誰ヵ之半妖物語 名前と記憶を忘れた彼女と無表情な彼

アワイン

彼女

「……ううん」


 体が重い。何とか薄く目を開けて、私は周囲をみた。

 木造の棚がある。ボロボロの障子しょうじ。割れた鏡が祭壇さいだんのようなものに飾られている。私は白い着物だけを着ていた。上を見ると、崩れそうな木造の天井がある。私はぼろぼろの畳の上で寝ていた。


 ここはどこなのだろう。


 段々と目が開けられるようになった。よく考えて、自分の手をみる。小さくて弱そう。視界の端に黒髪が映る。ああ、私の髪は黒の色のようだ。自分を触って、やっと気付く。


 私は誰だっけ。名前はなんだっけ。

 何度も思い出そうとするけど、出てこない。忘れてしまった。何でここにいるのかもわからない。そもそも、何でここにいるんだろう。


 立ち上がってみた。部屋を見て回る。ああ、歩くことはできるみたい。私は外に出る為に戸を開ける。


 石畳の道と大きな鳥居があった。


 空には星が瞬いている。満月のお陰で周囲がよく見えた。

 両脇に古びた狛犬の二体。周囲には木々がしげっていた。鳥居の先には下に続く階段がある。ここは神社らしい。しかも、それなりに大きいようだ。

 ああ、わかるものはわかるみたい。

 どうやら、私は部屋の中で下駄をはいて寝ていたようだ。お行儀が悪かったな。壊れそうな木製の階段をゆっくりと降りる。

 鳥居の先を目指して歩いていった。



 階段の先は寂れた村の跡。屋根は崩れて戸もボロボロで外れかかっている。草もぼうぼうに生えて、道具も錆び付いて古くさい。ここは何なんだろう。

 村は広くて、大きな神社。昔、ここは賑やかな場所だったのだろうか。

 外の様子を見れるかな。ゆっくりと歩いて、私は村の出口らしき場所に向かう──けど。


「ひゃあっ!?」


 ごつんと音がした。私は腰をついて、額を押さえる。……えっ、今のなに?


 目の前をみても、生い茂る獣道だけがある。壁みたいなものがあったような。立ち上がって、目の前の物に触ってみる。

 固い感触があって、叩くとごんごんと音がした。目の前に見えない壁がある。なんで?


《そこは、君だけが通れない。君は外には出れないんだ》


 声が聞こえた。凛とした穏やかな声。周囲を見回しても誰もいない。


《そこに俺はいないよ。神社へ戻ってくるといい》


 神社にもどる? でも、先に進めないならいくしかない。私は言う通りに戻ってみる。




 ──高い場所に上るのって大変だ。少し息切れをして、神社の前に辿り着く。


「お疲れ様」


 声が聞こえて、目の前をみる。

 着物と下駄をはいた首に布を巻いた美しい男性。整った顔立ちに凛々しい眉と長い睫毛。彼独特の美しさがある。黒い瞳が一瞬だけ金色に見えた。縛られた艶やかな長い黒髪を風で揺らす。まるで、夜空の化身のような人だった。


「こんばんは。初めまして」


 挨拶をされた。あっ、見惚れてしまった。いけない、挨拶しかえさないと。


「こ、こんばんは。初めまして」

「俺は直文なおふみと申します。先程の呼び掛けで驚かせてすみません。ああして声をかけなければ来ないと思い、実行に至りました」


 無表情で頭を下げて、丁寧な自己紹介に丁寧な説明をされる。けれど、声に抑揚よくようがなく表情も変わらない。形式的な感じがした。

 何だか人じゃないような、でも人のような。この人私より身長が大きいな。いや、とても大きい。どのくらいの差があるんだろう。直文さんと名乗る方は、私に尋ねてきた。


「貴女はここの神社の人ですか?」

「……わかりません」

「わからない?」


 素直に答えると、彼は無表情で驚きの声をあげた。彼は黙々と考え、私に顔を向ける。


「貴女の名前は?」

「……すみません。わかりません。何もかも、覚えてないんです」

「なるほど、貴女の記憶は喪失そうしつしていますね」

「……えっ」


 あっさりと言われた。……わかってていても、そうあっさり言わないでほしいな。私の気持ちを知らずに直文さんは淡々と説明する。


「貴女は何かの精神的圧力。もしくは、物理的な衝撃で記憶を失った可能性が高いです。原因まではわかりません」


 物理はわかるけど、精神的な圧力ってなんだろう。嫌なことかな。

 でも、この人。どんな人なのだろう。おっかない人……ではなさそうだけど。無表情だから気持ちがわからない。わからないなら、知っておいた方が良いのかも。


「直文さんは、何者なのでしょうか」

「俺は貴女を救い守る者だ」

「えっ」


 真っ直ぐと言われて、胸がどきんとした。私を守る者って。えっ。顔が熱くなる。こんなに素敵な殿方に言われるのは、夢のようだ。

 ああ、私はなんて単純なんだろう。


「仕事の一貫で貴女を救いに来た……って、項垂れてどうしました? 何処か痛いのですか? さっきまで顔が赤かったのはどこか調子でも悪いのですか?」


 淡々とであるが、心配をしてくれる直文さん。ごめんなさい。勘違いしてときめいた私が単純でした。


「大丈夫……自分の単純さに呆れただけです」

「……そうですか?」


 不思議そうに首を横に傾げる。この人、天然なのかな。悪い人ではなさそうだ。色々と聞きたいこともあるし、直文さんはここの村の事は知ってそうだ。


「直文さん。ここはどこですか? どんな場所ですか?」

「ここは、富与佐津とみよさつ村という場所でした。昔は多くの作物に恵まれていた村らしいです。そこにある神社はこの辺りの神を祭ったもの。三百年前に廃村となったようですが」

「三百年前?」


 驚く。私は三百年前に棄てられた村に居たの? 私はここの村人なのではと疑問に思っていたけど。すると、直文さんが教えてくれた。


「はい、貴女は三百年前に人として亡くなった者です」

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