彼女の証

しーちゃん

彼女の証

ある日1枚の手紙が届いた。『私は懺悔しなければならない事があります。しかしその前に救けてあげて欲しい、手を差し伸べて欲しい子供がいます。』そんな内容に1つの住所が書かれていた。何だか悪戯とは思えず、部下達にこの住所に赴くように伝えた。どこかで見た事のある文字に嫌な予感がした。彼らが帰ってくるや否や質問をした。「どうだった?」「子供が1人で家にいました。父親は居ないと。母親は外に出かけていると行っていたので、また明日行ってみます。」そう伝えた後、彼らは顔を顰めながら口を噤む。「なんだ?」と聞くと「その少女は少し精神を病んでいるのかもと、、、思いまして」そのハッキリしない2人。

翌日、また2人は例の家に赴く。私はじっと待つしかない。何も無く無事である事を祈りつつ、彼らの言った精神を病んでいると言う事について考えた。というのも、見た目に外傷があれば彼らは直ぐに保護しただろう。彼らが精神的に病んでいると言いきらない曖昧な口ぶりに違和感を覚えたのだ。彼らも素人ではない。ネグレクトや虐待等あらゆる子供達を見てきた。だからこそ、何かあれば分かるはずなのだ。そして、女児と言わなかったことからその子は小学生以上高校生未満である事は分かる。私は頭を悩ませた。いくつの時から異常が起きたのかにもよるが、その期間が長ければ長いほど、手が付けられない場合がある。そんな事を考えていると、連絡が入った。「お疲れ様です。少女を保護しました。」と迎えに行った1人、小峰が言った。「そうか。」私はため息混じりで答え電話を切った。私は施設に向かうため準備をする。

施設に向かうと、直ぐに保護された少女がどの子なのか分かった。周りの子達と明らかに違う。庭のベンチに座り本読む彼女。誰とも触れ合おうとしない。見た目は小学生高学年から中学生くらいだ。ここの施設には、5歳から10歳の子供達が殆どだ。だからなのか、彼女はかなり目立つ。でも、彼女が目立つ理由はそれだけじゃない。私は彼女に声をかけた。「こんにちは。初めまして。」彼女の目線に合わせてしゃがむ。彼女は少し強ばった顔で見つめてくる。「こんにちは。」返事してくれるものの弱々しい声。「ここで何をしているんだい?」そう聞くと「私達は本を読んでいるの」と彼女は言い、また本に目を落とす。私は彼女を観察していると「相澤先生ちょっといいですか?」小峰の声がした。私は頷き小峰に着いていく。「どうしたんだい?」そう聞くと、困ったように小峰が口を開く。「彼女、お姉ちゃんとママと一緒じゃないと嫌だと言うんです。」彼は彼女に目をやり切なそうな顔をした。「ですが、彼女の家には彼女以外誰もいませんでした。彼女の言う双子の姉もママ。」そう言われ1つの考察が生まれた。彼女は幼い時に姉を亡くなってしまったのではないかと。そして母親も居なくなった。その事がショックで多重人格を引き起こしているのかもしれない。「彼女の生い立ちが気になる所だね。出来るだけ目を離さず観察してくれ」そう言い私は部屋に戻った。

虐待やネグレクト、家族の死などは幼い子供にとって精神的に大きなストレスがかかる。そのために多重人格になる子も少なくはない。彼女は姉と母と離れることを心から嫌がっている。ここで否定するときっと心を閉ざしてしまう。出来るだけ彼女の発言に合わせようと考えた。

それから数日彼女に会いにいく時間を決め毎日会話を交わした。「先生!今日は何のお話をするの?」と楽しそうに話す少女。私は微笑み、「そーだな。君たちは普段どんな事をしていたんだい?」そう聞くと、「2人で本を読んだり、おままごとしたり、いつも私達は2人で遊んでるの!」そう言う彼女の目線は三面鏡を見つめていた。「そうか。そうか。ところで、その鏡はどうしたんだい?」と机に置いてある三面鏡を指さした。「あれはママのよ。ママが私達にくれたの。」と言う彼女。「そうか。」と少し溜息がこぼれる。彼女と話すうちに色々見えてくる。彼女は家庭内暴力を受けていた。そして、気がつけばネグレクトになり、家に親が帰ってこなくった事が読み取れた。いたたまれない気持ちになる。両親に何度も殴られようとも罵声を浴びようとも子供は親を求めるという研究結果もでている。そのため彼女は理想の母親なのか優しかった時の母の姿なのか、自分の大好きな母を演じる内に人格が増えてしまったのだろう。

施設に来てから数ヶ月、彼女の一人称は『私達』のままだったが、母親の人格が出てくることは減っていた。彼女の中で少しずつ母親の幻想が消えかけている。これがいい事か悪い事なのかは分からないが、彼女が彼女として歩いていく上では大切なことだ。「君たちは誰とも遊ばないのかい?」そう問いかけると「2人でいい。」と言われた。姉への想いは相当深いようで他人を受け入れることが出来ないでいる。なかなか治療が進まないまま1年がたった。彼女に少し変化が見えた。今まで大人しく女の子らしい行動をしていた彼女が男の子このような口調で動きをする時があった。頻繁ではないが時々かけっこを1人でしていた。別の人格が出来てしまった。やっぱり彼女の言う姉をどうにかしないといけないと私は焦る。「先生。どうにか出来ませんか?」と小峰が私に訪ねる。そこで私は彼女を別の施設に移すように小峰に伝えた。そして、2人で居れるならどこでもいいと言う彼女に告げる。「君たちは今日から別々に過ごすんだ。」彼女は驚いた顔をして固まっている。言葉を理解したのか途端に泣き崩れ嫌だと叫んだ。そんな彼女の半ば強引に施設の部屋に連れていった。窓のない外鍵の着いた部屋。彼女は一向に口を聞かなければ動きはしない。その日の夜、彼女の声が部屋から微かに聞こえた。彼女の部屋に入り訪ねる。「誰とお話してるんだい?」「いいえ。誰とも。」そう言う彼女は三面鏡を閉じた。「お姉ちゃんかい?」と聞くと彼女は目を逸らす。すると先生は「今日はお姉ちゃんは居ないんだ。分かったかい?」そう言い部屋から出ようとした途端彼女の目線が気になった。閉じられた三面鏡を見つめている。彼女は良く鏡に向かって話しかけていたことを思い出した。「これは私が預かる」そう言い三面鏡を手に取る。彼女は何も言わず私の手を無言で見続けていた。彼女は落胆したようにベッドから動かず食事もほぼ取らないまま時間が過ぎていく。なにか出来ないか考えては無力な自分を思い知る。そんな時「先生。ママの鏡返して?」そう言われた。「どうしてだい?」と問いかける「ママの大切な鏡だから、傍に置いておきたい。」そう言われ心が痛む。しかし「今はダメだ。」と告げた。泣くかと思ったが彼女は一点を見つめ、また口を閉ざした。その日の夜突然彼女がパニックを起こし倒れた。私は直ぐに彼女をベッドに寝かし医者を呼ぶ。私は精神科であり内科や外科では無い。私は彼女が無事である事を祈るしか出来ないのだ。

1週間して彼女がやっと目を覚ました。「目を覚ましたかい。気分はどうだい?」そう問いかける。事が理解できないのか、周りをキョロキョロする彼女に「1週間前、君は夜急にパニックに陥って倒れたんだ。1週間眠ったままだったんだよ。」と説明した。すると何かを思い出したのか泣き始めた。「どうしたんだい?話してご覧。」そう言い彼女をなだめる。「お姉ちゃんが会いに来たの。私はお姉ちゃんに会いたいって伝えたら、私もって言ったの。なのに、お姉ちゃんは今は会えないって、」と泣きじゃくる。そんな彼女を見ながら私は「そうか。」と言いながら頭を撫でる事しか出来なかった。「辛い思いをさせているね。これはきみのためなんだ。」彼女に言い聞かせているのか自分に言い聞かせているのか。不意にそう呟いていた。

それから数年、私の元で彼女は生活をした。お姉ちゃんが居ない生活に慣れてきたのか最近は1人で会話する事も姉を思い泣くことも無くなった。そんな彼女に私はある提案をする。「高校卒業試験を受けてみないか?」彼女は家庭教師をつけて入るがずっと学校には行っていない。「将来の話だ。近い将来。君は社会にでて1人で立って歩いていかなくてはいけない。その為に学歴はある程度ないと困る。だから、高校卒業試験を受けて合格すれば大学に通ってみるのもいいんじゃないかと思ったんだ。もちろん通わなくてもいい。道を広げるための1つとして考えてみてはどうかな?」と私の考えを伝えてみる。彼女は「考えてみる」と言い部屋に戻って行った。

それからしばらくして、彼女は私に告げる。「高校卒業試験を受けてみたい。私、やってみたい。」その言葉を聞いて私は「そうか。」と言い彼女の頭を撫でた。私はある人に電話をかける。久々に見る名前。彼女には彼女の、人生を歩んで欲しい。彼女と話して思う。少女は孤独だったのだと。まだまだ知らない彼女がいる。だから私ももっと向き合おう。

これから先平坦な道ばかりじゃ無いかもしれない。でも、きっと君は幸せになれる。そのために私はできる限りのことをしよう。

だって私は君の担当医であり、父親なのだから。

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彼女の証 しーちゃん @Mototochigami

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