第29話 帰路
帰り道は、俺と雨宮さんの二人きりになった。
岩辺先輩は自転車だったし、日輪先輩は花村先輩と話があると、家に残っていた。
日暮れ時、ゆっくりと歩きながら、雨宮さんが言う。
「あ、あのさ……わたし……高校生活って、もっと、退屈になると思ってたの……」
その姿は、確かに想像できないわけではない。
俺が話しかける前まで、雨宮さんは、昼休みもずっと一人で過ごしていた。
「わたし……友達とか、作るの、下手だし……。誰とも、上手く関われなくて……隅っこで、大人しくしてるだけ……みたいな。いても、いなくても、変わらない、みたいな。三年間、ずっと、そんなだと思ってた」
「……うん」
「でもね……今は、違う。夜野君が、側に、いてくれる。文芸部の先輩とは、どうにか、話せてる……。わたし、ここにいいても、いいのかなって、思う」
「うん」
「教室では……女の子の友達、いないかも……。けど、生活に支障がない、くらいには、話せる。委員長とか、仲良く、してくれる……」
「ああ、そういえば、よく話してるな」
学級委員長の
「今、高校生活、楽しい……。全然、予想できなかったくらい、楽しい……」
「うん。それは良かった」
「……全部、夜野君のおかげ」
「俺? 全部ってことはないだろ。雨宮さんが先輩たちや委員長と仲良くなってるのに、俺は関係ないさ」
「関係、ある」
「そうか?」
「だって……夜野君が、わたしと、一緒に、いてくれるから……。普通のことみたいに、接してくれるから……。わたし、ここにいてもいいって、思える。誰かが、わたしを……疎んだり、否定したりしても……わたしは、ここにいていいんだって、思える。だから……あんまり、他人の目、怖くない。夜野君以外とも、ちょっと、話しやすい……。びくびくしなくて、いい……。怖がらなかったら、意外と周りも、わたしと普通に接してくれたり、する……」
「……そっか」
「中学では……周りの皆、怖くて……。色んなこと、上手くできなくて……。ずっと、一人……。高校でも、そんな感じだと、思ってたけど……そうじゃ、なかった。少し、人間になれた、気がする……」
「雨宮さんは元から人間だろうに……。まぁ、言いたいことは、なんとなくわかるよ」
普通の人間が、普通にできることを、普通にはできない人だっている。
普通のことを普通にできない自分のことを、雨宮さんは人間未満だと思っていたのだろう。
「……ありがとう。夜野君が、いてくれたから……。一歩、踏み出せた、気がする……」
「……どういたしまして、って言っておこうか」
「うん……」
「けど、そういう話なら、俺からもお礼を言わないとな」
「え、なんで……?」
「俺がなんとなーくで文芸部に体験入部したとき、雨宮さんがそこにいたから、俺は文芸部に入ったんだ。雨宮さんと話すのが楽しくて、雨宮さんと一緒の部活に入りたいって思ったんだ」
「で、でも……花村先輩、いるし……。わたしがいなくても……夜野君は、文芸部、入ったんじゃない、かな……」
「花村先輩は優しいし、面倒見もいいし、頼りがいもある。けど、あくまで同じ部の先輩と後輩、っていう関係で終わる感じ。花村先輩にとって、俺はそこまで重要な人物でもないし、いないならいないで別にいい。花村先輩にとって俺がその程度の存在なら、もしかしたら、別の部も見学して、そっちに入っていたかもしれない」
「……そう」
「それにさ。たぶん、雨宮さんがいなかったら、花村先輩はもっと俺と距離を取ってる気がするんだよ。下手に近づきすぎれば、俺が花村さんに特別な好意を持ってしまうかもしれない。それは、花村先輩からすると困る。今、花村先輩が気軽に俺に接してくれるの、俺が雨宮さんと仲が良いからじゃないかな」
「それは、そうかも」
「雨宮さんがいてくれたおかげで、俺は楽しい高校生活を送れてる。ありがとう」
「……どう、いたしまして」
「うん」
雨宮さんが恥ずかしげに横髪をいじる。照れる姿が可愛らしい。
話している内に、駅には到着するけれど。
「雨宮さん。もし、体力があれば、今から一駅分、歩かない?」
「……いいよ」
「じゃあ、歩こうか」
「……うん」
二人で、わざわざ一駅分歩いて帰る。
足は疲れるけれど、心は軽い。
「明日、もし時間があれば、またちょっと散歩でもしない?」
「……うん」
明日の約束も取り付けて、必要以上に、俺たちはゆっくりと歩いていく。
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