第63話 蠢く闇たち

 ヴァルハラ騎士団ノース支部の支部長室。ロキは机の上に足を乗せ、何かを待つように目を瞑っていた。そうしていると、扉が開き、1人の女性が入ってきた。短い茶髪に青い瞳の綺麗な女性である。襟や袖口が金で装飾された黒のコートを着ており、黒のスカートを履いている。


「にゃんにゃんにゃーん。ミルナが来ましたにゃーん」

「来たか。例の資料はどうなった?」

「もちろんコピってきたにゃーん」


 彼女はそう言って大量の書類を机の上に置いた。その書類にはびっしりと文字や図形が書かれており、その中には天使のような羽を持つ人のような絵もあった。


「ほお。これほど書いてくるとは。ずいぶんと嬉しいものだ」


 彼女はそう言って書類を手に取り、嬉しそうに笑う。ミルナの目的はアルフヘイムにあった研究の情報を手に入れることだった。そしてそれは、彼女の魔術があれば、赤子の手をひねるよりも簡単なことだった。


「にゃはははは。カイツ達が色々頑張ってくれたおかげで、研究資料をコピーし放題だったにゃーん。にしても、支部長はこんなものを集めて何をする気なのかにゃーん?」

「楽しいことだよ。これがあれば、沢山の楽しいことが出来る」


 彼女はそう言って机から足を離し、椅子から立ち上がる。


「さて。カイツ君たちが帰ってくる前に、準備をある程度進めようかな。そろそろ準備しないと、出遅れちゃいそうだからね」

「にゃはははは。ようやくパーティーの準備ができるにゃん。楽しみにゃんにゃん」


 彼女は不気味な笑みを浮かべ、ミルナを連れて支部長室を出て行った。






 日が沈んだ真夜中。人数は流石に減ったものの、パーティーはまだ続いていた。ウルは相も変わらず他の妖精族の男へアタック。ダレスは酔っぱらっているのか、変なダンスを踊っている。そんな中、カイツはクロノスと一緒に茶を飲みながら、考え事をしていた。


(今回の事件。裏で糸を引いていたのは間違いなくヴァルキュリア家だ。そして、別世界の門を開くことが出来るのはその世界に住む奴らだけだったはずだ。今回戦った奴らの中に妖精族はいなかったし、ダレスもいないといっていた。つまり、ヴァルキュリア家が妖精族を抱え込んでる可能性が高い。てか、ルサルカとの戦い。本当に何があった。クロノスは俺がかっこよかったとか強かったとは言うが、具体的なことは何も言わない)


『さあ。妾も良く分からん。気が付いたらお主とルサルカが倒れておった』

「……そうか」


(ミカエルもまともに話す気はなさそうだ。くそ、わけのわからないことが多すぎて嫌になってくる)


 カイツが悩ましそうに頭をかいていると、後ろから声がした。


「カイツ―。何してるの?」


 彼が振り返ると、そこにはルサルカが立っていた。クロノスはそれを見て少し嫌そうな顔をした。


「ルサルカ。目を覚ましたんだな」

「うん。カイツがどこにいるか聞いたらここにいるって聞いたから来てみたんだ」

「そうか……俺を攻撃しなくていいのか?」

「え、なんでカイツを攻撃する必要があるの? カイツは救世主なんだよ? そんな人を攻撃するとかクズにもほどがあるでしょ」

「……そうか。それもそうだな」(この感じからして、洗脳は解けけてるみたいだな。俺を攻撃しなくなって助かった)


 彼がそう考えていると、彼女はカイツの隣に座った。


「わああ。みんなはしゃいでるね。あの金髪のお姉さん、変てこなダンス踊ってるね。あんな趣味あったの?」

「いや。あれは酔っぱらってるだけだろ。ずいぶんと酒飲んでたからな」

「なるほど~。カイツはお酒とか飲まないの?」

「酒はどうも苦手でな。あまり飲もうとは思えないんだ」

「そっか。でも気持ちは分かるよ。私もお酒苦手だし」


 彼女はそう言いながらカイツの腕に抱き着いた。クロノスは露骨に嫌そうな顔をするが、無理に引きはがそうとはしなかった。


「カイツ。今回はありがとう。カイツのおかげで、皆が笑って過ごせる日が戻ってきた。やることは山積みだけど、これで私たちは安心して暮らせる」

「俺だけの力じゃないさ。クロノスやダレス、ウル、スーパーマンズ、アリア。皆がいたからこの世界を救うことが出来たんだ。それに、俺はお前が連れ去られるのを守れなかった」

「けど、カイツが私のお願いを聞いてくれたから、私は希望を持つことが出来た。それに、私はこうして五体満足で帰ってこれた。これは間違いなくカイツのおかげだよ。ありがとう」


 彼女はそう言ってカイツの腕に抱き着く。


「カイツの腕。暖かくて安心する。気持ちいい」

「そうか。それは良かった」

「カイツ。カイツはこれからどうするの?」

「元の世界に戻って、また人助けの日々だ。騎士団の仕事があるからな」

「そうなんだ……ねえ。もし時間が出来たら、また会いに来てくれない?」

「良いぜ。ここは心地良いからな。時間が出来たら来たいものだ」

「本当!? 楽しみにしてるね」


 彼女が喜んでいると、ウルが近寄ってきた。


「ちょっとカイツううううう! なんでそんな女の子といちゃついてるのおおお!」

「いや。いちゃついてるつもりはないんだが」

「ならその手を離してよおおお! そして傷心の私といちゃついてよおおお!」


 彼女がそう言ってカイツに突っ込もうとすると。


「止まれ」


 クロノスがそう言って、ウルの動きを止めた。


「ちょっとクロノス! 私を今すぐ自由にしなさい!」

「尻軽女を自由にしたら、何が起きるか分かりませんからね。少しは大人しくしてくださいよ。雑魚に言霊使うのは面倒なんですから」

「もおおおお! その見下した態度ムカつくうううう!」


 わちゃわちゃしていると、ルサルカが悪いことを思いついたような笑みを浮かべる。


「カイツ。もう少し傍に行っても良い?」

「ちょっとお! 少女がなにませたこと言ってんのよ!」

「構わないが、どうかしたのか?」

「いやー。今のうちにカイツを堪能しておこうと思って」


 そう言って彼女はカイツの膝の上に座り、体にもたれ込む。恍惚とした笑みを浮かべており、とても幸せそうだ。ウルはもちろん、クロノスも嫌そうな表情をしていた。


「むっきいいいいい! 私ですらそこに座ったことが無いのに、なにちゃっかり堪能してんのよおおお!」

「悔しかったら私をどかせれば良いじゃん。あ、それは出来ないんだっけ?」

「ぬぎゃあああああ! このマセガキがあああああ!」

「うるさいですね。馬鹿の声は聞くに堪えません」

「てか、今日はやたらとハイテンションだな。ここまでハイテンションなのは初めて見た気がする」

「カイツー。私を自由にするように言って。何もしないからー」

「……いや。明らかになにかされそうだし、そのままでいてくれるとありがたい」

「なんでよおおおおお! カイツのいじわるうううう!」


 ウルが叫びまくっていると、ダレスが後ろから現れ、彼女の肩を掴んだ。


「やあウル。なんだか元気にしてるねえ。そんなに元気なら、私と飲み比べしようよ。ヒック」

「いえ……全力で遠慮します」

「遠慮しなくていいよお! 君もこの酒を飲みたくて飲みたくて震えるんだろ? たっぷり飲もうじゃないか!」

「いやーーーーー! 離してええええ!」


 彼女は無理やりダレスに連れて行かれ、酒の飲み比べ勝負を無理やり受けることになった。


「……あれって、止めたほうが良いのか?」

「大丈夫だよ。妖精族のお酒は酔いやすいけど、どれだけ飲んでも体に害をもたらすことはないから」

「随分と便利だな。それより、お前はいつまでここにいるんだ?」

「うーん。もう少しいたいけど、ダメ?」

「いや。そこにいられるのは嫌いじゃないから、いても構わない」

「キャッホー! さすがカイツ! いっけめーん!」


 彼女は嬉しそうにはしゃぎながらカイツに抱きついた。クロノスは露骨に嫌そうな顔をしながら、料理を食べる。


「クロノス? どうかしたのか? やたら不機嫌そうだけど」

「別に。なんでもないです」

「……そうか」


 彼はもう少し追求したかったが、彼女が何でもないと言った以上、それ以上追求することが出来なかった。







 彼らが楽しい宴を過ごす最中。アリアは少し離れた所で複数人の女性と話をしているカイツを見ていた。


「……カイツ」


 何かを抑えるかのように胸元に手を置く。


「ムカムカするです。でもそれ以上に変な感覚。何なのですか。これ」


 今までに感じたことのない感情。カイツの周りにいるものに対し感じるのは、強い憎しみ、恨み、殺意といった負の感情。しかし、アリアはそんな感情を今まで感じたことがないため、困惑するしかなかった。

 そして、それ以上に感じる何か。感情とは違う理解の及ばない何かが胸元でざわついていた。


「不気味です。自分が自分で無くなるような変な感覚」


 彼女は気づかなかった。自身の左目に一瞬だけ、青い炎が宿ったことに。

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