【第2話】

「消耗品の買い出し?」


「そうだ」



 朝食を終えてからユーバ・アインスと共にレジーナの元を訪れれば、そんな内容の話を聞かされた。


 傭兵団『黎明の咆哮』は基本的に自給自足をしている訳ではない。現在は拠点を持たずに車中泊を繰り返しながら移動しているので、消耗品が尽きてしまえば終わりである。

 そこで定期的に人里で消耗品を買い足さなければならないのだ。エルドたちが毎日食べる携帯食料や飲水などは元より、石鹸などの日用品や改造人間の改造部分を修理するのに必要な部品も用意しなければならない。


 ユーバ・アインスは納得したように頷くと、



「【納得】確かに必要となるだろう」


「この地点から1番近い場所は『ゲートル共和国』という場所だ。その近くにレガリアの襲撃によって滅んだ街があるから、そこを我々の活動拠点にしようと思う。人里が近いから、消耗品などを揃えやすいからな」


「【報告】ゲートル共和国近辺、加えてレガリアの襲撃を受けて機能停止した街は『ハルフゥン』の名称で記録されている」


「地図上ではすでに滅んでいるから名前すら掲載されていないな。だが報告ありがとう」



 レジーナは古びた地図を折り畳むと、



「本日はゲートル共和国を目指して、そこで1泊する予定だ。明日よりまたベッドで寝ることが出来る生活に戻れるぞ、エルド」


「いやー、車中泊はそろそろ身体が疲れてきたんでよかったですわ。さすが姉御」


「褒めてもキックしか出ないぞ」


「出すな」



 褒めたら足蹴が飛んでくるとか、どれほど凶暴な女なのだろうかこの団長。


 とにかく、車中泊がようやく終わるなら願ってもいないことだ。戦闘での疲れはあまり取れないし、身体の大きなエルドにとって車中泊は狭くて嫌になる。こうも連日の車中泊が続くと参ってしまうのだ。

 それに人里があるということは、久しぶりに風呂にも入れるということになる。戦争中なので水浴びが当たり前の文化になってくるし、お湯は贅沢品になるのであまりお目にかかれないのだ。賑わっている人里を訪れた特権である。


 明らかにワクワクとした態度のエルドに、ユーバ・アインスが問いかけてくる。



「【疑問】エルドは人里に行けることが嬉しいのか?」


「まあな」



 ユーバ・アインスの質問に肯定の答えを返したエルドは、



「久々に風呂入れるし、美味い飯が食えるからな。生きててよかったと思うぜ」


「【納得】そうか」



 不思議そうに首を傾げるユーバ・アインスは、



「【疑問】風呂とは身体を洗浄し、疲労を回復させる施設という認識で間違いはないか?」


「まあそうだけどよ」


「【疑問】当機の同行は可能か?」


「えー……?」



 エルドは首を傾げた。


 自立型魔導兵器レガリアが風呂に入るなど前代未聞である。そもそも、普段から水浴びすらしないような奴である。「【拒否】当機には防汚対策が施されている上、汚染状態を改善させる兵装も搭載している。【結論】当機に風呂の存在は必要ない」と言い出す始末だ。

 よく考えれば、自立型魔導兵器とはいえ元々は精密機器である。エルドだって普段の水浴びの際は戦闘用外装を外した状態で浴びるし、精密機器を濡らしたら大変なことになるのは目に見えている。ユーバ・アインスが風呂を拒絶する理由も何となく理解できる。


 理解できるのだが、普段の水浴びの際は梃子でも動かないのに、風呂には同行するって一体どういうことなのだろうか。



「ユーバ・アインスはやめておいた方がいいな」


「【疑問】何故だ?」


「お前はレガリアだからな、精密機器がお湯に浸かって何か問題があった時に対処できん。それに風呂場は湯気が充満しているから、少しの水蒸気でも内部構造に異常を来す可能性が十分に考えられる」



 レジーナの冷静な忠告に、ユーバ・アインスは「【納得】なるほど。【了解】その命令を受諾する」とあっさり引き下がった。


 まあ、これほど優秀な自立型魔導兵器レガリアなのだ。防水加工はきっちりされていると思うのだが、やはり防水加工があっても不安要素は残るものなのだろう。

 そう考えると雨天時の活動は問題ないのだろうか。エルドの戦闘用外装は防水加工もきっちり施されており、雨の日でも戦闘は可能である。ただ身体が濡れるので個人的に雨の日には戦いたくないのだが。


 そんなどうでもいいことを悶々と考えていたら、ユーバ・アインスから肩を叩かれた。



「【疑問】何か不調があるのか?」


「いや……アインス、聞いてもいいか?」


「【疑問】何だ?」


「テメェの身体は防水加工されてんの?」


「【回答】その部分は問題なく対処済みだ。自立型魔導兵器『レガリア』の通常機能として搭載が義務付けられている。【補足】当機の防水加工レベルは台風にまで耐えられるものだ。さすがにお湯に耐えられるか不明だが」


「なるほどな」



 これで疑問は解決である。よかったよかった。



「さあ、楽しい雑談も終わりだ。そろそろ出発するから準備をしろ」


「うぃーす」


「【了解】その命令を受諾する」



 久々の人里に嬉しく思うエルドは、いつもより手早く出発準備を整えるのだった。



 ☆



「〜〜〜〜♪」



 窓の向こうを流れていく荒野も今は気にならない。


 エルドは鼻歌を奏でながら、ハンドルを握っていた。

 何度も言うが、久しぶりの人里である。人が密集する地帯は活気があり、美味しい食べ物やお酒などが揃っているのだ。今日はゲートル共和国で1泊する予定だと言っていたし、久々にお酒を飲むのも悪くはないだろう。


 どうせなら熱いお湯を浴びたあとに冷たい酒を呷るのが1番だ。想像しただけで楽しくなってしまう。



「【疑問】人里には何があるのだろうか?」


「ゲートル共和国は何でも揃ってるからな。色々と珍しいモンがあるぞ」



 ユーバ・アインスの何気ない疑問に、エルドは鼻歌混じりに応じた。



「美味い飯も酒もあるし、久々に柔らかい布団で寝れるな。あ、アインスは人間の飯って食えたっけ? 酒とかは?」


「【回答】当機に食事を経口摂取する必要はないが、取り込んだ食べ物を魔力変換する装置が内部構造に備わっている。食事に関しては問題ない」


「レガリアでも飯って食えるんだなァ」


「【回答】ただし飲酒はダメだ。内部構造に異常を来す恐れがある」


「じゃあ酔っ払った時はアインスに宿まで連れて帰ってもらおうっと」


「【了解】その任務を受諾する」



 無表情のまま頷くユーバ・アインスに、エルドは「固いなァ」と返す。



「もっと気楽に行こうぜ。これから楽しいことが待ってるしな」


「【疑問】当機が人里の地を踏んでも問題はないだろうか?」



 ユーバ・アインスが懸念しているのは自分自身の存在だ。


 彼は元々リーヴェ帝国所属の自立型魔導兵器レガリアである。開発者の意思に従ってリーヴェ帝国を壊滅させる為に故郷を捨て去り、現在は傭兵団『黎明の咆哮』所属の傭兵だ。

 ただ、彼がリーヴェ帝国に所属していた爪痕は今もなお残っていることだろう。白い破壊神と呼び声のある純白のレガリアに、一般人は果たしてどう思うだろうか?


 エルドは「何だ、そんなことか」と拍子抜けしたように言い、



「あれだ、あれ。適当に誤魔化しておけばいいだろ」


「【疑問】その適当とは?」


「ほら、誤魔化す時に使ってただろ。『ぞっこんラヴ』っての」



 自分で言っていて恥ずかしくなってくるが、人間とは単純なものだからきっとその嘘で誤魔化せるはずだ。

 別に嫌だとは感じていない。多少の不安は残るものの、それでユーバ・アインスが安心して人里の地を踏めるなら揶揄われるのも吝かではないのだ。


 銀灰色の双眸を瞬かせたユーバ・アインスは、



「【疑問】いいのか?」


「何が?」


「【疑問】その理由を使っても、エルドはいいのか?」


「俺がいいって言ってんだからいいんだよ。使えるモンは何でも使うんだよ」


「【承諾】それでは、その理由を使わせてもらおう」



 そう言って、ユーバ・アインスは小さく微笑んだ。



「【感謝】ありがとう、エルド。貴殿は優しいな」


「…………おぅ」



 その笑顔があまりにも自然で嬉しそうで、エルドの心臓からドキリと変な音が聞こえてきたのだった。

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