彼女2
「……えっ」
私が死んでいる?
直文さんから告げられて、わからなかった。
死んでいるって、えっ。でも、地面を歩く感覚があるし、階段を上って疲れたし。混乱をしていると直文さんは「失敬」と言って謝った。
「貴女は死者ではありますが、中途半端な存在なんです。俺は貴女を成仏させる為に遣わされました。しかし、ここまで曖昧なものとは」
淡々と教えられて、不安になる。どういうこと? 死んでいるって。曖昧って。私は直文さんに食いかかって聞いていた。
「……私はどういう状態なのですか!?」
「死んでいますが存続している。俺にもわからない中途半端な存在なんです」
中途半端ってなに!?
わからない。わからない。
混乱するしかなかった。
なんで、私は死んでいるの。それとも、生きているの。どういうことなの。なんで、私はこの村から出れないの。私はなんなの。誰なの、どんな人物だったの。
友が居たかもわからない。自分の家族もわからない。何処に住んでいたのかもわからない。自分の名前もわからない。
怒りたくなって、不安になって、怖くなって、わからなくなって、悲しくなって。気持ちもぐちゃぐちゃになって。
目からボロボロと涙が出てきてしまう。直文さんは無表情のまま、ビクッと震えていた。膝をついて泣き顔を両手で隠した。もう、わからない。何がなんだかもう。ぐちゃぐちゃな気持ちになる。
「うっ……ひっぐ……!」
砂利の音がした。私の背中に暖かさが宿る。優しく撫でられて、声が聞こえた。
「……ごめんなさい。傷付けてしまったようです」
申し訳なさそうな声。顔をあげてみると、変わらない無表情があった。瞳には、ただボロボロと泣いている不細工な私の顔。なんで、無表情。私の心の声がこぼれたのか、直文さんは自身の顔を触った。
「気を悪くさせて、すみません。俺、感情が顔に出ないんです。……声色では気持ちは出せるようになったのですが、何故か顔には出なく
悲しみのある声色で謝る。涼しげな表情が変わらないが、落ち込んでいるんだと思う。
「できることはします。俺が嫌なら代わりの者を呼びに行きます。……泣き止めとは言いません。俺が泣かせてしまった責任はとらせてください。……どうか、貴女を救わせてください」
彼は頭を下げて、頼み込んでくる。表情が変わらないまま、直文さんは必死で私を宥めようとしていた。
悪い人ではない。直文さんの根は優しい人なんだ。彼の優しさがわかって、身に染みる。ぐちゃぐちゃな気持ちも少しずつ、落ち着いてきた。涙は止まらないけれど、私は彼に頼む。
「お願いです。どうか、私を救ってください」
直文さんはしばらく黙る。嫌なのかと思ったけど、そんな感じはしない。彼は
「……ありがとうございます。誠心誠意貴女をお救いします」
……深々と誠意と反省を示される。あの、そこまでしなくていいいですよ? 黙ったのは、彼が驚いたみたいだ。
心身ともに落ち着いたあと、直文さんはわかる範囲で教えてくれた。
私は三百年前にこの村に生きていた人。何かの原因でなくなって、幽霊となってここで縛られていた。
彼らは魂の循環を守る組織。幽霊と悪霊、人の魂を食べた妖怪を倒して、悪霊と怨霊を退治するのだと言う。
凄い。物語に出てきそうなお話で、聞いていてドキドキしてきた。でも、死んでいる身でドキドキしても意味ないか。私は幽霊らしく、何か訳あって成仏できないみたい。
直文さんもわからないようで、直接原因を探りにきたようだ。
「直文さん。私は成仏できますか?」
「貴女を
無表情で淡々と告げるけど、拳をぎゅっと握っている。やる気満々だ。お仕事熱心な人らしい。
私が死んでるなら、現世に居続けるのはよくないと思う。
原因を調べる間、私も手伝わなきゃと思うのだけど。彼の淡々とした口調で丁寧に話されるのは、ちょっと冷たく感じてしまう。
「あの、直文さん。素の口調で話していただけませんか?」
「何故ですか? 貴女は俺より年上なのです。年上は敬い丁寧に接しないといけないでしょう」
「……えっ、直文さん。何歳なのですか?」
思わず聞いてしまった。彼の見た目が私より年上だから気にしてなかったけど。過ぎた年数を考えると私の方が年上なんだけど、私の場合は幽霊だ。直文さんは生きた人間──
「俺は百五十歳の若造です」
「……ええっ!? 百五十歳!? 何処が若造なの。お爺ちゃんじゃあない!」
驚くと、直文さんは顔を横に逸らす。
「……普通俺がただの人なわけありません。それに、人のこと言えないでしょう」
拗ねた。歳は気にしているようだ。でも、彼の言う通りだ。私は死んでるけど、実年齢は彼より年上である。
「ごめんなさい。直文さん。私が死んだのはたぶんまだ若いときだと思うのです。ですので、私を年下扱いして素の口調で話してくれませんか?」
直文さんは私をじっと見つめて、溜め息を吐く。
「……わかった。君の要求は飲もう」
口調もがらりと変わって、雰囲気も違うように感じた。何だか、こっちの方が話しやすい気がする。彼の素の口調を聞いて、何となく思った。
彼と仲良くできないかなと。
「私も出来る限りお手伝いはします。それまで、名前を忘れた幽霊と仲良くしてくれますか?」
私の話に直文さんは瞬きをする。
「……えっ、仲良く? 君と俺が?」
動揺しているのが声でわかる。私は笑顔で頷き、直文さんはじっと見てきた。頭の後ろを掻いて、無表情の彼は口を開く。
「うん、よろしく頼むよ」
声が弾んで、顔が少し赤みがかって見えた。
直文さんは村を出ていった。器用に木々を飛び乗ってったから、彼は本当に人間ではないのだろう。私は眠っていた神社の中に戻って眠ることにした。幽霊だから眠れるのかと思ったけど、段々と眠くなってきた。
瞼を閉じる。明日起きたら、直文さんに聞いてみよう。
ゆめをみた。
大きな部屋で小さな子供と優しそうな女性が遊んでいる。そんな夢を見た。
手鞠を遊び道具に、子供は嬉しそうに笑う。女性は優しく呼ぶけれど、名前は聞こえなかった。子供は文字や舞、様々なことを学びながら成長していく。見たことがある少女になった。
私だ。過去の記憶なのかな。
周囲は、夢の私を巫女様と持て
私の名前がなんでよばれなかったの?
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