第61話 鮮血の覚醒
奴の手から何発も放たれる小さい弾。俺はその攻撃を避けるだけで精一杯であり、攻撃する暇などなかった。
「ほらほらあ! 逃げてばかりじゃ意味ないよ!」
「くそ! ルサルカ。なんでこんなことをする! てめえは俺に助けを求めたんじゃなかったのか!」
「だーかーら。何度も言ってるでしょ。私はカイツに恩返ししてるの。殺すつもりなんて毛頭ないよ!」
会話がまるで噛み合わない。一体彼女に何があったんだ。考え事をしてる間にも、彼女の手から白い刃が飛び出し、俺に襲いかかってくる。俺はその攻撃を弾き、刀の切っ先をやつに向ける。
「剣舞・龍炎弾!」
奴に紅い球体を放ち、それは直撃した。だが。
「へえ。今のカイツに手加減する余裕あるんだ。凄いね。それとも、やっと私のやりたいことが分かってくれたの?」
威力は大幅に抑えたため、奴へのダメージは全くなかった。
「くそ。やっぱりこの威力じゃダメか」
『カイツ。六聖天の力を使わねば、奴にダメージを与えられんぞ』
「分かってる。けど、あまり傷つけすぎるのも良くないし」
龍炎弾の手ごたえからして、彼女の肉体強度はそこまで高くない。下手に六聖天の力を使えば、彼女が死んでしまう可能性がある。それは嫌だ。
『たく。ずいぶんと甘ちゃんじゃの』
「ほっとけよ!」
俺はミカエルと会話しながら、ルサルカの剣を捌いていく。だが俺からは攻撃できずにいた。パンチとかならまだ調節のしようはあるが、剣だとそうはいかない。下手したら彼女の体に後遺症を残す可能性もある。下手に攻撃することは出来ない。
「剣に勢いがないね。戦う気が無いなら、大人しく攻撃されてほしいんだけど」
「すまないが、そういうわけには行かない」
「なら、力づくでやるしかないね!」
奴は距離を取って水の弓を作り出し、水の矢を放ってきた。横に飛んだり上に飛んだりして避けても、それはしつこく俺を追いかけてくる。
「ふっふっーん。私の矢はカイツに当たるまで消えないよー」
彼女はそう言いながら、更に何発もの矢を放つ。確かに奴の言葉通り、何かにぶつかるまでは消えなさそうだ。なら。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
刀の切っ先から何発もの紅い球体を放ち、水の矢を次々に破壊していく。
「やるう。ならこれはどうかな!」
腕から赤い糸のようなものをだし、それで攻撃してくる。それは俺に捕まえようと動く。斬ろうとしたが、やたらと動き回るせいで斬るのがかなり面倒だ。それに、刀が当たってもぐねぐねと動くせいで斬ることまで出来ない。
俺は糸のようなものを斬るのを諦め、攻撃を避けながら近づいていく。小さい弾の攻撃でなければ、近づくのはそこまで難しくない。奴を再び殴ろうとしたが、その攻撃は受け止められた。
「ルサルカ。お前はなんでそんな風に変わったんだ。何を知った。何を知らされてそうなった。誰がお前を変えたんだ!」
「私を変えたのはイシス。知らされたのは残酷な思い出。そして、カイツの真実だよ」
奴の腕から小さな弾が飛び出した。俺はその攻撃を避け、一旦距離を取った。奴を変えたのはピエロ女か。あの女、何が目的なんだ。モルペウスと組んではいるみたいだが、目的が一致してるわけでもなさそうだし。
『カイツ。考え事をしてる暇はないぞ』
「そうだな。まずはあいつを何とかしないと」
俺が奴の元へ走り出そうとすると。
「させないよ」
足元から白い刃がいくつも飛び出し、その攻撃を後ろに下がって避けた。赤い糸のようなもの、白い刃、水の剣。少しずつではあるが、奴の魔術の正体が見えてきた。
「うーん。さっきの奇襲は行けたと思ったんだけどなあ。なら、これでどうかな?」
一瞬だけ嫌な予感がして後ろに飛ぶと、目の前の地面から何十本もの赤い糸のようなものが飛び出した。
「まだまだあ!」
糸のようなものから血が水のように飛び出し、檻を形成して俺を閉じ込めた。
「この程度の檻など。剣舞・龍刃百華!」
剣を横に振ると、無数の斬撃が飛び出し、檻を破壊した。糸のようなものから吹き出した血。仮説は大当たりのようだ。
「お前の魔術。体内の水や血液、骨、血管。あらゆるものを自在に操る魔術だな?」
「……へえ。バレるのが速いね。流石カイツ。分析力も実力もとっても凄いよ」
「褒めてくれてどうも。お前の魔術の正体が分かったなら、対処も簡単だ。だが気になることがある。骨や血液を攻撃に使うということは、使えば使うほどに体へダメージがあるはずだ」
「ふふ。そこが天使の力の凄いところ。天使の力に適応できた存在は、強大な再生力を手に入れられる。だから、私の魔術による体へのダメージも無視できるんだよ」
「天使ねえ。俺が見てきた天使の力は、そんなに都合の良いものじゃ無かった筈だが」
「そいつらが適応できてなかっただけだよ。天使の力に適応できた者の力は
彼女の背中から天使のような翼が1対2枚生えた。だがその色はどす黒く、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「さあ。第2ラウンドと行こうよ。ここからは本気で行かないと死ぬかもね」
この感覚。確かに
「でも、魔術の謎がバレたからって特に問題はない。私はやるべきことをやるだけ!」
奴の腕から何十発もの小さな弾が飛び出してきた。あれは骨を弾にして飛び出した攻撃。そして、こう何度も見たなら、対処もやりやすい。俺はすべての攻撃を刀で弾いた。
「うっそ。全部防がれたの!?」
「厄介な攻撃だが、よく観察すれば、対処するのも難しくねえよ」
「すごいなあ。この攻撃まで防がれるなんて思わなかったよ。ならこれはどうかな?」
奴は空中へと飛び、両手を俺の方へ向けた。
「カラフルレイン!」
小さな水の玉、血の玉、白い玉と様々な玉が雨のように降り注いだ。
「剣舞・龍刃百華!」
剣を降ると、無数の斬撃が雨のような攻撃を防いでいった。だが全てを防ぎ切ることはできず、何発かくらってしまった。
「くそ。これも傷はないのか」
「ほえー。結構防がれちゃった。もう一度やりたいけど、これめちゃくちゃしんどいんだよねえ。かといって他の技じゃダメージ与えられそうにないから」
奴は再び水の剣を生み出した。
「剣で戦うしかないね!」
俺に斬りかかってきたので、その攻撃を受け止める。
「残念だが、お前の剣じゃ俺は斬れない。遠距離戦はまだしも、近接戦じゃ俺に分がある」
「それはどうかな?」
奴が再び斬りかかってきたので、その攻撃を受け止める。その瞬間。
「!? なに」
剣は確かに受け止めた。そのはずなのに、俺の背中が斬られた。しかも、痛みはあるはずなのに、血が流れていない。
「お前。何をした」
「さあ。何をしたのかな?」
奴が連続で斬りかかり、その攻撃を受け止めるたびに体のあちこちを斬られていく。しかも、痛みはあるのに傷が全く増えない。どうなってんだ。さっきとは明らかに剣術のレベルが違う。
「まさか、手加減してたのか?」
「正解! 私の得意分野は遠距離戦闘じゃなくて、こういった近接戦闘。さっきは手を抜くのに苦労したよ。でもそのおかげで、カイツが油断してくれるから、攻撃がバンバン入るよ」
奴の謎の斬撃を防ぐことが出来ず、俺の体は徐々にあちこちを斬られていく。一旦後ろに下がって距離を取ると、痛みのせいで膝をついてしまった。
「くっ。舐めたことしやがって」
腹立たしいことだが、剣のレベルはあっちのほうが遥かに上らしい。参ったな。どうやってあいつを気絶させようか。にしても、なんで奴の攻撃で傷が出来ないんだ。一体どういうことに仕組みになってる。それ以前に、やつはなんの目的があってこんなことをしてるんだ。
『こやつの攻撃……まさかあれを』
「? どうしたミカエル。何かわかったのか?」
『……一応は。とりあえず、妾の策を聞いてくれぬか?』
「この状況を変えられる作戦なら、喜んで聞いてやるよ」
『分かった。まず、お主がやるべきことじゃが、奴の攻撃を受けろ。それだけじゃ』
ミカエルから聞いたやるべきことは、とてもじゃないが信じられないような内容だった。
「おい。冗談にしては面白くないんだが」
『冗談ではない。奴の攻撃を受けてくれ。恐らく、それで全てうまく行くはずじゃ。多分な』
どういうことだ。ミカエルが言うってことは俺のためではあるんだろうが、なんでこんなことを。そもそも、彼女は何を知ってる。どうも何かを知ってるみたいだが。
「話は終わった? そろそろ攻撃していいかな?」
痺れを切らしたかのように、ルサルカがそう言った。こいつ、まるで俺とミカエルが会話してることを把握してたような。本当にどういうことなんだ。今まで俺とミカエルの会話を把握できてたような奴なんていなかったぞ。天使とやらの力で把握できてるのか?
わけの分からないことが多すぎるし、ルサルカの目的も不明だ。何をすべきか分からない今、ミカエルの言うことを信じるしかない。俺よりは状況を把握してるみたいだからな。
「ああ。話は終わりだ。さっさと来いよ」
「じゃ、遠慮なく行くよ!」
奴は水の剣で突き刺すように襲いかかり、俺はその攻撃を避けることもせず、そのまま受けた。心臓付近に水の刃が突き刺さり、尋常じゃない痛みが俺を襲う。
「へえ。まともに受けるんだ」
「これが、お前を助けるための作戦らしいからな」
そう言った後、痛みのせいで意識を保つことも難しくなり、俺の意識は消えた。
目を覚ますと、俺は赤い海の中にいた。血のように真っ赤な海の中。海の中なのに呼吸が出来るって、中々に摩訶不思議だな。どういうことになってんだか。
「なんだこれ。どこだよ」
さっきまで倉庫みたいな場所にいたはずだが、何がどうなってこんなところに来たんだ。
「ふふ。可愛いわねえ。カイツ」
どこかから聞こえる声。ミカエルの声じゃない。誰の声だ。
「ああ。やっぱり私のことは忘れてるのね。まあ無理もないわ。あんなにえげつない思い出は封印したくなるのが普通だもの。ふふふふ。記憶に恐怖して封印する。あなたにそんな可愛いところがあるなんてね」
誰なんだよ。さっきから好き勝手言いやがって。俺はこんなわけの分からないところにいる暇はないんだ。一刻も早く、ルサルカを助けないといけないんだよ。
「ルサルカ……ああ、あの雑魚天使ね。あれを助ける役目は私がしてあげるわ。それに、あれを放置しておくのは、色々とめんどくさそうだし」
どういう意味だ。てめえは誰なんだよ。意味不明なことばかり言ってんじゃねえぞ。そう思いはしたものの、ほれを口にすることは出来ず、俺は再び意識が遠のいていった。
水の刃で体を貫かれ、カイツの意識は消えた。
「思ったよりもあっけなかったね。でも、これで呪いを殺すことが」
彼女がそう言って刃を抜こうとした瞬間、腕を掴まれた。
「!? これは」
彼女は一瞬、誰に腕を掴まれたのか理解できなかった。なぜなら腕を掴んでいたのは、意識が消えたはずのカイツなのだから。彼はもう片方の手でも掴み、そのまま彼女の腕を引きちぎった。
「ぐああ!? これは」
彼女はちぎられた腕を抑えながら後ろに下がった。次の瞬間、彼の背中が弾け、紅い翼が顕現した。それは翼というにはあまりにも歪であり、天使のような神々しさはなく、あるのは悪魔のような禍々しさだけだった。
「紅い翼。やっと目覚めたんだね。呪いの本体」
彼女を見据える彼の目は、血のように紅く染まっていた。さっきとは明らかに雰囲気が変わっており、別のなにかが乗っ取っているように見える。
「カイツを苦しめた元凶。私は、あんたを倒して恩返ー!?」
言葉を続けることは出来なかった。なぜなら、紅い歪な翼が彼女の体を貫いていたのだから。
「がふっ……いつの……まに」
それは目で追える追えないなどというレベルでは無かった。気が付いた時には、彼女の体は翼に貫かれていたのだ。話に夢中で警戒してなかったわけではない。敵の出方を伺い、どんな攻撃にも対応できるよう準備していた。それなのに、彼女は攻撃に反応することすら出来ず、その身を貫かれた。それは今のカイツ?と彼女に、比べることが馬鹿馬鹿しくなるほどの、圧倒的な実力差があるという証拠に他ならなかった。
「……ごめん……カイツ」
彼女はそれだけ言い残し、その場に倒れた。
「今回は、貴方の願い通りにしてあげる。今反逆しても、あんまり良いことないからね。また会いましょう。我が愛しき人」
カイツ?はそう言った後、その場に倒れた。それと同時に、歪な紅い翼もその姿を消した。
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