第107話 ヴァルキュリア家当主たる所以

 炎に囲まれ、酸素が急激に減少していくフィールドでのカーリーとケルーナの戦い。ケルーナが作り出した魔物、レベル0の攻撃は更に苛烈さを増し、スピード、攻撃力共に大幅に上がっている。その勢いは遠くで見ているプロメテウスも思わず感心してしまうほどだった。


「凄まじいものですね。パワーだけで言えば我らヴァルキュリア家と比べても勝るとも劣らない。おまけに、あれだけの高熱のフィールドでもケルーナは汗1つかいてないようですし。環境の適応能力も凄まじい。ボスには手を出すなと言われましたが、いざという時はお叱りを覚悟で」


 彼はそう考え、いざという時を考えて魔術を使う準備をしていた。






 場所は変わって炎のフィールド内。カーリーは何体ものレベル0という名の魔物の攻撃を躱し続けていた。どれが本物かは分からず、彼女は襲い来る攻撃をひたすら避けて行くしかなかった。


「全く。面白い見世物ですが、とても厄介ですね。なら」


 彼女は大量の魔力を解き放ち、その衝撃波で暴風を起こす。その風によって蜃気楼で生み出された魔物は全て消えてしまった。


「へえ。風を起こすことで蜃気楼を消したんか。中々やるやないの」

「これで余計なものは消えた。あとは本物を叩くだけです」

「簡単に言うけど、今のあんたに出来るかな。レベル0!」

「UGGAAAAAAAA!」


 魔物は雄たけびを上げ、一気にカーリーとの距離を詰めて激しいパンチを繰り出していく。その攻撃スピードはあまりにも速く、今の彼女では反撃する余裕などなかった。何発か完全に躱しきることが出来ず、少しだけ肌を掠め、彼女の体を焼いていく。


「全く。とんでもない化け物ですね。一体どうやって作ったんですか?」

「旦那様のおかげや。あの方の血肉を喰らうことで、うちはこの悪魔を作り出すことが出来た」

「なるほど。あなたの旦那様というのは、想像以上に面白い方のようですね」


 カーリーはそう言って笑いながら、魔物の攻撃を躱していく。


「ひとつ聞きたいのですが、なぜあなたは私たちヴァルキュリア家を滅ぼそうとするのですか? 身に覚えがないんですけど」

「そんなの。あんたらが危険分子やからに決まっとるやろ。アルフヘイム、ルライドシティ、その他にも沢山の町であんたらの造った化け物が暴れてるニュースが盛りだくさん。旦那様はあんたらを滅ぼすべきと判断し、その手始めとして、わっちを遣わしたんや」

「あらあら。ずいぶんと危険人物扱いされてるんですね。私はただ、楽しいことをしてるだけだというのに」

「自覚がない分性質悪いなあ。ここで確実に潰さんと!」


 魔物は彼女の言葉に同調するかのように動きを速め、さらに激しく攻撃していく。カーリーは次第に避け切れなくなり、一撃を食らってしまった。黒い棒で防御しても威力を抑えきれず、大きくふっ飛ばされてしまう。


「恐ろしい威力ですね。まともに受けたら体が消し飛びそうです」

「やけに躱したり防御したりするのに必死やけど、液体にはならへんのか? あれなら簡単にわっちの攻撃躱せるやないか」

「分かってて言ってますよね? こんな所で液体になったらあっという間に蒸発しちゃいますよ。そんなのは嫌ですうう」

「まあそうやろうな。あんたが死ぬのを遅らすためには、魔術を使用するわけにはいかんからな」


 カーリーは現在、このフィールドで魔術の使用を封じられた状態であり、それは大きな縛りとなっていた。


「ですが、こういう縛りプレイは楽しいから大好きですよ。こんな経験は滅多にありませんからね。楽しくてウキウキしちゃいます」

「ほんま、余裕の態度を全然崩さんなあ。レベル0!」

「UAAAA。UOGGAAAAAA!」


 魔物は彼女の命令に答えるように雄たけびを上げ、両腕に炎の鞭を作り出し、それを振り回して攻撃していく。


「わお。この攻撃は面白いですね」


 でたらめに振り回される鞭の攻撃。速度も速く、攻撃の軌跡を予測するのも困難であった。それに加え、鞭の威力は非常に高く、触れただけで地面を溶かして斬るほどの力。彼女はなんとか避け続けていたが、ついに攻撃が当たってしまい、右腕を斬り飛ばされた。飛ばされた腕は切断面とその近くの部分が溶けている。


「ふふふ。この攻撃も素晴らしい。ですが、これを見続けるのはしんどいですね。はあ!」


 彼女は魔力を放って衝撃波のように飛ばし、魔物の動きを止めた。その隙を突いて彼の顔の近くまで跳び、顔を黒い棒で殴り飛ばした。魔物は大きくふっ飛ばされて地面に墜落するように落ちた。


「やるなあ。レベル0にダメージを与えるとはびっくりやわ。けど、これならどうや!」


 ケルーナがそう言うと、倒れた魔物は起き上がって空高く飛び、両手に巨大な炎の弾を出現させた。


「落とせ!」


 彼女の命令に従い、魔物は彼女には被害が及ばないように調整しながらあちこちに炎の弾を落としていく。


「くうう!?」


 彼女は何とか躱そうとするも、でたらめに降り注ぐ炎弾、熱さのせいで鈍くなっている体では避けきることが出来ず、直撃してしまった。


「UOOOOOOOO!!」


 魔物は彼女が直撃した場所を集中的に狙い、ありったけの炎弾をぶちこんでいく。その威力はフィールドを吹き飛ばすかと思うほどの風が巻き起こり、クレーターが出来、炎が包み込む。


「さて。これでどんなもんや?」


 煙が晴れた場所はまるで火事でも起きたかのようになっており、その中心に彼女は立っていた。多少の火傷はあるが、そこまで大きなダメージは無く、笑みも崩していない。


「たく。これだけの攻撃でその程度かいな。恐ろしい女やなあ」

「ふふふ。面白い攻撃でした。お金があれば支払いたいくらいには素晴らしいものです」

「そうかいな。なら、もっと素晴らしい物見せたるわ!」


 ケルーナがそう言うと、カーリーの足下から黒い玉の魔物が食い殺そうとしてくるが、彼女はそれを簡単に躱した。


「この程度の曲芸は既に見飽きてますよ」

「なら、こんな曲芸はどうや?」


 彼女が指を鳴らすと、魔物の体が破裂し、中から何十本もの刃が飛び出してきた。カーリーは咄嗟に黒い棒を振りまして刃を弾いていくも全てを弾くことは出来ず、右足2本、左足に1本の刃が刺さってしまった。


(足が重い。恐らく、神経部分を切り裂かれましたね。でたらめに発射したように見えてここまで正確な狙いとは)

「ふふふふ。面白くて凄い曲芸ですね。年甲斐もなくウキウキしてしまいます」

「もっと面白いものあるでえ」


 彼女の足に刺さった刃が急に熱を持って光り始めた。彼女はそれに危機感を覚え、それを抜いて遠くに投げ捨てた。その2秒後、刃が爆発して粉々になった。


「恐ろしいものですね。しかし爆発が起きる速度が遅すぎます。この程度の曲芸は面白くないですよ」

「確かに爆発速度が遅いのは否定できへんな。けど大事なのは、あんたが刃を抜いたことや。こんな熱い世界で体の保護、吹っ飛んだ右腕や足の傷、傷から流れ続ける血、切られた神経の治療。どこまで熾天使セラフィムの力が助けてくれるかな!」


 彼女が腕を振ると、カーリーの周囲に何体もの黒い玉の魔物が現れた。


「へえ。まだこれだけの攻撃が出来るとは。魔力の量も凄いんですね」

「さあ。この攻撃を躱せるかな?」


 周りにいた玉の魔物の体が破裂し、何百本もの刃が一斉に襲い掛かってくる。今の彼女では、この攻撃を躱すことは不可能だった。


「……仕方ないですね」


 カーリーは体を液体にし、熱で蒸発しながら刃の包囲網を脱出して外に出た後、人型に戻った。


「く……やはり体がしんどいですね。ボロボロで倒れちゃいそうです」


 彼女の体中の火傷は更に酷くなっており、辛そうに膝をついた。液体が蒸発すれば、彼女も火傷のようなダメージを負ってしまう。このフィールドで液体化するのは、自殺行為に等しいものなのだ。


「ずいぶん辛そうやね。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないですよ。身体中熱くて痛くて倒れちゃいそうです」

「ならその苦しさから解放したるわ。レベル0!」

「UOOOO。UAAAAAAAA!」


 魔物は口にエネルギーを溜めて行き、巨大な炎弾を造り始める。


「あらあら怖いですねえ。そんな攻撃はさせませんよ!」


 彼女は魔力を衝撃波のようにして放ち、再び動きを止めようとする。しかし、それよりも先に地面から蛇が飛び出し、その衝撃波から魔物を守る盾のようになった。


「なに!?」

「これで終わりや! やれ!」

「GUGAAAAAA!」


 魔物は口から超巨大な炎弾を放つ。それが着弾した瞬間、天井を破壊し、空をも貫くかと思えるほどの巨大な炎の柱が大地を焼いていく。


「すべてを焼き尽くす地獄の炎や。いくら耐久力があっても、こいつはどうにもならん」


 柱が消えた後は、底の見えない大穴が空いていた。大地は溶けてマグマのようになっており、その周辺は黒焦げに焼き尽くされている。中心にいたであろうカーリーの姿はどこにもない。


「こんだけの……威力や。いくらあの女でも……くっ」


 彼女は魔力をほぼ使い果たしてしまい、膝をついてうずくまる。彼女が生み出した魔物を使役する際にも魔力は必要であり、強ければ強いほど魔力の消費も大きくなる。レベル0に加えてレベル1やレベル2。更にはアレス戦でのレベル3使用。彼女の魔力は限界だった。


「流石に魔力を使いすぎたなあ。もう立ってることさえ出来へんわ。そろそろ解除するか」


 彼女が炎のフィールドを消そうとした瞬間。


「素晴らしい見世物でした。今まで体験したどんなものよりも素晴らしかったですよ」

「!?」


 聞こえるはずのない声が後ろからし、彼女はそこを振り返りながら咄嗟に距離を取った。


「なんで……あんたが!?」


 そこにいたのはカーリーであり、吹き飛んだはずの右腕は修復し、全身が完全に治癒していた。


「あの炎の柱。見世物としては100点中200点の超素晴らしいものでした。しかし」

「レベル0!」


 ケルーナの命令に従い、魔物は上から叩き潰すように拳を振り下ろすが、カーリーはその攻撃を片手で受け止めた。


「私と戦うには、後1000歩足りなかったですね」

「……嘘やろ」

「現実です」


 彼女は魔物の拳を掴み、そのまま遠くへと投げ飛ばした。


「あんた……手加減しとったんか?」

「じゃないと見世物を楽しめないじゃないですか。苦労したんですよ。体の耐久力や筋力を弱めることって、凄く大変なんですから」

「この……化け物があ。レベル0!」


 ケルーナの命令にしたがい、魔物が起き上がってカーリーのもとへ向かっていく。


「面白い見世物を見せてくれた礼です。少しだけ本気で戦ってあげますよ。魔力解放 風斬かざぎり


 彼女の魔力が見えない斬撃となって解き放たれ、魔物の体を真っ二つにし、ケルーナの体を深く切り裂き、右腕を切り落とした。


「ごはっ……嘘やろ」

「あなたはこう考えたのでしょう。魔術を封じれば優位に立てると。だからこの炎のフィールドを作った。ですが残念でしたね。私は魔術よりも魔力を使うほうが得意なんですよ」


 彼女はそう言い、封じていた己の魔力を存分に解き放つ。それによって周囲に旋風が巻き起こり、ケルーナはその魔力に驚愕した。


(この魔力……まるで山。いや……それを遥かに超える)


「気がついたようですね。私の圧倒的な魔力量に。あなたはとっても面白いものを見せてくれたので、私の半分くらいは見せたかったんですよ。どうです? 私の半分を見た気分は……って、聞くまでもありませんでしたね」


 ケルーナはその魔力に絶望していた。圧倒的な魔力量、それによる強力な攻撃。ほんの短い時間ではあるが、自分では絶対に敵わないということがいやというほど思い知らされた。


「この……わっちは……旦那様のために」

「残念。あなたの物語はここで終わりです」


 カーリーは彼女の首を掴み、そのまま強く握り締めていく。


「うあ……このお」

「私がなぜヴァルキュリア家当主を務めていられるか分かりますか? 私がヴァルキュリア家最強だからですよ。まあ正確には、私よりも強いかもしれない人が1人いますが、あなたに話す理由はありませんね。ではさようなら。目覚めて体を治した後は、また私を楽しませてくださいね」


 彼女はその言葉を最後に首を強く締め付けられ、意識を落とし、炎のフィールドは消えた。


「ふふ。久しぶりに楽しい時間を過ごせましたね。さて。残った敵たちは、私をこれ以上に楽しませてくれるでしょうか? ワクワクしますね」

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