第31話 昼休憩

 土日休みも明けて、五月二十八日の火曜日。


 珍しく、昼休みに花村先輩から招集がかかった。


 部室に集合して昼食を皆で食べよう、とのことだったので、俺と雨宮さんは弁当を持って部室に赴いた。


 集まったのは、俺、雨宮さん、花村先輩、岩辺先輩、日輪先輩の五人だ。


 五人が集まってから、花村先輩が言う。



「皆、よく来てくれた! ぶっちゃけ聞いちゃうけど、誰か受賞してる?」



 俺にはなんのことかわからない。


 ただ、他の三人は話が理解できているようで、首を横に振った。



「えっと、なんの話でしょう?」


「夜野君は知らないよね。去年の十二月から今年の一月くらいにかけて、有名な小説投稿サイトでコンテストがあったんだよ。その結果発表が今日ってわけ」


「ああ、そうだったんですね」



 花村先輩がスマホの画面を見せてくれる。結果発表、という文字がデカデカと載っていた。



「私と岩辺君はお互いのペンネームを知っている。お互いに落ちてるのも知ってる。けど、日輪ちゃんと雨宮ちゃんのペンネームは知らないから、もしかして、どっちかが受賞してるかなー、と思って、訊いてみたんだ」


「いやー、私も一つ出してたけど、普通に落選だねー」


「……わたし、三つ出して、全部、ダメでした……」



 二人とも残念そうだ。俺にはわからない悔しさを感じている様子。



「やっぱり、コンテストで受賞するって難しいんですね……。俺、花村先輩と岩辺先輩の作品は読んでますけど、すごく面白いですよ」



 雨宮さんは相変わらず自作を誰にも見せないが、日輪先輩も似たようなところがある。漫画は気軽に色んな人に見せているが、小説はあまり見せない。恥ずかしいからね、と言っているが、本当のところはわからない。



「ありがとう、夜野君。ま、私も自分の作品はちゃんと面白いと思う。でも、商業向きなのかとか、世間が認める面白さなのかってのは、よくわからない。受賞しないってことは、その水準に達していないってことだね」


「小説は何が正解かもわからない。受賞できなかったからといって、全くダメというわけじゃない。まだまだこれからだな」



 花村先輩と岩辺先輩は、やや気落ちした様子ながらも、結果を受け止めている。今後も成長していくのだろうな、と俺はド素人なりに思う。



「それで、だよ。もう一つ、ここだけの話にしておいてほしいんだけど……」



 花村先輩が、唇に人差し指を当てながら続ける。



「去年までこの部にいた現三年生の先輩が、このコンテストで受賞してる」



 岩辺先輩は知っていたのだろう。表情を崩さない。


 しかし、俺、雨宮さん、日輪先輩は、驚く。



「え、そうなんですか? 高三で受賞って、すごいんじゃないですか?」


「すごい……。そういう人、いないわけじゃ、ないけど……。普通じゃない……」


「それ、如月先輩だよね? へぇー、そのうち何か受賞すると思ってたけど、もう取っちゃったかー……」



 如月先輩という名前に、俺は心当たりがない。



「日輪先輩、その如月先輩のこと、知ってるんですか?」


「知ってるよー。ちょーストイックで、すごい量を書いてるの。でも、皆で和気あいあいって雰囲気が苦手で、文芸部は辞めちゃったんだ」


「へぇ……。そんな小説戦士みたいな人がいたんですね……」


「そうなの。下手すると独りよがりの作品を書きそうだけど、ギリギリのところでバランスとってたかなー。うーん、でも、私の知る限り、結構危うかったんだよ? 部員の作品を読んでそれを酷評するとか、自分の作品の良さがわからないのはお前たちの知性が足りないからだ、なんて言っちゃうとか」


「……きっつい人ですね」


「うん。そうなの。結構ヤバい人」


「そういう人でも、受賞することがあるんですね」


「私もちょっと意外かなぁ。もう少し、人として丸くなった頃に取ると思ってた」



 如月先輩……。すごい人らしいが、あまり関わりたくはないかもしれない。


 俺と日輪先輩の話が途切れて、花村先輩が言う。



「高校生で受賞ってのは、やっぱりすごいことだ。ただ、うちはストイックにコンテスト受賞のために頑張る部活というわけじゃない。今まで通り、緩くやっていくつもりだ。色んなことを、楽しんでいこう。私からの要件は以上だけど、皆は何かあるかな?」



 ここで、雨宮さんがそっと手を挙げる。



「あの……わたしも、できれば、高校生のうちに、受賞、目指したいです……。如月先輩と話したら、何か、ヒント、得られるでしょうか?」



 雨宮さんにそんな目標があったのか。


 初耳だったので、俺含め四人が驚く。


 花村先輩は、顎に手を当て、思案顔。



「うーん……。正直、如月先輩は参考にしない方がいいと思う。あれは自分の全てを小説に捧げているような人間だね。書き始めたのは高校生に入ってかららしいんだけど、すぐに小説にのめり込んで、執筆に没頭するようになった。成績はほとんどの科目で赤点ギリギリ回避、学校には友達もいない、休日も執筆に明け暮れる……。雨宮ちゃん、たとえ高校生の内に受賞できるとしても、そんな生活を送りたい?」


「それは……嫌、です……」


「だったら、如月先輩から得られるヒントはないと思う。何をすれば受賞に至るかなんて人それぞれだし、雨宮ちゃんは雨宮ちゃんの方法で受賞を目指した方がいい」


「そう、ですか……。そう、ですよね……」


「雨宮ちゃんには、何か急ぎで賞を取りたい理由でもあるのかな?」


「そういうわけでは……ない、です……」



 雨宮さんがしゅんとして俯く。



「……ねぇねぇ、夜野君」



 日輪先輩が小声で俺に耳打ち。



「……なんでしょう?」


「雨宮ちゃん、何か思い悩んでるみたいだから、ちゃんと話を聞いてあげなよ?」



 俺は頷く。


 確かに、雨宮さんは何か思い悩んでいる風だ。


 日輪先輩に言われる前に、すっと話を聞いてあげるという発想にいたれれば良かったな。


 話し合いは終わり、全員、弁当などの昼食を持ってきていたので、部室で昼食を摂ることに。


 俺が改めて雨宮さんと話をしたのは、放課後のことだ。

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