第92話 合流する仲間。飲み込む闇

 ダレスとペルセウスの戦いが終わった後、ペルセウスは鎖に体を縛られた。


「鎖!? 一体どこから」


 鎖の出所を見ると、ラルカが目の前に立っていたのだ。鎖は彼女の袖口から出ている。


「お前。あの糸から抜け出せたのかよ。ならさっさと抜け出して助太刀してやれば良かったのに」

「助太刀するとダレスがブチ切れるからな。あいつを怒らせると面倒だし、望みどおりにしてやるのが良いと判断した。我は人の上に立つ者。故に家臣が何を望み、何を嫌がるかを判断し、それに応じなければならない。でなければ、上に立つことなど出来ないからな」

「ははははは! お前も面白い女だな。ヴァルハラ騎士団ってのは、お前やダレスみたいに面白くて可愛い女が多いのか?」

「お前も面白い男だと思うぞ。首の骨がやられてるはずなのに、なんでそんなに元気なんだ」

「ただの空元気だよ。ぶっちゃけ、今にも痛みで気を失いそうなんだぜ」

「空元気でもそこまで話せる時点で凄いがな。まあそんなことはどうでも良い。貴様に聞きたいことがある。ワルキューレ家とは何だ。貴様らのその力は何だ。偽熾天使フラウド・セラフィムと何か関係があるのか?」

「ふむ。俺を楽しませてくれた礼に答えてやりたいが、どうやらそれは不可能のようだ」

「? それはどういう――!? ……これは」


 ラルカは嫌な気配を感じ、そこから飛んで離れる。その直後に現れたのは、1人の女性だった。顔はピエロのお面で隠れており、服装は黒いコートに身を包んでいる。服で分かりにくいが、体つきは女性だということが分かるほどの膨らみがあった。


「お前。イシスか」

「ほお。私のことを知ってるのか。私も有名になったものだ」

「騎士団の報告書で何度も見た。尋常ではない強さを持ってるらしいな」

「尋常ではない強さか分からないが、少なくともお前よりは強い」


 彼女が緑色のレーザーを放つと、ラルカは鎖を竜巻のように伸ばし、その攻撃を防いだ。鎖の竜巻により、ラルカの視界が封じられたが、イシスたちから姿を隠すことが出来た


(今の間に逃走の準備だな。こいつとまともにやり合うのはリスクが高すぎる)


 彼女がそう考えていると、イシスが感心したように言う。


「ほお。私の攻撃を防ぐか。面白い鎖だな」

「こいつは高い魔術耐性を持つ鎖だ。生半可な攻撃では壊せんぞ。そら!」


 彼女がイシスを縛ろうとし、竜巻のように伸ばしてる鎖の隙間から、何本もの別の鎖を袖口から伸ばして攻撃する。


「無駄だ。崩衝波動!」


 彼女が右手を突き出すと、右手から緑色の光が放たれ、ラルカたちを包む。


「ぐ!? これは……まずい!」


 その光は攻撃してきた鎖だけでなく、ラルカたちを守っていた鎖を跡形もなく消滅させた。


「馬鹿な。私の鎖を……こんなにも簡単に」

「終わりだ。散れ」


 彼女が何本もの緑色のレーザーを放ち、それがラルカの体を貫いた。その直後、彼女の体が灰色となり、バラバラの鎖に変わって地面に落ちた。それだけでなく、ダレスの姿もいつの間にか消えていた。


「ほお。鎖で作った分身か。随分と面白いものを用意するな」

「ははははは! やっぱ面白い女だなあ。あいつとも戦ってみたかったぜ」

「ペルセウス。体の方は大丈夫なのか?」

「いや。もうだめだな。多分、あと数分もしたら死ぬ。後は頼んだ」

「了解だ」


 彼女はそう言って彼の体を腕で貫き、心臓を抉り取った。えぐり取った心臓は不気味な白色に変色している。


「……はあ。嫌なものだな。こういう作業は」


 彼女は手に着いた返り血をはらいながらその場を去っていった。






 研究所のような場所から離れた廊下。ダレスが鎖で運ばれており、ラルカは息を切らしていた。


「はあ……はあ……はあ。危なかった。あの女。報告書で見たのよりも数百倍やばかったな。あのままあそこにいたら確実に殺されてた。にしても、これからどうするか」


 彼女がダレスの胸元に耳を当てると、心臓の鼓動が少し弱くなっていた。


「まずいな。このままでは彼女が死んでしまう。一旦馬車に戻れば医薬品があるが、来た道を戻ったら確実にイシスと遭遇する。そうしたら終わりだ。どうするべきか」


 彼女が頭を悩ませていると、コツコツと足音が聞こえて来た。


「!? くそ。新手か。数がそれなりにいそうだが、私1人でやれるか?」


 彼女が足音が聞こえてくる方を警戒していると、男性の声が聞こえて来た。


「おや。ラルカじゃないですか」


 彼とともに、2人の騎士団員、メリナとリナーテが来たが、ラルカはその人たちを知らなかった。


「お前は、メジーマか。隣にいるのは誰だ?」

「ウェスト支部の新人ですよ。青い髪の方はリナーテ。茶髪の方はメリナです。それより、こんな所で何を……って!? ダレスの体が大変なことになってるじゃないですか!」


 彼は即座にダレスの元に向かい、容体を調べる。


「傷が酷いですね。メリナ! 彼の手当てを!」

「分かってる! ちょっとどいてろ!」


 メリナは即座に水の入った瓶を開けながら、彼女の体を触ってどのような状態かを調べる。状態を把握した後、瓶の中に入った水をダレスの体にぶちまけた。その行動にリナーテが驚いた。


「!? メリナ、何してんのよ! その水、まだ治療液になってないでしょ。なんでそんなもったいないことを」

「意味なくぶちまけるわけないだろ。彼女の体が酷すぎる。あちこちの骨がめちゃくちゃになってるし、臓器もいくつかやられてる。ここまで酷いと、ただ治療液をかけるだけじゃ意味がない。私の水を傷口からこいつの体内に入れて、傷ついた臓器や砕けた骨をある程度修復させる。治療液はその後だ」


 彼女は何個も水の入った瓶を開けて中身をダレスにぶちまけ、体に触りながら骨や臓器を治していく。その治癒力は素人のラルカでも分かるほどに素晴らしい技術であった。


「凄まじいものですね。彼女の治癒技術は」

「うん。ギルドにいた頃も、彼女には沢山助けられたからね~」


 数十分間の時間が経ち、メリナが額につたう汗を拭う。その後、瓶の中の水を治療液に錬成し、ダレスの傷口にかける。


「……ふう。これで修復はほとんど完了した。意識がいつ戻るかは分からんが、傷はもう大丈夫だろ。戦わせるのは絶対だめだがな」

「おお。素晴らしい技術だな。まさかこんなにも治癒が素晴らしいとはな。この我直々に誉めてやろう」

「……メジーマ。この偉そうなガキは誰だ」

「誰がガキだ! 我はこう見えて20歳だぞ!」

「その人はラルカ・インフィニティ。ヴァルハラ騎士団ノース支部所属です。騎士団で最も生け捕りが上手い魔術師と聞いてます。とんでもなく偉そうな所が欠点ですが」

「なるほどな」

「ぐぬぬぬぬ。どいつもこいつも我のことを偉そうだと言いよって」

「それより、なぜあなたがここにいるんですか? あなたも何か任務で?」

「いや。我とダレスたちはワルキューレ家とやらのお茶会に招待されたから来ただけだ」

「ダレスたちということは、あなた方の他にも誰か?」

「ああ。ウルと、新人のカイツも来てる」

「カイツ!? カイツがきてるの!?」

「おいお前! カイツは今どこにいるんだ!」


 メリナとリナーテが詰め寄り、ラルカは困惑してしまう。


「ちょ、ちょっと落ち着け! 今は我らとは別行動だから、どこにいるかは分からん」


 ラルカがそう言うと、2人は落ち込み、元気が無くなってしまった。


「……そっか。会いたかったのになあ」

「くそ。どこにいるんだ。カイツ」

「何なのだ。いきなり詰め寄ったり落ち込んだり」

「色々あるのでしょう。それより、この先には何があるのですか? 見たところ、向こうから来たみたいですが」

「向こうは研究所みたいな場所だった。あと、イシスっていう化け物がいたな」

「イシス……報告書で見たことがありますね。確か、これまでの敵とは次元が違う化け物だとか」

「化け物なんて言う生易しいレベルじゃない。あいつは本当にやばい。これまで戦った敵が赤子に見える程だった。あれは神という表現があってるかもしれないな」

「……どうやら、相当な化け物のようですね。ならば、一度他のメンバーたちと合流しましょう」


 彼らは出口目指して、場所を移動し始める。ダレスはメジーマが背負っている。


「そういえば、さっきずいぶんと詰め寄ってたが、青髪の……リナーテだったか? カイツのことを知ってるのか?」

「もちろん! 昔一緒に仕事してた時あったからね。ちなみに、そこのメリナも一緒に仕事してたんだよ」

「ほお。我の右腕にそんな過去があったとはな。この任務が終わったら、昔のカイツのことをもっと教えてくれ」

「それは良いけど、なんでカイツがあんたの右腕になってるのよ」

「よくぞ聞いてくれた。カイツは今までの無礼な奴らとは違い、我に礼儀正しき対応をしたからな。ああいう素晴らしき男こそ、我が右腕に相応しいと判断したのだ!」

「あんた。それただ単に甘やかされてるだ……」


 彼女の言葉を、ラルカは最後まで聞き取れなかった。リナーテが話してる最中、いきなり穴に落っこちるかのように消えてしまったからだ。


「!?」


 3人は一斉に血の気が引き、その場から遠く離れた。離れたのは彼らの意思によるものではない。まるで本能がそうさせたかのように、気が付いた時には体が動いていたのだ。リナーテが落ちた場所には小さな黒い水たまりのようなものがあった。


「なんだ! なんなのだ。いきなりリナーテが」

「……恐らく、影の魔術でしょう。彼女の影を利用し、闇の中に落としたと思われます」

「影の魔術。なら!」


 メリナは水の入った瓶を開け、空中にばらまく。


錬成フォージング!」


 そう言うと、ばらまかれた水が強い光を放つ光源へと変わる。


「強い光を当てれば、影が消えて魔術も効力を失うはずだ!」


 しかし、どれだけ強い光を当てても黒い水たまりが消えることはなく、そのままラルカの方に向かっていく。


「な!? このおお!」


 彼女は袖から何本もの鎖を出して攻撃するも、それらは躱されていく。何本か水たまりに当たったが、それらは飲み込まれるかのように吸い取られていく。


「! この力」


 彼女はその引力に飲みこまれる前に鎖を外し、外された鎖は全て飲みこまれていった。


「くそ。なんなのだこれは!」


 彼女はそこから飛んで距離を離そうとするも、黒い水たまりは追跡するように触手のようなものを伸ばし、彼女の足を捕らえた。


「離れろ!」


 彼女は袖から鎖を出して掴んでいる水に攻撃するも、それは飲みこまれ、何の意味も為さなかった。


「黒き水よ。弾けなさい!」


 メジーマがそう言っても水はなんら影響を受けず、さらに何本もの触手のようなものが飛び出し、彼女をあっという間に飲みこむ。それと同時に1本の触手のようなものが彼の足を捕らえた。


「地面よ。礫となりて水を破壊しなさい!」


 彼がそう言うと、周りの床がひび割れて壊れて行き、小さな礫が一斉に黒い水に襲い掛かる。しかし、それらはただ飲みこまれていくだけで、なんの影響も与えることが出来なかった。


「風よ。拘束を切り裂きなさい!」


 その声によって風の刃が水を切り裂いていく。しかし、どれだけ切り裂こうと手ごたえは感じられず、水の方も何か影響を受けてるようには見えない。


(馬鹿な。どんな攻撃も通用しないというのですか。それにこの水のようなもの。俺が命令しても影響はなかった。魔術で生み出されたものでも、無機物ならば命令に従うはず。つまりこれは有機物。あるいは生物ということになるが、だとしたら、一体どんな魔術なのですか)


 黒い水は困惑する彼をあっという間に飲みこんでいく。


「メジーマ!」

「メリナ! 今すぐここから逃げて、仲間と合流してください! あなたではこの水をなんとかすることは」


 彼は最後まで言い切ることが出来ず、ダレスと一緒に黒い水に飲みこまれていった。


「……嘘だろ。あんな簡単に仲間たちを」


 メリナは恐怖していた。その目は怯えきっており、足はガクガクと震えている。目の前にある得体のしれない何かはあらゆる攻撃が効かず、あっという間に騎士団メンバーを飲みこんだ。その力は正に無敵と呼ぶにふさわしいものだった。圧倒的な力を持った不気味な存在は、彼女を恐怖させるのに十分だった。


(逃げないと……速く逃げないといけないのに……なんで体が動かないんだ)


 彼女が怯えてる間にも、黒い水は彼女を飲みこもうと動く。


「くそがあ! とっとと消えろおお!」


 彼女は残った瓶を全て開け、それらを何十本ものナイフに錬成する。


「喰らいやがれ!」


 一斉に水めがけて放たれるも、それらは全て飲みこまれていった。


「……嘘だろ。吸収系の魔術と言えど、あんだけ飲みこんだら、なんらかの異常はでるはずだろ。なんで……いや。それより逃げないと! 動け!」


 彼女は自身の血液を錬成して超小型の刃物を作り、内側から足を貫いた。痛みによってむりやり恐怖を克服し、逃げようとしたが、一足遅かった。水は獣が口を開くかのように大きくなり、彼女をパクンと飲みこんだ。

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