第15話 残り94日 魔王、決起する

 魔王ハルヒは、ダークエルフたちの死体が全て焼き終わるのに3日かかると告げられ、建築中の魔王城に戻ってきていた。


「昨日のエルフを燃やす棺、もっと大きくできないのかしら」

「エルフが大量に死ぬことなどなかったのでしょう。それだけの平らな石も、簡単にはみつかりますまい」


 ミスリル銀が集まれば、再び水盆を作成して魔法陣を刻むことになる。

 そのため、地下に作った一時的な魔王の部屋に、ハルヒは魔女を呼び寄せていた。

 入り口には、赤鬼ノエルとドレス兎コーデが控えている。


「セメントとか……いえ、いいわ。どこにあるかわからないのだし、ミスリル銀の抽出が終われば邪魔でしかないもの。3日か……そういえば吸血鬼が戻ってこないけど、あの泥棒猫を捕まえるのに手間取っているのかしら」


 魔王ハルヒは、3日という単語に、ちょうど3日前に命じたことを思い出した。人型に近いからという理由で、吸血鬼を王城に向かわせていたのだ。

 全ては、勇者アキヒコに浮気をさせないためである。


「勇者本人と出くわせば遅れをとるかもしれませんが、魔王様のお見込みの通り、勇者が城から出ていれば簡単な仕事のはずです」


 ノエルの答えに、ハルヒも頷いた。


「そうよね。ブラックドラゴンもわざわざ一緒に行かせたのだもの。王城は遠いの?」


 ブラックドラゴンを一緒に行かせたのは、ドラゴンが王城に現れれば、当然警備の兵をドラゴンの対処に割かねばならず、王族の警護が薄くなると考えてのことだ。


「歩けば一月ほどかかるでしょうが、ドラゴンの飛行能力でしたら1日あれば着くでしょう」

「なら、どうして戻ってこないのかしら……今日ぐらいに、あの女をさらって戻っていてもいいんだけど……」


 勇者アキヒコに手を出したことをどうやって後悔させてやろうか。ハルヒが考えていると、部屋の隅で服を着た兎が前脚を挙げた。


「どうしたの?」

「ドラゴンも吸血鬼も、ここには帰ってこないですぜ」

「……どうしてよ?」

「魔王様が命令しなかったからさ」


「えっ? したわよ。確か……『ブラックドラゴンを貸し与えるから、王都に行ってロンディーニャという女をさらいなさい』って言って……あっ……さらってからここに連れてこいって言っていないわね」

「おひょひょひょ。さすがは魔王様、見事な采配です」


 古びた虫食いだらけの本をめくっていた魔女が笑った。この世界の紙質は悪く、本も存在するが数年で読めなくなる。本の成分を食べる虫がいるからである。


「嫌味?」

「とんでもございません。王女をさらって魔の山に戻ったとなれば、勇者は真っ直ぐにここまで来るでしょう。まだ城も完成していないのに勇者に乗り込まれれば、多くの魔物が無駄に死んだはずでございます。姫がさらわれ、姿を消したとなれば、もし魔の山に勇者が向かっていたとしても戻るよう王が命じるでしょう。王女が見つかるまで、しばらくは勇者も城の周辺から出られますまい」


「ふむ……まあ、そうね。アキヒコには、水盆ができてからガツンと言ってやるつもりだったし、魔物たちを無駄に危険にさらす必要はないもの」

「おお……さすがは魔王様、なんとお優しい」


 ノエルが感極まって涙を流した。


「へっ……鬼が泣いてやがる」


 言いながら、兎は鼻をすすった。


「じゃあ、一緒に行かせたブラックドラゴンはどうしているのかしら?」

「吸血鬼を運び終わったら、どこかで昼寝でもしているのでしょう」


 魔女は適当に答えたが、まさか本当に王城の上で昼寝しているとは、ハルヒも考えていなかった。


「情報が少ないわ。勇者の動向も気になるけど……こちらからも、少し揺さぶってもいいでしょう」

「魔王様、どうなさるので?」


 ノエルが一転して鋭い眼光で魔王を見つめる。


「王都まで、大きな街が二つあるわね?」

「はい。魔の山の北に、平原の街カバデール、さらに北に港町ラーファがあります」

「勇者が王女を探して足止めされていると想定して、街の一つぐらいは陥としておきましょうか」

「おお……」


 ノエルが歓喜で震え、コーデは戦慄した。魔女はただ、にまりと笑った。

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