第96話 飲みこむ家

 ウルを倒した後、アレスは彼女を米俵を担ぐように彼女を持つ。


「さて。これからどうするべきかね。ガルードの元へ行くか、アダムの元へ行くか」


 彼がどうしようか考えながら歩いていると、彼を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい! アレスーー!」


 彼が振り返ると、日焼けした体に黒のサングラスをかけた男、ヘラクレスが来た。


「おや。ヘラクレスではないか。どうしたのだね」

「あんたを探してたんだよ。お! 騎士団の女をゲットしたのか。お手柄だねえ」

「この程度。私からしたら造作もないのだね。それより、どうして私を探してたのだね」

「ああそのことだな。ボスが冥府へと続く門を開ける。変な所に飛ばされないよう注意しておけ」

「ほお! 門を開けるのか。それは楽しみなのだね。にしても、奴らは門を開けるほどの相手なのかね?」

「念には念を入れてということだろう。古代の神獣、カイツ、そしてケルーナ。これほど素晴らしい素体が集まる機会はめったにないからな」

「確かにその通りだね。では、私は自分のプライべートルームに戻っておくのだね」


 彼はそう言ってウルを担ぎながら、その場を去っていった。


「さて。私も準備するとしよう。冥府に来るのも久しぶりだからな」






 一方その頃。ケルーナはガルードと対峙していた。


「お前。良い女だなあ。顔は良いし、ミステリアスな雰囲気も素敵だ。俺の女になるつもりはないか?」

「生憎やけど、あんたみたいな軽くて弱い男は嫌いやねん。どっかに消えてくれると助かるわ」

「ふふふ、言ってくれるじゃねえか。叩き潰してやるよお!」


 彼が激昂して立ち向かおうとすると、それを邪魔するかのように天井の壁が破壊され、瓦礫やら土煙やらが襲い掛かる。


「ぐ!? 誰だ!」

「この気配……面倒なのが来てもうたのお」


 土煙の中から現れたのは1人の少女。銀色のノースリーブシャツに黒の短パン。四肢は白い毛がびっしりと生えており、鋭い爪も生やしている。目つきは鋭く、左目に青い炎が宿っていた。口の歯は牙と思えるほどに鋭くなっていて、白い尻尾も生えている。


「……フェンリルか」

「おお! アリアじゃないか。久しぶりだな」

「久しぶりだね。ガルード」

「お前とまた会える日を楽しみにしてたよ。さ。俺と一緒に、この女を倒そうじゃないか。そして、我らフェンリル族の悲願を叶えるために、共に行こう」


 彼がそう言って彼女に手を差し出す。彼女がその手を掴むのかと手を伸ばした瞬間、彼の視界が反転していた。そして目の前に映ったのは、首のもげた自分の体だった。


「……え?」

「悪いけどさ。あんたの悲願にも、フェンリル族の行く末にも興味ないの。私の興味はカイツだけ。雑魚のあんたなんかに用無いし、ここで死んどいて」

「なぜだ……なぜなんだ……なぜ俺の願いは」


 彼は最後まで言葉を続けることも出来ず、彼女に頭を握りつぶされた。


「あんたが雑魚で馬鹿だったから。それだけのことでしょ。さてと」


 彼女は手に着いた血を払い、ケルーナの方を向く。


「次はあんたを倒す番だね。あんたは騎士団やヴァルキュリア家の仲間ってわけでもなさそうだけど、邪魔そうだから」


 彼女は一瞬でケルーナとの距離を詰めた。


「ここで死んで」


 彼女が爪で切り裂こうとすると、ケルーナは間一髪でそれを躱し、後ろに大きく下がった。


「危ないなあ。流石は古代の神獣。とんでもないスピードやわ」

「これを躱せるあんたも凄いよ。ま、ちょっと当たってるけど」


 彼女がそう言うと、ケルーナの服の袖が裂け、切り傷が付いた。ケルーナは驚きの目で傷を見た後、アリアの方を見る。


「凄いな。ほんまに化け物やわ。まともに戦ったら命がいくつあっても足りんな」

「じゃあどうする? 私から逃げてみる?」

「うん。そうさせてもらうわ」


 彼女は口から黒い豆のようなものを吐き出した。それを投げつけると、それは巨大な蛇へと変化してアリアに襲いかかる。そして、彼女はその隙に逃げようとする。


「獣王剣・天!」


 彼女が腕を振り抜くと、巨大な斬撃が蛇を細切れに切り裂いた。


「マジかいな。10秒足止めできたら御の字やってんけどなあ」

「今のがあんたの魔術、悪魔工場デモンズ・ファクトリーだね。体内に取り込んだ食物と魔力を原料にして、レベル1から3の悪魔を造り出す。レベルが高い奴ほど強いけど、その分体力と魔力の消耗も大きくなる」

「……驚いたな。いつの間にうちのことをそんなに調べ上げたん?」

「あんたの過去を盗み見しただけだよ。最近こういうのができるようになってね。今の悪魔は姿からしてレベル2ってところかな?」


 ケルーナは笑みを崩さないようにしながら、どうすべきかを考えていた。


(参ったなあ。これどないしよ。明らかに次元が違いすぎるわ。腐っても神獣といったところか。レベル2が数秒でやられたし、レベル3を出してもそこまで期待出来へんな。しかもなんでかうちの魔術が知られてるし。なら)


 彼女は地面を蹴ってその場を離れようとするも、アリアがそれを逃すわけもなく、一瞬で彼女との距離を詰める。


「逃がさないよ」

「逃がしてもらうわ」


 彼女は黒い豆粒のようなものを更に何個も吐き出した。それは口のついた巨大な球へと変化し、その勢いで彼女は大きくふっ飛ばされていく。しかし、アリアは変化する隙を突いて地面を蹴り、空中に飛んでそれを躱した。


「驚きやな。あれを躱すか」


 彼女が吐き出した豆のようなものは卵であり、その卵から悪魔が孵化する。その速度は1秒もかからないほどであり、卵の近くにいた場合は孵化の勢いを躱すのは困難である。しかし、アリアはそれを簡単にこなして見せた。


「獣王剣・楓!」


 アリアが両腕を横に振ると、暴風のような風が彼女の周りに吹く。その風の中には見えない斬撃があり、それらがケルーナに襲い掛かり、体を切り裂いていく。


「ぐうう!? これはまずいかもな」


 彼女は更に黒い豆粒を何個も吐き出す。それは全て巨大な蛇となり、アリアに襲い掛かった。彼女は蛇の頭を踏みながら一気にケルーナの元へと接近していく。ケルーナは攻撃される前に卵を2個吐き出した。


「爆ぜろ」


 彼女がそう言うと卵が爆発し、爆風や火炎が襲い掛かる。しかし、アリアはそれを喰らう前に飛び、それを躱した。彼女が地面に着地すると同時にどうやって隠れたのか、地面から蛇たちが襲い掛かってきた。


「遅いよ」


 彼女は蛇たちの攻撃を避け、首を斬り落とす。倒れるかと思った直後、蛇の体が輝いて大爆発を起こし、黒煙がケルーナの視界を覆い、爆風が襲い掛かった。


「ぐう……至近距離の不意打ち大爆発やけど、これでどのくらい削れたかな?」


 爆風が止み、煙が晴れて視界が晴れて来た。その中心にはアリアが立っていたが、爆発のダメージを受けた様子はなく、ピンピンしていた。


「嘘やろ。あの攻撃すら避けるんかいな」

「凄いね。まさか爆発までするとは思わなかったよ。もう少しちゃんと過去を見とけば良かった。ま、私の方がもっと凄いけど」


 アリアがそう言って指を鳴らすと、ケルーナの腹に爪で切り裂かれたような傷がついた。


「が!?」


 幸いそこまで深手では無かったが、驚きと傷の痛みで彼女はお腹をおさえる。


(爆発を避けて傷までつける。ほんまえげつない奴やのお。魔力の消費がえげつないから避けたかったけど、このままやと確実に殺されるし、使うしかないか)


「これで終わらせてあげるよ!」


 彼女が後ろに近づいて爪で切り裂こうとした瞬間。


「!?」


 ケルーナから異質な気配を感じ、本能的に後ろに跳んだ。


「おや。どないしたん? なんか嫌な気配でも感じたか?」

「お前……何を造ってる。レベル3じゃない。それどころか、知らない誰かの物が混ざってる」

「勘がええのお。これはヴァルキュリア家を潰す切り札みたいなもんや。ほんまはこんなとこで使いとうなかったけど、このままじゃ旦那様に面目立たんからな。使わせてもらうわ」


 彼女が口の中から何かを吐き出そうとすると、突然地面や壁、天井が歪み始めた。


「! これは」

「ありゃ。もう始まったか。思ったよりも早いね」


 それらはまるで海が荒れるかのように波打ち、アリアたちの足がどんどんと沈んでいく。しかし、ケルーナもアリアもそのことを予測していたのか、特に慌てたそぶりは見せない。


「安心したわ。これのおかげで、あんたに切り札を見せずに済むんやから」

「私はちょっとショックかな。あんたの切り札が見えなくなったんだから。ま、どうでも良いけどね。私の目的はあくまでカイツだけ。じゃ、お互い生きてたら、また殺し合おうか」

「それだけは、絶対に嫌やな」


 その言葉を最後に、2人の体は完全に海のように波打つ地面の中に飲みこまれた。





 館にあるどこかの部屋。そこではプロメテウス、ヘラクレス、アレスの3人がゆったりとくつろいでいた。アレスはウルを紐でぐるぐる巻きに縛っている。3人が思い思いの時間を過ごしていると、彼らの立つ床が海が波立つように歪み、3人の体が床の中へと沈み始める。


「始まりましたか。やっとお客様たちをあちら側に招待することが出来ます。その後は我らヴァルキュリア家が徹底的に叩き潰すだけです」

「うむ。ようやく満足に戦える時が来た。アリアやケルーナはかなりの実力者のようだし、攻撃されるのが楽しみだ」

「相変わらず楽しみ方が歪んでるのだね。にしても古代の神獣と血の王の召使か。私の筋肉がどこまで通用するのか楽しみだよ!」

「2人とも変な部分で楽しみを持ってるのは相変わらずですね。時々ついていけなくなる時がありますよ」

「なんと!? それはもったいない! お前も痛みで得られる快楽を知るべきだ!」

「いやそれよりも、筋肉の快楽を知るべきなのだね。筋肉の快楽はこの世のどんな快楽よりも最高なのだね」

「分かりました。敵を片付けた後にゆっくり聞いてあげますよ。全く……変に濃い人ばかり残った気がするのは、私の気のせいですかね?」

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