第41話 朝

 六月一日、土曜日。


 昨日、花村先輩が提案した通り、文芸部のメンツでちょっとしたお出かけをすることになった。


 遠出というほどではなく、地元にある有名な神社に行くことに。


 この辺に住んでいれば、年始に初詣に出かける定番スポット。特に真新しい場所ではないので、少々退屈ではないかと俺は少し思った。けれど、花村先輩は、一緒に行く人が違えば見えるものも全然違うものだよ、と言っていたので、新しい発見はあるのかもしれない。


 そして、午前八時、自室にて。


 集合時間にはまだ余裕があり、俺はいつもより大いに緊張しながらベッドに座っている。


 緊張している原因は、隣に雨宮さんいるからだ。


 雨宮さんが、集合時間前に少し俺の家に寄りたいと言い出したので、こうなった。その理由については、雨宮さんが何も言わなかったのでわからない。


 理由はどうあれ、今、好きな人が自室にいる。しかも、自分のいつも使っているベッドに腰掛けている。


 これで、俺のような純情男子が緊張しないわけもない。



「……えーっと、雨宮さん。その、親が、ちょっと騒がしくて、ごめんね」



 先ほど雨宮さんが家にやってきたとき、両親は無駄に騒がしかった。まぁ、息子が初めて女の子を家に連れてきたら、それは一大事なのかもしれない。でも、子供としては、もう静かに見守っていてほしかった。


 友達と紹介するか、彼女と紹介するか迷ったが、もう彼女だということにしておいた。雨宮さんもそれで納得している。



「あ、えと……き、気にしてないから。大丈夫……。ちょっと、びっくりしたけど……」



 雨宮さんが照れ笑い。


 なお、雨宮さんは前回の日帰り旅行と同じで、動きやすいラフな格好をしている。今日も少し歩き回る想定だ。



「一緒にご飯でもー、とか言ってたけど、無理しなくていいから。雨宮さんの気が進まないなら、上手く断っておく」


「それは、でも……わたしたち……しょ、将来、その……け、け、結婚する、つもり、なんだよ、ね?」



 雨宮さんの顔が赤い。俺の顔も、たぶん赤い。



「ああ、うん。そのつもり」


「だ、だったら、さ……。夜野君の、ご家族とも、仲良くしなきゃ、だよね?」


「焦る必要はないけど、それはそうかな」


「それなら……頑張るっ。人と関わるの、得意じゃないけど、でも……夜野君と、一緒に、いるためだから……」


「……わかった。ありがとう。じゃあ、近日中に。それと、俺も、雨宮さんのご両親に会った方がいいのかな? 結婚がどうとかいう話をするのはまだ早いと思うけど、挨拶くらいはさ」


「そう、だね。うん……。きっと……」


「ちなみに、雨宮さんのご両親、俺のこと、知ってる?」


「一応、知ってる……。同じ部の人で、友達、とは、言ってるけど……」


「そっか。ご両親、どんな感じ? もしかして、ちょっと怖い?」


「大丈夫、だと思う。むしろ、優しいはず」


「それは良かった。俺はいつでもいいけど……あんまり先延ばしにするのも良くないかな。六月中には、一度挨拶しようか」


「……わ、わかった。親にも、予定、確認しておく……」


「うん。頼む。雨宮さんと俺の両親の食事も、六月中を目処にしておこう」


「……うん」



 約束をしたところで、まだまだ時間に余裕はある。


 集合は、九時半に学校の最寄り駅。あと一時間ほどゆっくりしても問題ない。



「……えっと、どうしよう。普通にこのままおしゃべりして過ごす? それとも、何かしたいこと、ある?」


「その……えっと……」



 雨宮さんが妙にそわそわしている。わざわざこの時刻に俺の家にやってきたということは、何か目的があるのだろうとは思う。


 ゆっくり待つと、雨宮さんが言う。



「……そ、添い寝。する?」


「添い、寝……? あ、もしかして、昨日の……?」


「……うん」



 添い寝くらいならしてもいい。雨宮さんは確かにそう言った。


 ただ、本当にすぐに誘ってくるとは思わなかった。


 雨宮さんは……やっぱり、意外と積極的だ。



「……本気にしていい?」


「……うん」


「えっと……じゃあ……俺が先に横になるから、雨宮さんは、隣に……」


「……うん」



 俺は心臓を無駄に暴れさせながらベッドに横になる。普段は真ん中だが、雨宮さんのスペースを考えて隅っこに。


 静かに天井を眺めていると。



「お、お邪魔、します……」



 雨宮さんが俺の隣にやってくる。俺の右腕と、雨宮さんの左腕がピタリと触れる。


 好きな人が、同じベッドで寝ている。何もやらしいことをするつもりがなくても、このシチュエーションにはドキドキせざるを得ない。



「あ、雨宮さん。添い寝って、その、どこまで、いいのかな」


「ど、どこまで、って……?」


「こう……抱きしめる、までは添い寝かな、と。雨宮さん的に、それはありなのかな、と」


「だ、抱きしめる……っ。それは……まだ……」


「……そっか。わかった」



 少し残念。でも、雨宮さんがこれ以上を望まないのなら、それを尊重しよう。家には両親もいるので、そのくらいの自制は可能だ。



「あ、でも、その……夜野君。ちょっと、向こう、向いてほしい……」


「うん? わかった」



 促されて、俺は雨宮さんと反対の壁の方を向く。


 すると、雨宮さんが俺の背中にそっと寄り添ってきた。俺の背中に当たっているのは雨宮さんの腕と手のひらだろうが、密着度は高い。



「こ、これ、なら……大丈、夫……」


「……これはこれで、いいね」



 雨宮さんの体温を感じる。雨宮さんの息遣いまで感じられる。雨宮さんの香りがそっと漂ってくる。


 全年齢向けの行為だけれど、相当に煩悩を刺激してくる。


 落ち着け、俺。今はピュアな恋を楽しむ時間だ。



「夜野君」


「うん?」


「背中、大きい、ね」


「そう? 男子としては特別大きくもないけど……」


「わたしからすると、大きい……。頼もしい……」


「そう言われると、ちょっと誇らしくなっちゃうな」



 ろくに鍛えてもいない体だけれど、女の子からの良い評価は嬉しい。



「……少し、触っても、いい?」


「え? ああ、まぁ、どうぞ……」



 雨宮さんが俺の体をぺたぺたと触る。背中だけではなく、肩、腕、首なども。もちろん、基本的には服越しだが、女の子に体を触られるとドキドキが酷いことになる。



「男の子って……たくましいね」


「……どうも」


「ずっと、触れてたい、かも……」


「……まぁ、俺はいつ触れられても構わないよ」


「……うん」



 気分が盛り上がりでもしたのだろうか。


 雨宮さんの腕が、そっと俺を抱きしめる。


 背後から抱きしめられる形になり、より一層体が密着する。


 雨宮さんの膨らみも、俺の背中に押し当てられる。



「あ、雨宮、さん?」


「……好き」


「……ど、どうも」



 いや、どうも、じゃないだろう。


 だが、急に抱きしめられて、急に好きと言われて、頭が上手く回らない。



「……結婚、しようね?」


「……うん」



 雨宮さんは、しばらく沈黙する。


 何を思っているのか、何を感じているのかは、わからない。


 とにかく、雨宮さんは俺を離さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る