第85話 ケルーナの誘い
晩ごはんを食べ終えた後、俺は部屋でソファーに座りながら夜の景色を見ていた。ダレスやラルカは話の合ったメイドや執事たちと食後のお茶をしている。
「……はあ。随分と気持ち悪い食事会だったわね。気分悪かったわ」
「そういや、やたらと気分悪そうにしてたな。なんでだ?」
「あのメイドたちや執事が気持ち悪かったからよ。どうも普通の人間じゃないみたいだし、何やら妙な催眠魔術使ってたみたいだし」
「催眠魔術。やっぱり何か仕掛けてたんだな。ダレスやラルカをあのメイドたちと一緒にさせて良かったのか?」
「こっちに連れ戻そうとしたわよ。けど、いくら言っても聞いてくれなくてね。実力行使するわけにもいかないから、彼女たちの好きにさせたわ」
まあ、確かに実力行使するわけにはいかないな。ダレスたちとの関係が悪化する可能性が高いし、ワルキューレ家が不信感を持ってしまう。一応調査の目的もあるのだから、不信感を持たせるのはまずい。
「ただ、何もしないというわけにもいかないから、これを付けたわ」
彼女は指先に雷で出来た小さな針みたいなものを生み出した。
「それは?」
「発信器みたいなものよ。この針がダレスたちに刺さってる限り、おおよその位置は把握できるわ。抜かれたら終わりだけど、バレにくいところに刺したから大丈夫なはず」
「準備が良いな。てか、その魔術便利だな」
「ふふ。惚れちゃった?」
「惚れてない。にしても、よく奴らが催眠魔術を使ってると分かったな」
「この前のガルードって奴が私に催眠にかけた影響か、催眠魔術や薬とかがなんとなく分かるようになってきたのよ」
「なるほどな」
それにしても、ワルキューレ家の奴らは何を考えている。ヴァルキュリア家の奴らが出てくるばかりだし、当主は姿を見せない。催眠魔術を使うメイドや執事たちの狙いは何だ。また人体実験の素体にでも使おうというのか。今すぐ近くにいるメイドとかを見つけてぶん殴って尋問したいが、流石にそれはまずいよな。どうしたものか。対策を考えていると、ウルが後ろから抱きついてきた。
「なんだ?」
「なんにもー。ただ、ずっと気難しそうな顔してるし、私のお胸で癒やしてあげようと思って」
彼女はスリスリと胸を動かしていく。
「今はそういうおふざけに付き合ってる暇は無いんだが」
「真面目にやってるわよー。貴方、ここに来てからずっと気難しい顔してるじゃない。少しは楽にしてあげたいのよ」
彼女は場所を変え、俺と対面した状態になる。
「貴方に何があったかはわからないわ。全く話してくれないし、情報もないからね。今貴方が何を考えてるかは分からないけど、あのヴァルキュリア家ってのがとんでもない悪党で、潰さないといけない存在だということは分かる。だから、私に出来ることがあるならなんだってするし、貴方の目的を叶えるために全力を尽くすわ。嫌だと言っても勝手についていくから覚悟しておきなさいよ」
「ありがとう。ウル」
俺は幸せ者だ。こんなにも頼れる仲間がいるんだから。必ず目的を果たさないとな。アリアを連れ戻して、ヴァルキュリア家を叩き潰す。改めて決意していると、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。ウルは俺の傍から離れ、応対する。
「誰かしら?」
「私やよお。ケルーナやよお」
ケルーナ。あの妙なもの引き連れてた女か。ウルがドアを開けると、彼女は黒い布でぐるぐる巻きにされた何かを引き連れて部屋に入り、俺を見て手を振る。
「やっほお。カイツはん。すこーしだけわっちとお茶してくれへんか?」
どういう意図だ。さっきの食事会でもお茶会でも全く会話しなかったはずだが、なぜ奴が誘ってくる。ウルが俺に近づき、小声で話しかけてくる
「カイツ。彼女の誘い。何か怪しいわ」
「分かってる。だが誘いに乗るのは損にはならないはずだ。奴がどういう存在なのかもよく分からないし、このお茶会に参加してる理由も気になる。ここは奴の誘いに乗るさ」
「なら、せめてこれを」
彼女はケルーナに見えないように手を動かし、雷の小さな針を俺の背中に刺した。
「何かあったらこの針に触りなさい。すぐに駆けつけるわ」
「オッケー。ありがとうな」
俺は彼女にお礼を言い、ケルーナの元へ行く。
「どこでお茶をするんだ?」
「ふっふー。ええところがあんねん。案内したるわ」
彼女の案内に導かれて館内を歩き、バルコニーのような場所に着いた。席は2つあり、テーブルの上にはカップが2つとポットが1つある。満月が明るく照らしており、幻想的で美しい風景だ。
「ええところやろお。こういう場所であんたとお茶したいと思ってなあ」
彼女は嬉しそうに微笑みながら椅子に座り、俺もそれに続いて座る。彼女はカップにお茶を入れ、心地よさそうにお茶の匂いを味わって飲む。
「んう~。我ながら美味しいのお。流石は私や。カイツも飲んだらどうや? 絶品やでえ」
「……何を企んでる。茶に毒でも盛ったか?」
「そんな無粋なことせんよ。疑り深い奴やのお。わっちはただ、あんたと話したくなっただけや。あんた、あのプロメテウスとかペルセウスとかいうやつの親類かなにかやろ」
「……お前。なんでそんなことを」
「分かるよお。あんた、あのプロメテウスたちにアダムとか言われとったし、なんらかの関係があったような話しとったからのお。親類やと推測するのはそう難しくない」
「なるほど。それで? なんでそんな俺から話を聞きたいんだ?」
「あんたの目的を知りたいと思ってなあ。あんたはプロメテウスたちのいるところから家出したか絶縁したか。ともかく、一度は関係を切ってる。そんな奴がなんでこのお茶会に参加しとるんや? 知らなかったとか招待されたからとかは無しやで。そんなアホな理由で戻ってくるわけないからな。もしかしたら、わっちとも利害が一致するかもしれへんし」
「お前に言う理由が見当たらない。だから言うつもりはない。仮に利害が一致しようと、どこの馬の骨か分からん奴と組むほど、俺は馬鹿じゃないんだ。どうしても知りたいなら、まずはそっちから色々教えろよ。例えばその黒い布でぐるぐる巻きにされた何かとか」
「あんたがわっちの目的に協力することを約束するなら、この子のことを教えてあげるわ」
「……論外だな。交渉は決裂だ。俺は帰る」
立ち上がってその場を去ろうとすると、彼女は俺に言った。
「あのプロメテウスとかペルセウスとかいうの。ヴァルキュリア家の人間やろ。んで、あんたも元ヴァルキュリア家の一員。えぐい一族やんなあ。虐殺やら人体実験やらグロテスクなもの大好き一家。あんたが嫌うのもよお分かるわあ」
「!? お前。なんでそのことを」
「ふふふふ。わっちの情報網、というよりは旦那様の情報網を舐めんほうがええで。あの人はなんでもお見通しやから」
こいつ。本当に何が目的だ。ヴァルキュリア家のことも知ってるとなると、かなり調べているみたいだが。なぜ調べてる。何をするつもりだ。
「わっちの目的はヴァルキュリアを潰すことやねん。あんたとも一致すると思うし、手を組まへんか? わっちは情報の宝庫やから役に立つでえ」
信用も信頼も出来ない。こいつの言ってることが本当だとも限らない。だが、下手に目を離すよりは目の届く距離で行動を見といたほうが良いな。俺の目的が邪魔される可能性もある。
「……良いだろう。俺の目的もヴァルキュリア家を潰すことだし、あんたとも利害が一致する。手を組んでやるよ」
もし怪しい動きをしたら、即座に殺すがな。本音を言えば今すぐにでもぶっ飛ばして色々と聞きたいが、ここで彼女と事を構えるのはまずい。
「ふふふ。交渉成立やなあ。手を組んでくれてありがとう。一緒にヴァルキュリア家潰せるように頑張ろなあ」
彼女は怪しげな笑みを浮かべながら、嬉しそうにそう言った。奴の目的がなんであろうと、俺の邪魔をするなら潰す。やっと出会うことが出来たヴァルキュリア家。必ず目的を果たしてやる。
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