【第4話】
「運良く地下駐車場が空いててよかったぜ」
地下駐車場の空き場所に四輪車を停めながら、エルドは安堵の息を吐いた。
思ったよりも地下駐車場には空きがあり、傭兵団『黎明の咆哮』が有する四輪車の群れはバラバラの位置にはなるが全員揃って地下駐車場を利用することが出来た。ゲートル共和国の外側にある屋外駐車場を利用してもいいのだが、レガリアの攻撃を受けると足がなくなってしまうのが困る。
地下駐車場は全体的に薄暗く、等間隔に設置された角燈がぼんやりと広大な空間を照らしていた。ずらりと並んだ大小様々な四輪車の群れが壮観である。
「【疑問】ここからどうやって地上まで移動する?」
「
「【納得】なるほど。空き場所を見つけることに苦労しそうだ」
昇降機は地下駐車場のど真ん中に位置していた。地下駐車場の各階を巡って、駐車場を利用している外からの客人を順調に地上へ送り出しているようだ。傭兵団『黎明の咆哮』の面々も昇降機の到着を今か今かと待っていた。
ゲートル共和国の昇降機は、利用者がたくさんいるだけあって非常に大きい。一体何人が利用する前提なのか不明だが、高い天井を太い柱が1本で支えているようなものだ。アルヴェル王国と共同開発したと噂があるが、本当かどうか疑ってしまう。
ようやく昇降機がエルドたちの待つ地下駐車場の階層を訪れ、その巨大な扉をゆっくりと開いた。
「【疑問】これは自動的に地上へ行き先が設定されているのか?」
「多分な。途中の階層で誰にも呼ばれなければ、まあ順調に地上へ行けるだろうよ」
多数の来訪客を乗せた昇降機は、ゆっくりと上昇していく。それからややあって、ガコンと大きく縦に揺れてから停止した。
昇降機が現在停止している場所を示す明かりは『地上』を示している。どうやら地上に到着したらしい。
巨大な扉がゆっくりと開かれて、その先にある地上へ来訪客を出迎えた。扉が開くと同時に頭が痛くなるほどの活気ある喧騒が耳朶に触れ、網膜を焼かんばかりの眩い陽の光が昇降機内に差し込んでくる。
「【感嘆】おお」
「凄えだろ」
感嘆の声を上げるユーバ・アインスを一瞥し、エルドは目の前に広がるゲートル共和国の街並みを眺めた。
かつて王政を築いていた象徴して残された蒼穹を貫かんほど高い尖塔をいくつも擁する白亜の城を中心に、
活気のある商店街は客引きの声がいくつもぶつかり合い、不協和音を奏でている。来訪客に自分の店の商品が如何に安く優れているのか主張して、客の奪い合いをしているようなものだ。商人にとっての戦場である。
戦場とはまた違った賑やかさを見せるこの場所こそが、エルドたちアルヴェル王国側の人里である。
☆
「【回答】凄い人だ。【疑問】利用者がこれほど多いと目当ての商品は買えるのだろうか?」
「我々が利用するのは業務用の店だからな。商品は腐るほど有り余っているだろうよ」
ユーバ・アインスの質問に答えたのは、団長のレジーナである。買い物メモを持参していたのか、紙束のようなものを抱えている。
「戦闘要員はきちんと休めよ。宿泊施設は各自で取るようにしろ。きちんと領収書をもらわないとこちらで精算できんぞ」
「お、やったぜいいところ宿泊しちゃおっかな」
「近場でいいところあるかな」
「まず泊まるところ探さねえといけねえじゃん」
「団長が取ってくれよ」
「うるさいぞ、お前たち」
戦闘要員から次々と噴出する文句に、レジーナはピシャリと一喝した。相変わらず冷たい女である。
各自で宿泊施設を探さなければならないとなれば、早急に泊まるところを見つけなければならない。ゲートル共和国は利用客が多いので宿泊施設もそれなりに多いが、モタモタしていると安い宿泊施設から埋まってしまうのだ。
あまり金を持っていないエルドにとって、それは死活問題である。これで高い宿泊施設に泊まろうものなら財布がすっからかんになってしまい、大衆浴場が利用できなくなってしまう。何の為に来たのか分からなくなる。
すると、安い宿泊施設に悩むエルドにユーバ・アインスがスススと近づいてきて耳打ちする。
「【提案】ホープ商店街2番地、宿泊施設『ホテル・フェリーン』がゲートル共和国の宿泊施設で安価な部類に属する」
「……それ本当か?」
「【肯定】全宿泊施設を検索し、エルドの財布事情を鑑みて値段を選出。【補足】該当する宿泊施設はいくつかあったが、値段の割に評判が良く綺麗な施設は『ホテル・フェリーン』が該当すると判断。【提案】該当する宿泊施設へ宿泊の要請」
「テメェは本当に便利だな」
まさかレガリアが宿泊施設の検索・比較までやってくれるとは誰が思うだろうか。敵として出現すればこれ以上ないほど厄介なお人形なのに、味方になれば物凄く便利で使い勝手のいい奴だ。おそらくこれほど有能なのはユーバ・アインスぐらいだろう。
当本人は「【肯定】当機の性能は非常に優秀だ」と主張してくる。出会った頃から思うことだが、ユーバ・アインスは無表情な割に感情豊かだ。
エルドは早速とばかりに傭兵団『黎明の咆哮』の集団から離れ、
「エルド、どこへ行く?」
「宿泊施設は自分で見つけろって姉御のお達しだからな、見つけに行ってくるんだよ」
「そうか。ちゃんと領収書をもらえよ」
「分かってるよ」
レジーナに怪しまれることなく集団から離れたつもりだったが、他の戦闘要員には通用しなかった模様だ。「おい待て」と呼び止められてしまう。
「エルド、もしかしてユーバ・アインスの奴に検索してもらったんじゃねえだろうな?」
「何か話してたのは分かってんだよ、言え」
「お前だけ嫁に見つけてもらうとかいいと思ってんのか」
「俺ら仲間だよな、エルド。裏切らねえよな?」
「どこに泊まるか言え」
「どこ行くんだ」
レジーナに向けられていた敵意が、今度はエルドへと向けられた。どうしてこうも早く嗅ぎつけられてしまうのだろうか。これも「宿泊施設は各自で見つけるように」と言い渡したレジーナを恨むしかない。
詰め寄ってくる戦闘要員の同僚たちに辟易するエルドだったが、
何かと思えば、襤褸布の下でユーバ・アインスが不満げな眼差しを戦闘要員の同僚どもに向けていた。まるで親を取られた子供のような態度だ。
「【要求】当機とエルドの時間を邪魔しないでほしい。【展開】
「おいアインス!?」
ユーバ・アインスは人前にも関わらず兵装を展開し、左腕を掴むエルドも一緒になって光学迷彩に包み込んでしまった。
同僚たちは急に目の前から消えたエルドとユーバ・アインスの存在に驚き、周囲に視線を巡らせて「どこだ!?」「どこに消えた!?」と探している。まだ目の前から動いていないのに、レガリアの展開する光学迷彩はかなり優秀なようだ。
ユーバ・アインスは「【案内】こちらだ」とエルドの腕を引き、
「【焦燥】早くしないと部屋が埋まってしまう」
「分かったから引っ張るなって」
グイグイとエルドの左腕を引いて人混みに足を踏み入れていくユーバ・アインスは、慣れない人里を楽しんでいる様子だった。
「ところでアインス、見つけた部屋って1人用か?」
「【回答】2人用だが」
「……テメェも泊まんの?」
「【肯定】当機はエルドの側から離れないと決めた。故に2人で泊まれる宿泊施設を指定した。【補足】2人用でもエルドの財布に響かない安価な宿泊施設を選んだ」
どうやらユーバ・アインスの宿泊費も負担しなければならないらしい。
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