第10話 残り96日 勇者、呼び戻される

 勇者アキヒコが目覚めたときには、朝になっていた。

 体が痛い。

 昨日、オークの群れをはじめての戦闘で打ち果たした後、助けられなかった人間たちの死体を見て気絶したのだ。


 体を起こす。

 鎧のまま地面に横になっていたのだ。体も痛くなる。

 それ以上に、よく無防備に寝ていて魔物に襲われなかったものだと思いながら周囲を見回すと、焚き火と焚き火にかけられた鍋を見つけた。


 鍋をかき回している者がいる。

 視線をずらすと、鍋をかき回している手の持ち主、魔術師ペコと視線があった。


「ああ、よかった。自然に起きると思って、魔術を使わなくて正解だったね」


 ペコはにかりと笑った。ロンディーニャ姫と違ってすごい美女というわけではないが、表情が豊かで人好きのする少女だ。


「ここは……ああ、オークと戦った場所か」


 見覚えのある馬車が横倒しになっていた。


「そう。さすがに、男の人を移動させるのは大変だもの。でも、昨日は凄かったよ。オーク5頭を相手に、かすり傷ぐらいしかしていないし……まさか、商人の死体でひっくりかえっちゃうとは思わなかったけど」


 ペコがくすくすと笑った。人間の死体を見て気絶するというのは、この世界では珍しいのだ。


「……仕方ないだろう。人間の死体を見る機会なんて、今までなかったんだから」


 ペコが笑っている間に、たき火は消えていた。ペコは笑いながら、再び木片を組み上げ、組まれた木片にむかって杖を振るった。


「消えちゃった。仕方ないなあ……じゃあもう一度……お肉が美味しくなりますように。チャッカマン」


 鍋の下に火が灯る。アキヒコには、奇跡の技だった。


「えっ? 戦いに使える魔法なんて使えないと言っていたじゃないか」

「戦いには使えないよ。小さな火を灯す魔術だもの」


 アキヒコは体を起こして身を乗り出したが、ペコは諭すように言った。


「この火は……維持できるのかい?」

「そりゃね。でも、いつもじゃないよ。焚き木が湿っていることもあるし」

「飛ばすことは?」

「火が灯った後は無理かな。でも……チャッカマン」


 ペコはあらぬ方向に杖を振るった。手元の焚き木ではなく、やや離れた場所に火が灯り、すぐに消滅した。つまり、灯った火を動かすことはできないが、離れた場所を指定して灯すことはできるのだ。


「……僕にもできるかな?」

「うーん……どうだろう。魔術には適性ってものがあるし、アキヒコに魔力があるかどうかもわからないし」

「……教えてくれないか? 小さな火でも、離れたところに灯せるのなら役に立つかもしれない」


 身を乗り出すアキヒコに、ペコは笑いかけた。


「強くなりたいんだね」

「そりゃ……魔王が実在するって知っていたらそう思うだろう。なにしろ、勇者だからって旅に出させられたんだ。俺は弱いかもしれないけど、弱いままってわけにもいかない」

「うん。わかった。協力するよ。でも、まずは腹ごしらえだね。起きるのを待っていたんだ。豚肉は美味いよ」


 魔術師ペコが鍋の中をかき回す。杖は使わず、金属の棒を使っていた。


「豚肉? まさか……オークの肉かい?」

「もちろん。せっかくアキヒコが倒したんだから、美味しく頂かないとね」


 ペコは再びにかりと笑う。

 アキヒコが鍋の中を覗き込むと、ひたすらに肉だらけの鍋だった。


「ちぇっ……腹を空かした奴がまだいたかな?」

「誰か来たのかい?」


 アキヒコにはわからなかった。だが、ペコは杖を立てて持ち、アキヒコとペコが歩いてきた街道を見つめた。


「誰かが近くに来ると、お腹が減る探知の魔魔術をかけておいたんだ……どうやら、お城の兵士みたいだ」


 すぐに、ペコの探知が正しかったことが証明された。


「ゆ、勇者アキヒコですね」

「まあ……違うとも言えないな」


 アキヒコ頭を掻いた。旅に出された勇者を王宮の兵士が追いかけてくる。

 平和な要件ではなさそうだ。


「城にお戻りください」

「姫さまが孕んだの?」


 ペコが笑いながら言ったが、兵士は取り合わなかった。


「王城に、ドラゴンが出ました」

「はっ?」「えっ?」


 アキヒコとペコの言葉が重なった。

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