異世界の俺と入れ替わる~勉強ができるだけの高校生の俺と、実力隠しの学園最強魔術師のオレ~

辻谷戒斗

第1話

 目が覚めると、見知らぬ天井があった。起き上がるとそこは、自分の部屋ではない誰かの部屋。


 ……ちょっと待て。俺は昨日間違いなく、自分の部屋のベッドで寝たはずだ。それがどうしてこうなった!?


 取り合えず、サッと周りを見渡してみる。すると、壁には見知らぬ黒みがかったローブがかけられていて、その隣には長剣に短剣と杖がかかっていた。


「まさか、転生した、のか……?」


 俺はローブと武器を見て、そう呟いた。どうやら俺はどこぞのライトノベルよろしく、異世界に転生したらしい。


「……マジかよ!よっしゃー!」


 俺以外の人ならもう少し困惑するところかもしれないが、俺はすぐに飛び上がった。これで無駄なプレッシャーやストレスから解放されると思うと、喜ばずにはいられなかったのだ。


 ベッドから飛び出た俺はまず、大きな鏡を見つけた。俺の全身が映る鏡だったので、それで姿を確認する。


「……そのまんまだな。服は違うけども」


 俺の顔から背丈まで、日本の頃の俺と瓜二つであった。着ているパジャマは、全く見覚えのないものだったが。


 俺は鏡の前から離れ、机の上を確認する。机には分厚い本が置いてあり、その下に紙があった。


 俺は本をどかしてその紙を見るが、そこには知らない文字しか書かれていなかった。日本語でもアルファベットでもないので、内容はまるで見当もつかない。


 俺は本を元の位置に戻して、隣にある本棚に目を向ける。そこにぎっちりと詰まっている多くの本も、やはり見覚えがないものであった。


 俺が本棚から適当に本を取ろうとした瞬間、ドアからコンコンという音が聞こえてきた。誰かがこの部屋のドアをノックしたのだろう。


「……誰だ?」


 ドアをノックしたのが誰なのかは見当もつかないが、ここは開けるしかないだろう。俺はこの世界に来たばかりで、何も分かっていないのだ。


 俺が恐る恐るドアを開けると、そこには見慣れた顔があった。その顔を見た俺はホッと一息つく。


「なんだ、沙羅さらかよ……」


「なんだとは失礼ね。起こしに来てあげたんだから、感謝しなさいよ。ほら、さっさと制服に着替えなさい」


「へいへい。分かりましたよー、っと……」


 俺がそう適当に返事をしながら、ドアを閉めた。その時、沙羅の視線が冷たく感じたが、いつもの事なのでスルーする。そして、俺は着替えるために服を脱いだが、下着姿になってから違和感に気付いた。


「……あれ?なんで、沙羅がいるんだ?」


 そう。ここは異世界のはずだ。ならばなぜ、現代で俺の幼馴染である菅原すがわら沙羅さらが、この世界にいるのだろうか。


 しかも沙羅は、俺という異物をいとも当然のごとく受け入れていた。そこから導かれる答えは――。


「……なんだ。ただの夢かよ……」


 俺はあからさまに頭を下げて、落胆した。転生して現実から解放されたと思ったが、ただ俺が夢で逃げているだけだったのだ。


 ……しかし、夢なら夢で楽しめばいいのではないだろうか。どちらにせよ、現実逃避できることには変わりないのだ。


 せっかくの夢なのだから、思い通りに楽しまなければ損だろう。せいぜい俺の妄想を楽しむことにしよう。


「ちょっと!着替えにどれだけかかって――!」


「あっ……」


 ドアが乱暴に開けられ、沙羅がそこから入ってきた。俺に声をかけてからすぐに着替えて出てこなかったので、しびれを切らしたのだろう。


 だが、沙羅の言葉は俺の姿を見た段階で止まった。なぜなら、俺が下着姿だったからだ。もう一度言おう。俺が下着姿だったからだ。現代で言うところのパンイチだったからだ。


 少しの間、俺も沙羅も固まっていたが、沙羅の方が先に動いた。顔を真っ赤にしながら腰にかけた杖を取り、俺の方に向けた。


「さっさと!制服を!着なさいよ!この!」


 沙羅がそう言っていると、杖の先を中心とした何かしらの陣が出てきた。そこからバチバチバチッ、という音がしている。


「変態!」


「ぎゃああああああ!?」


 沙羅がそう言い終えると、陣から電気が放たれた。その電気はまさに雷のごとく俺に迫ってきて、着弾した。


 俺は思わず悲鳴を上げたが、体は思っていたよりも痛くない。やはり、夢補正があるからだろう。


 だが、夢にしてはよくできた設定だ。沙羅が今放ったのが魔法とするなら、魔法陣を作ってから放つ仕組みなのだろう。


 沙羅が放ったのは雷魔法であろうが、これにはマジで納得である。性格がツンツンしている沙羅にはピッタリな属性だと、前から思っていたのだ。


 しかし、我ながら妄想たくましいな……。もしこれを覚えているのなら、この設定を使って何か書いてみるのもありかもしれない。


「ふんっ!さっさとしなさいよ!」


「お、おう……」


 沙羅はそう吐き捨てて、すぐにこの部屋から出ていった。俺は黒みがかったローブを手に取って着替えていく。


 沙羅も少し形状は違うが、似たような服を着ていた。恐らく、この黒みがかったローブが制服なのだろう。


 だが、何と言っても慣れない服なので、少々時間がかかってしまった。俺が普段着ている服よりも、圧倒的に着づらかったのだ。そこまでのリアリティは別に求めてないのだが……。


「……遅い!」


 何とかローブを来た俺がドアを開けると、不機嫌な様子の沙羅がそう言ってきた。俺はそんな沙羅に対して、取り合えず謝ることにする。


「わ、悪い。遅くなって……」


「……ちょっと。杖と剣はどうしたのよ」


「え?あ……」


 沙羅に指摘されて初めて、その可能性に気付かされた。確かに、沙羅は杖を使っていたし、剣も腰に装備している。


 ローブの隣にあったのだから、使わなければ始まらないのだろう。自分の夢なのに、そんなことにも気づけないとは……!


「す、すぐ取ってくる!」


「ちょ、ちょっとリヒト!」


 俺がすぐに杖と剣を取りに戻ろうとしたら、沙羅が俺の腕を掴んできた。そんな沙羅の目からは、困惑の色が見える。


「今日、ちょっとおかしいわよ……?杖と剣を忘れるなんて、いくらリヒトでも信じられない……」


 ……なるほど。この沙羅の言葉は、俺が俺自身に杖と剣を忘れないように言ってきているということだろう。そう考えた俺は、無難に答えることにした。


「ああ。ちょっと寝るのが遅くて、寝不足気味でさ。気をつけないとな」


「……そう。じゃあ、早く取ってきて。朝食に間に合うようにね」


「おう」


 俺は沙羅にそう返事をしてから、再度部屋の中に戻る。そして素早く杖と長剣と短剣を取って、それぞれ装備した。


 しかし、杖と長剣は沙羅のおかげでつける場所が分かったが、短剣は分からなかった。見たところ、沙羅は短剣を装備していなかったからだ。


 俺は短剣を背中側に通して、装備することにした。ここならピッタリだと思ったのだが、短剣がローブの中に隠れて見えなくなっている。非常時や不意打ちなどで使う用だからだろうか。


 何はともあれ装備することができたので、急いで部屋を出る。待ってくれていた沙羅は俺が出てきたのを確認すると、すぐに歩き出した。


 そんな沙羅に続いて、俺も慌てて歩き出す。部屋の外には、いくつものドアが一定の間隔であった。


 歩いていると同じ制服の人たちとすれ違うところから見ると、おそらくここは学校の寮かなにかなのだろう。俺が妄想で考えそうなことだ。


 ……あれ?そういえば俺、鍵閉めてなくね?


 ……まあ、いいか。夢だもんな。

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