか。普通に嫌ですよ。あなたと一緒に行動してたら寝首を掻かれそうで怖いですし」

「一番寝首を掻きそうな奴が何を言ってるんだか……まあいい。この程度のことは想定内だ。お前たちが断るなら、この手を使うしかないな」


 ニーアはポケットの中に手を入れ、そこから何枚か写真を取り出した。それはカイツの写真であり、明らかに盗撮としか思えないようなものだった。町中を歩いてる写真、ベッドで寝ている写真、県を振って鍛錬してる写真など、様々なものがある。


「私に協力してくれたら、この写真をやろう。これらはかなりのレア物だぞ。それに加え、私にはまだまだ写真がある。これらが欲しいなら私に協」


 言い終わる前に、クロノスとアリアは驚くべき速度でその写真を奪い去った。クロノスは2枚、アリアは3枚の写真を奪い取った。


「仕方ないですね。これだけ素晴らしい写真が貰えるなら、殺す相手だとしても協力するしかありません。写真が無くなるまでは、あなたと手を組んであげます」

「今殺すつもりだけど気が変わった。写真が貰える限りはあんたに協力してあげるよ。どっちみち、カイツとの睦み合いを邪魔するなら殺さないといけないし」

「交渉成立だな。ではまず、私達のやるべきことを決めるとしよう」

「気をつけてくださいね。あなたがこの写真を出せなくなった日が、あなたの命が終わるときですから」

「肝に命じておこう」

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