【第5話】

「2名様ですね。2人部屋のご案内でよろしかったでしょうか?」


「おう」



 にこやかな受付嬢に無愛想な態度で応じるエルドは、カード型の客室の鍵を受け取る。


 ユーバ・アインスが見つけた『ホテル・フェリーン』は、なかなか綺麗な外観をしていた。高級な宿泊施設と遜色ない建物は多くの宿泊部屋を有しており、男性の利用客が心なしか多い気がした。

 待合室にも使われる玄関口にはふかふかのクッションを置いたソファがいくつか並べられており、天井から絢爛豪華な照明器具が吊り下がっている。壁には様々な油絵が飾られており、玄関口だけで見れば「本当にここは安宿か?」と怪しんでしまう。


 受付嬢から「ごゆっくりお過ごしください」と見送られ、エルドはカード型の鍵に視線を落とす。鍵には『1005』と表示されていた。



「【質問】受付は問題なかったか?」


「まあな」



 ソファにお行儀よく腰掛けて待っていたユーバ・アインスは、襤褸布ぼろぬのの下にある銀灰色の双眸をエルドに向けてくる。カード型の鍵を掲げれば、純白のレガリアも納得してくれた。



「とりあえず行くぞ」


「【肯定】ああ」



 ソファから立ち上がったユーバ・アインスを連れて、エルドは玄関口の奥に設けられた昇降機に歩み寄る。

 昇降機エレベーターは全部で3機ほど用意されており、忙しなく動いて利用客を運んでいる。昇降機をボタンで呼べば、すぐに昇降機が到着した。


 ゆっくりと扉が開き、狭い個室に乗り込むエルドとユーバ・アインス。重量がかかりすぎて警告音が鳴り響くかと警戒したが、意外とこの昇降機は頑丈に作られている様子だった。



「俺の体重にも耐えられるなんてな」


「【疑問】エルドの体格は素晴らしいものだが、体重はどれほどだ?」


「3桁ぐらい」



 適当に応じるエルドだが、背中に容赦なく突き刺さってくるユーバ・アインスの視線に居心地の悪さを感じる。何かを探っているような気がしてならない。



「……おい、何見てんだ」


「……【推測】体重は3桁、いや3桁にギリギリ届きそうな程度といったところか。【補足】筋肉質だから体脂肪率は限りなく少ない。身長の高さから鑑みて妥当と判断できる」


「おい、何勝手に色々と予想してんだよテメェは!?」



 自立型魔導兵器『レガリア』は、見ただけで相手の身長と体重まで割り出せるとは恐れ入る。個人情報などレガリアの前では意味のないものらしい。エルドの知り得ない色々な情報まで探られそうだ。

 思わず自分自身の身体を抱きしめて守ろうとするが、なおもユーバ・アインスは変わらない無表情のままエルドをじっと観察してくる。人間の身体を観察したところで何か意味があるのだろうか。


 狭い箱の中でぎゃーぎゃーと叫ぶエルドと淡々とエルドの観察を続けるユーバ・アインスをよそに、昇降機はゆっくりと2人を目的地まで運んでいくのだった。



 ☆



 チーン、という音がして昇降機が目的地まで到着したことを告げる。


 ゆっくりと扉が開き、青い絨毯が敷かれた廊下が目の前に伸びていた。廊下の両脇には客室の扉が等間隔に並べられており、自分の呼吸音がやたら大きく聞こえるほど静寂な空気に包まれている。部屋の壁が分厚いので、どれほど部屋で騒いでも問題なさそうだ。

 エルドとユーバ・アインスが宿泊する『1005』号室は、2人部屋だけあってかなりの広さがあった。扉を開ければ2つ分のベッドが並んだ部屋が広がっており、必要最低限の日用品が揃えられていた。窓からはゲートル共和国の街並みを眺めることが出来る。


 意外と広さのある部屋を前に、エルドは「おお」と瞳を輝かせた。



「なかなかいいところだな。これで安いんだろ?」


「【肯定】エルドの財布事情にもそれほど痛手にはならない。あとで精算される分には問題ないと推察する」


「それでも十分だわ」



 エルドは「ふぃー」と窓際のベッドに腰を下ろし、ゴロリと仰向けでベッドに転がった。敷き布団が柔らかく、シーツもひだまりの匂いがする。今日はいい夢が見られそうだ。


 ユーバ・アインスは部屋の扉を閉めると、ようやく襤褸布を外した。

 ゲートル共和国に入る際、彼のことは「日光を苦手とするアルビノ」と説明した。髪も瞳も肌の色も、身につけた服まで真っ白な色合いをしている。自立型魔導兵器『レガリア』とは思えないサラサラの白い髪を揺らし、ユーバ・アインスはエルドの隣のベッドに腰掛けた。


 ベッドの感覚を確かめるようにシーツを撫でるユーバ・アインスは、



「【推測】このベッドを使えば良質な睡眠が見込める」


「いつもは車中泊だからなァ」



 ベッドに転がるエルドは「ふあぁ」と大きな欠伸をする。このままでは根付いてしまいそうだ。



「【疑問】少し休むか? 【提案】当機が起こそう」


「いや……起きる……」



 エルドはベッドから起き上がると、



「風呂と飯に行くって言ったからな」


「【納得】そうか」



 ユーバ・アインスは襤褸布を抱え、



「【提案】ホテル・フェリーンの周辺にレストランは23軒、銭湯は3軒ある。案内、値段比較が必要であれば命じてほしい」


「ンにゃ、俺は行きつけの銭湯と飯屋があるからそっちに行くわ」


「【疑問】エルドには行きつけの場所があるのか?」


「まあな」



 エルドは戦闘用外装を装着した右腕をガシャンと鳴らし、この戦闘用外装はどうするべきかと頭を悩ませる。

 人里で外しても問題はなさそうだし、エルドにはユーバ・アインスがついている。戦闘用外装を外した状態でも安全に過ごせそうなものだが、自立型魔導兵器『レガリア』がいつ襲撃するか分かったものではない。量産型レガリアはまだしも、シリーズ名を冠するレガリアは人間と遜色ない見た目をしているのだ。


 さすがに風呂に入る時は外さなければならないから不安なところもあるけれど、それ以外は装着しておくに越したことはない。不安な時は戦えるようにしておいた方がいい、というのはエルド自身の教訓だ。



「アインス、テメェは風呂どうするんだ?」


「【回答】当機は防汚仕様となっているので、汚れることはない。それに、団長から『水場で調子が悪くなっても困る』と言われているので、当機がまともに戦えなくなる最悪の未来を予想して風呂には行かない」


「じゃあ部屋で待ってるか?」


「【否定】当機はエルドから離れないと言った。風呂には入らないが、建物の前で待機している。【提案】必要であれば光学迷彩等の兵装を展開して待機しているが」


「じゃあ受付のところで待ってろよ」



 ここから行きつけの銭湯は若干距離があるものの、歩けない距離ではない。大通りの商店街を突き抜けていけば到着できる。

 このホテル・フェリーンは、商店街から外れた場所にあるが商店街とはそれほど距離はない。ゲートル共和国は何度も来ているので迷わないことはない。


 迷わないのだが、エルドは方向音痴であることが最近になって判明してしまった。ユーバ・アインスがいなければ逆方向に突き進み、目的地へ到着するまでに時間がかかってしまう。



「……なあ、アインス」


「【応答】何だ?」


「銭湯で『アルテノ』って名前の店はあるか?」


「【回答】該当する店舗の名前『アルテノの泉』は大通りに面した場所にある。【提案】案内を開始するか?」


「頼むわ」



 そろそろ自分の方向音痴具合をきちんと認識しつつあるエルドは、素直にユーバ・アインスの案内に頼るのだった。

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