第121話 殴り込み
それから数日経った。何度も何度も薬を打ち込まれ、そのたびに痛みと狂気が俺を包む最悪の実験。今ではもう痛みを抑え、暴れようとする翼をコントロールするのに必死で、奴らを攻撃する余裕が無かった。
「ふむ。珍しいタイプですね。ここまで
「ひょおおおお。すごいぽよすごいぽよ。データが沢山取れるぽよ。ここまで優秀な素体はびっくりぽよ」
「ええ。おかげでデータを取りやすくて助かりますよ。攻撃してくれなくなったのが悲しい所ですがね」
「あgwぎぇ……がpwりb……してwqる。殺psえwてが……svぎgやる!」
「ほお。ここまで安定してアースガルズの言葉を話せるとは驚きです。肉体の強度も増してきてますし、これは興味深いですね」
「ん~。でもプロメテウス、こんだけアースガルズの言葉話してたら、変なもの呼びそうぽよよ~」
「その時はその時ですよ。それに、ボスはそれを望んでる所がありそうですしね」
「うへ~。相変わらずボスは何考えてるか分からないぽよ。そんなことになったら研究どころじゃなくなるから、私は来てほしくないぽよね~。この研究楽しいから、無くなるのはいやぽよ」
「ぎwd……がjげdでぃx……vぇyゔあああ!」
半分破れかぶれになりながら翼で攻撃するも、それは巨大な蔓で防がれてしまった。
「ほお。まだ抵抗する力がありますか。大したものですね。威力がお粗末とはいえ、ここまでやれるのは流石としか言いようがありません」
「超かっこいいぽよね〜。惚れちゃいそうぽよ」
「てめdえ……こmぇw殺……tgりあ」
「ふむ。ここまでですね。鎮静剤を打ちましょう。これ以上は大したデータを取れなさそうです」
俺は首筋に鎮静剤を打たれ、意識を失ってしまった。結局、今日も奴らに攻撃を当てることは出来なかった。情報を得ようにも、奴らの会話は相変わらず意味不明で、情報になると思えるようなものは何もなく、収穫は0だった。
実験を終え、俺はまた壁を支えにしながら歩いていた。
「くそ。いつまで耐えればいいんだ」
奴らの投与する薬の量は日に日に増してる。投与されるたびに翼が変化していくのが分かるし、強くなっているとは思う。だが、それでもあいつらに届くイメージはまるで湧かないし、今じゃ翼を自在に動かす事すら儘ならない。
「急がないといけないってのに……あいつらを守るためにも」
ネメイツ達を失うのは絶対に嫌だった。初めて出来た大切な人。優しくて、俺を包み込んでくれる母のような人たち。必ず守ると決めたんだ。そのためにも、早く翼をコントロールできるようにして奴らを殺す。そう決意し、彼女たちを守ろうと思っていたが。
部屋に戻ると、ネメイツが暗い表情をしていた。
「どうしたんだ。ネメイツ」
「パパ……その」
「私が言うわ。ネメイツ」
ネメシスが暗い表情をしながら話す。
「ネメシス。何があったんだ。ニーアはどこに」
「ニーアは死んだわ」
「……は? 今なんて」
「ニーアは死んだわ。実験での薬の投与に耐えられなくて、体がバラバラにはじけ飛んだ」
「……は? おい嘘だろ……嘘だと言ってくれよ!」
そう詰め寄って肩を揺らしながら聞くも、彼女は暗い顔のままうつむくだけだった。
「そんな……嘘だろ。俺のせいで」
「カイツのせいじゃないわよ! 私が不甲斐ないからよ。無茶な投与をする研究者どもを止めることが出来なかった。私の責任よ」
「違う……俺が弱いのが原因だ。俺のせいで」
「ぱぱ」
近付こうとするネメイツを、俺は振り払った。
「すまない……1人にさせてくれ」
俺は部屋を出て、あてもなく廊下を歩いていた。
ニーアを守れなかった。俺がもっと強ければ。奴らに攻撃を届かせることが出来れば、ヴァルキュリア家を皆殺しにして研究所を破壊できてれば、ニーアを守れたのに。そんな後悔と悔しさだけが俺の頭の中でいっぱいになる。たらればを言った所で意味がないのは分かってる。弱い俺が彼女を守れなかった。それが現実だ。
改めて決意して歩いてると、テルネが廊下で立っているのを見つけた。
「テルネ。どうかした……!?」
テルネが見てる方を見ると、無残にもバラバラになっている子供の死体があった。まるで内部から破裂したかのように、壁や廊下のあちこちに血が飛び散っている。
「……これは」
「解答。別の部屋にいる人の死体です」
「知り合いか?」
「否定。しかし、こうして死んでる人を見ると、怖くなったり、悲しくなったりします。他の研究所でも似たように死んでる人が多いみたいですし、私もどうなることか分かりません」
「……そうだな」
彼女たちにも俺にも時間はない。なのに、俺はいつまで経っても奴らを殺すどころか、攻撃を当てる手段すら見つけられていない。
「……ごめん。俺が不甲斐ないせいで、お前らに迷惑を」
「発言。あなたが謝る必要はありません。それに、あなたという希望があるから、私たちは生きようと思える。それだけで十分です」
かける言葉が見つからなかった。俺が弱いせいで彼女たちに迷惑をかけてるというのに、彼女は俺を励ましてくれた。それがあまりにも情けなく思い、拳を強く握る。
「カイツ。私はこの世界を変えたい。弱者を踏みにじり、ふざけた奴らがいないような世界を作りたい」
「凄い夢だな」
「その夢を叶えるためにも、私はこの翼をコントロールしたい」
そう言うと、彼女の背中から黒い翼が現れた。だが、その形はあまりにも歪であり、おおよそ翼と呼べるようなものではなかった。
「テルネ! その翼は」
「くっ……この翼があれば、あいつらを潰すことに繋がる。違いますか?」
「無理するな。顔が青くなってるし、今すぐ翼を」
「否定……カイツも同じ苦しみを抱えながらも……強くなろうとしてる。だから私も」
「テルネ」
凄い人だと思った。俺なんかよりはるかに心が強く、夢を叶えようとする意思がある。彼女を見て、俺はますます自分が情けなく感じた。彼女も必死に頑張ってるというのに。
俺は馬鹿だ。自分が本当にやるべきことを、今更になって理解するなんて。いや違う。逃げてたんだ。みんなを助けるとか守るとか言いながら、自分が死なないように姑息に立ち回っていた。俺がそんな姑息で弱い奴だから、ニーアを殺してしまったんだ。
「このままじゃダメだ。俺はもっと」
「疑問。どうかしたのですか?」
「テルネ。俺は今からヴァルキュリア家の奴らに殴り込みをかける」
「驚愕。なぜですか。そんなことをしたらあなたが」
「自分がすべきことを理解したんだよ。俺がすべきなのは、ヴァルキュリア家の奴らを今すぐにでも皆殺しにすることだったんだ。なのに、俺は攻撃が当たらないとか強さが届いてないとか、そんなくだらないことを言い訳にして避けてきた。
強さが足りないならあの薬を更に投与すれば良い。あの薬が俺を強くすることは分かってた。ならやることは簡単だ。奴らを殺せる強さになるまで薬を投与すれば良い。たったそれだけのことだったんだよ」
「理解不能。どうしてそこまで。薬の過剰投与はあなたの命を」
「俺はもう大切な人を失いたくない。これ以上、ニーアやこの人のような犠牲を出しちゃいけないんだ。俺は弱い。だからこそ、強い力を手に入れないといけない。そのためなら、悪魔にだって魂を売ってやるし、体がどうなろうが知ったこっちゃない!」
「納得不可能……ですが、理解はできました。私も手伝いましょう」
そう言ってテルネは俺に手を差し伸べた。
「いいのか。かなり危険なことだぞ。それに、お前に戦いは」
「無問題。戦う手段なら既にあります」
そう言うと、彼女は背中から黒い翼を1対2枚出現させた。
「それは!?」
「くっ……これは……維持するのが大変そうです。ですが問題ありません。慣れれば楽ですし、あなたのためにも、泣き言は言ってられませんから」
そう言ってはいるが、彼女はかなり辛そうにしており、今にも倒れそうと思えるほどに顔を青くしていた。
「無理するな! 明らかにやばいことになってるぞ。急いでその翼を」
「絶対拒否。あなたを助けるためにも……この翼は戻しません。これは、あなたを助けるのに必要ですから」
「……どうしてそこまで。お前が無茶する必要なんてないのに」
「簡単。私はあなたを愛してます。あなたのためなら、たとえ火の中水の中地獄の底でも、お付き合いします。それに、あなたは私に希望をくれた。ならば、私があなたに尽くすのは当然。嫌と言われてもついていく」
彼女の目は決意に満ちており、言った言葉が嘘ではないということがすぐに理解できた。嬉しいな。こんな俺を信じてついて来てくれる仲間がいる。
「……ありがとう」
俺はテルネの手を取って握手を交わした。
「出発進行。ヴァルキュリア家を叩き潰しましょう」
「ああ! 必ずお前たちを守り、外道な研究者どもを倒す!」
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