【第4話】
ハルフゥンを奪還し、移住開始である。
「荷物を退けろ」
「そこ踏まないで!!」
「もう夕方になるから、子供たちはハルフゥンの敷地外に出ちゃダメよ」
非戦闘員たちが日用品を広げて素早く拠点を作り、傭兵団『黎明の咆哮』で保護されている子供たちは元気にハルフゥンの街並みを駆け回っている。
このハルフゥンにも人間は住んでいたのだろうが、リーヴェ帝国の侵攻によって住処を捨てたのだろう。建物の状態も家具の状態も捨てた当時のまま放置されている。
埃を被った床の上にはぬいぐるみが転がり、椅子や机などはひっくり返っていた。中には食事でも摂っている最中にリーヴェ帝国が侵攻したのか、料理が盛り付けられて放置された皿が机の上に配置されていた。もうすでに料理は腐っており、食べることが出来なくなっている。
「アインス、どうだ?」
「【報告】索敵範囲に敵性レガリアの存在はない」
傭兵団『黎明の咆哮』は、ユーバ・アインスという強い味方を得たので、量産型レガリアの索敵を人海戦術で行わずに済んでいた。おかげで戦闘要員も無駄に命を削る必要はなくなっている。
代わりに待ち受けていたのは、非戦闘員たちの手伝いである。腕力のある戦闘要員がいれば荷物の運搬も容易に出来るので、拠点を展開する作業がいつもより数倍ほど早く終わろうとしていた。
エルドは自分の荷物を拠点にする家屋に運び入れながら、
「量産型レガリアが出てきたら言えよ」
「【了解】その命令を最優先事項に設定し、索敵を開始。【報告】敵性レガリアの反応は現在なし」
「おう、分かった」
埃だらけの部屋に若干咳き込みながら、エルドはまず寝床を確保する。
ベッドの上に積もった埃や瓦礫を落とし、その上から襤褸布を広げる。さすがに傭兵が勝手に使ったあとの家具をそのまま持ち主にお返しするのはアレなのだ。特にエルドのようなおっさんが使えば、多少は気にすることもあるだろう。
こうした家屋を使う場合は、なるべく綺麗に使うのが暗黙の了解だ。まあ汚して返したところで他の傭兵団の仕業だとなすりつければいい。少なくとも傭兵団『黎明の咆哮』は建物を綺麗に使うように言い渡されているのでそうしているが、他の傭兵団の事情は知らない。
衣類などを詰めた鞄を部屋の隅に放り、エルドは「あー」と呻きながら
「久々のベッドだ……車中泊をしばらくしなくて済むだけで気分がいいわ……」
久しぶりのまともな寝床に、エルドはそれだけで十分だった。車中泊だとどうしても足を伸ばして眠れないので、埃っぽくてもベッドがそこにあるだけで疲れが取れる気がする。我ながら単純な身体の構造をしている。
「【疑問】少し眠るか? 【提案】当機が所定時刻になれば起こすが」
「掃除とかやるから起きる……」
「【了解】そうか」
エルドはモソモソとベッドから起き上がると、
「とりあえず非戦闘員の奴から箒を借りてきて……」
「【展開】
ユーバ・アインスが唐突に兵装を展開したと思えば、その両手には純白の箒が2本ほど握られていた。本当に便利な自立型魔導兵器『レガリア』である。戦闘に関係ない掃除道具まで完備とはさすがだ。
両手に出現させた純白の箒のうち1本をエルドに手渡し、ユーバ・アインスは「【提案】これで掃除を」と言ってくる。わざわざ非戦闘員まで掃除道具を借りに行く必要はない、と暗に告げていた。
エルドはユーバ・アインスから純白の箒を受け取り、
「【補足】多少乱暴に扱っても問題はない。当機の兵装は頑丈であり、決して折れることはない」
「テメェは何でも出来るんだな」
「【回答】あらゆる事象・戦場に於いて運用可能となるように設計されている」
自慢げに胸を張るユーバ・アインスに、エルドは「へえ」と適当に応じながら床の掃き掃除を開始した。
純白の箒によって埃が舞い上がり、思わず咳き込んでしまう。家屋が捨てられてから長い年月が経過しているようだ。埃や砂塵などが容赦なく呼吸器を襲い、エルドは純白の箒を動かしながら顔を顰める。
ユーバ・アインスは埃っぽい状況下でも動けるのか、黙々と純白の箒を動かしながら清掃作業に取り掛かっていた。箒を動かす手つきもどこか慣れた様子がある。
「…………」
そんな彼の背中を眺め、エルドはふと思い出した。
ハルフゥンを量産型レガリア――そしてその集団を操るユーバシリーズ4号機のユーバ・フィーアから奪還する際のことだ。
ユーバ・フィーアによる『侵食』の能力を遠距離から食らったことで、ユーバ・アインスの兵装が強制解除された時のこと。そして思考さえも乗っ取ろうとしたところでユーバ・アインスは抵抗していたが、除去作業が拮抗状態にありなかなか上手くユーバ・フィーアの侵攻を剥がすことが出来なかった。
その際に「相手を驚かせてくれ」と言われて、エルドは。
「――――――――ッ」
あの時の唇の感覚に、エルドは思わず純白の箒を強めに握ってしまった。
幸いにも、この純白の箒はユーバ・アインスの兵装から展開されたものである。強めに握ったところで折れることはないので、もし普通の箒を使っていたら確実に握力だけでへし折っていたことだろう。
あの時のアレは事故――というより作戦だ。ユーバ・フィーアを動揺させる為の作戦であり、ユーバ・フィーアの『侵食』によって支配されそうになっていたユーバ・アインスを助ける為の行動である。何も疚しいこたはないのだ。
「【疑問】エルド、心拍数が上昇しているが体調に問題はないか?」
「は!? べ、別に問題ないですけどぉ!?」
「【疑問】反応が怪しいのだが?」
清掃の作業を一旦中断したユーバ・アインスは、大股でエルドに詰め寄ってくる。白い指先を伸ばしてエルドの額に触れると、
「【報告】熱はないようだが、心拍数・体温の上昇を確認した。【提案】今日は早めに休んだ方がいい。清掃の作業は当機が請け負おう」
「大丈夫だって、本当に何もねえから」
「【回答】エルドは無理をするきらいがある。【拒否】その提案を拒否する」
ユーバ・アインスはエルドの手から純白の箒を取り上げてしまう。こうなってしまったら、彼には何を言っても無駄だろう。
エルドから取り上げた純白の箒を消し、ユーバ・アインスは再び清掃作業を開始した。ザカザカと埃だらけの床を箒で掃き、順調に埃を駆逐していく。
このまま順調にいけば、ユーバ・アインスだけで清掃作業が終わりそうだ。エルドはダメ人間まっしぐらである。団長のレジーナにこの光景が見つかればどんなことを言われるだろうか。
「【要求】エルド、質問がしたい」
「あん? 何だよ」
埃っぽいソファに腰を落としたエルドは「これ以上にやることってあったっけ?」と出来ることを探していたところで、ユーバ・アインスからの質問が投げかけられる。
「【疑問】当機の唇を塞ぐ行為の意図を」
「ぶッ」
思わず噴き出した。
ユーバ・アインスもエルドのトチ狂った行動に少なからず疑問を抱いていたのだ。
いいや、抱かないはずがない。ユーバ・アインスは自立型魔導兵器『レガリア』だ。エルドのやらかしたあの行動を疑問に思わないはずがない。
「【疑問】エルド、あの行動に意味はあったのか? 【補足】確かにユーバ・フィーアの攻撃を阻止することに成功したのだが」
「意味は、あー、そうだな、テメェを助けるのに必死だからな、うん」
「【納得】なるほど」
ユーバ・アインスはやはり淡々とした口調で、
「【疑問】キスをするものだから、少なくとも当機を好意的に認識してくれているのかと判断したのだが間違いか?」
「おい、アインス?」
「【要求】答えてくれ、エルド。どうなんだ?」
「黙秘」
「【要求】エルド」
何故か錯乱状態に突入したユーバ・アインスにガクガクと揺さぶられることになったが、エルドは意地でも口を割ることはなかった。
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