直文2
あの日から、俺は言葉通り毎日来た。
俺が帰った後は眠って、俺が来ると目覚める。まるで、侵入者が来ると追い払おうとしているみたいだ。俺が来てくれる間、夢は見なかったらしい。嫌な夢を見なくてよかった。
代わりに俺は村の外の事や土産などを持ってきてたくさんのことを話す。
彼女の驚く顔に、切なそうな顔。頬を膨らませて不服そうな顔から笑う顔。ころころと顔に感情が出る彼女が羨ましくも、心がポカポカしてくる。彼女は俺の事もたくさん聞いてきた。最初はぎこちなかったけれど、段々と普通に話せるようになってきている。
ある日の夜。神社の前で花火の話をした。
「花火」
「そう、夜空に打ち上げる花なんだ。すぐに消えちゃうけど、とても綺麗なんだ」
夜空の花と言う表現は間違っていない。彼女は目を輝かせて、楽しそうに想像を膨らませていた。
彼女の時代に花火の技術は発達はしていない。徳川家康より統治されて、平和になってから見れるようになったものだ。彼女は俺に話しかけてくる。
「直文さん。成仏する前に、私を外につれて、その花火を見せてくれませんか?」
……ああ、それはいいかもしれない。三百年間、でれなかった彼女への最後の御褒美として見せてあげるのも。
「うん、わかった。君に特等席を絶対に用意するから」
「ありがとうございます!」
ああ、やはり──そうだ。
彼女の笑みは花火のようだ。
明るくて、眩しくて俺にはもったいなくて。ああけれど、見ていて尊いと思えるのだ。
今日は村の調査をする予定。なのに。
「もっくん。俺も調査するよ」
「だーめ。俺が調査をするから、なおくんはこの子のお相手をしなさい。折角の
「……った、確かに」
彼女のような
まったく変な気遣いをして。だが、有りがたく受け取っておこう。
茂吉を見送った後、俺は彼女に話題を出した。
「君」
話しかけると、彼女は向く。
「はい」
「お母さん。どんな人だった?」
気になって聞く。
俺は母親の顔を知らないのだ。子が母をどう思うのか、気になる。彼女は思い出しながら話してくれた。
「私のお母さんは、幼い私にたくさん色んな話をしてくれました。優しくて、笑顔が天の川のように輝いていて。いけないことをすると叱ってくれて。……でも、いつの間にかいなくなっていた人です」
「そっか」
羨ましさがあるけれど、君が気付いたときにはいなくなっていたのか。君も俺と同じで、いつの間にか親はいなくなっていたのか。
「……俺の母親は物心ついた時には居なかった」
「貴女も、お母さんが居なくなっていたのですか?」
頷いて、石畳の上に座る。
何故か、俺は生まれを話していた。
生まれた時から、朝廷に祀られた
彼女は驚いていたけど、そんなものだ。
日の本では、
当時の俺は何もかもわからなかった。
あの人の迎え来るまで、俺は何をしていた?
あの人から、名をいただくまで俺は。思い出そうにも同じ光景ばかりで思い出せない。
なぜ、無表情なのか。
俺が人と滅多に会わずに丁重に
まだ俺は子供だ。
片手を握られた感覚がある。俺は驚いて、彼女を見た。少女は俺の手を両手で握ってくれている。彼女の瞳の俺は目を丸くしていた。なんで、そう優しくしてくれるの。
「多分、俺が君を気にしているのは、俺自身の過去もあってからだなんだ。名前がないのと、祀られていたと言う点が」
優しさに戸惑って、自分でもわけわからない言い訳を吐く。
そうだ。だって、俺は哀れみの同情から彼女を助けようとしているんだ。けど、彼女は首を横に振る。
「違いますよ。貴方は元から優しいのです。そうでなきゃ、行動と態度で表しませんよ」
「違うよ。俺は」
否定しようとする口を閉じられた。
なんで彼女に過去を話したのだろう。きっと彼女の名前がないからだ。同情をして話したから。そんな俺を彼女は優しいと言う。
それはない。前に、俺は一方的に君を傷つけてしまった。悲しませてしまった。同情で俺の過去を話してしまった。
ううん、違う。
彼女なら話していいと思ったから、一方的に打ち明けた。
俺は自分勝手だ。
なのに。
「直文さんは優しいですよ」
なんで、君はそういうの?
なんで、こんな俺に優しくできるの?
打ち明けてないけれど、俺は仕事で何度か人を殺したことある。元々罪人だ。
……本来なら神獣の血を引くなんてあり得ない。俺が属する組織の半妖は、地獄で苦しむはずだった罪人。転生をし、力強い妖怪の半妖として組織に属することで刑期を短くしている。
俺は魂の循環を守る地獄の者。罪人としての半妖。能面の直文。俺は本当の事を知って君に黙っている。
違うよ。俺は優しくなんかない。
口に出したいのに、彼女が言うなとまた指で口を閉じられる。
優しい眼差し。仲間以外に向けられるのは初めてだ。指が離されて、俺は否定しようとする。でも、すぐに
「……ありがとう」
感謝をする。顔の突っ張りがなくなった気がして、思いのまま口角をあげてみた。
「本当にありがとう」
彼女の瞳に頬を赤くした俺の顔がある。彼女は目を丸くしていて、顔を赤くして口を押さえていた。
「直文さん……笑った!」
「うん、笑った。俺もビックリ」
また無表情に戻ってしまったけど、びっくらこいただ。
自分の顔をさわると、彼女が俺の頬を
「いひゃい」
「あっ、ごめんなさい!」
手を放してくれるけど、その両手を俺は押さえて頬を触らせた。彼女はびくっと震えて、口をあんぐりとさせる。間抜けた顔だなと思い、俺は笑いを
「ふふっ……あははっ……」
彼女は俺の笑いにつられた。
そっか。悲しませたくなかったから、否定するのを躊躇をしたのか。自身の否定を表に出すのは、相手にもよくない。口にしたくなかったんだ。
君を思うと、約束を果たしたくなる。
「成仏する前に、絶対君に花火を見せるよ」
三百年もここにいる彼女を外に出して、綺麗なものを見せてあげたい。
それが、俺が彼女にできること。俺の真剣な表情に彼女は呆然として、やがて嬉しそうに笑ってくれる。彼女の微笑みは打ち上がる空の花火のようで、やっぱり俺には眩しかった。
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