4章 ノースビーストリム

4-1 急な出発の影響と今後の方針

 「食料はほんと助かるよ。リードさんに感謝だな。」


 「あの食事が食べられなくなるのが一番残念かも知れないわ。」


 「唐揚げ・・・。」

 「マヨネーズ・・・。」


 唐揚げもマヨネーズもカイトがリードに頼んで作ってもらったものだ。

 リードは騒動を聞きつけて、カイトが準備している間に数日分の食料を用意してくれた。直近で食べる分は普通の料理だ。

 アイテムボックスには残念ながら時間停止効果はないので、大量に食材を抱え込めるわけではない。


 「そればっかりはなぁ。俺が【職業体験】を【料理人】にしたら少しは上手く作れるのかな?」


 「!!」

 「試してみるべき!」


 双子が食いついた。


 「いや、無理だろ。調理する場がないし。」


 「あう。」

 「残念。」


 現在地はスライムダンジョンの最奥。

 騒動が起きた時間も夕刻に近く、これから移動するには暗すぎるため、ここで一晩明かすことにしたのだ。

 幸いボス手前の部屋は安全地帯で、ここに来る人もいない。


 「さて、随分と予定が変わったけど、今後どうするかを話し合おうか。」


 「ん?」

 「ノースビーストリム?」


 「それはそうなんだけど、いくつか考えるべきことがあるんだ。」


 「1つは拠点よね?今までの孤児院みたいには行かないだろうし。」


 「ああ、そうだ。これに関しては当面は宿を借りるしかないだろうが、将来的には住居が欲しいと思ってる。」


 「住居?」

 「おうち?」


 「住居って維持とかそういうことも考えないと行けないから大変じゃない?」


 「そうなんだけど・・・。【セットポイント】のことを考えると必要なんじゃないかなと。」


 「あーなるほど。」


 「納得。」

 「理解。」


 ポイントさえ設置できれば【リターンポイント】で移動し放題である。

 移動するところを見られないようにする工夫は必要だが、ポイント設置を放棄する考えはない。


 「そうなると当面は金策になるのかしら?」


 「ああ、でもそれはそれで考えることがある。管理局の登録をどうするかだ。」


 ノースビーストリムにあるダンジョンは不人気で、新しい人が来ることは珍しいと言われている。

 そんな中新規登録した攻略者が次々と素材を持ち込むことがあれば、間違いなく目立つ。


 「いくら街を変えたところで目立つのはよくないわね・・・。」


 「折角マザーがいいものをくれたんだけどな。」


 旅立つ前、フェリアはカトレアから餞別としてあるものを受け取っていた。

 『変装リング』という指輪型のアクセサリーである。


 変装リングを装着すると自身の身体的特徴を自由に変化させられる。と言っても指輪の能力的に髪の色や目の色を変更する程度しか出来ないが。


 これを手に入れるには、ランク3ダンジョン以降から出現する宝箱、トレジャーボックスを開けるしかない。

 トレジャーボックスからはほとんどがゴミと言っても差し支えないものしか得られないが、たまに『マジックアイテム』と呼ばれる魔道具が手に入る。

 変装リングはその中でも比較的多く手に入るものではあるが、今のカイト達にとっては入手は難しいものだ。

 カトレアは「なんとかして譲ってもらえたわ。」と言っていた。【交渉人】なのだから交渉は当然としても、魔法銃といい謎が多い人物である。


 「でもこれで街を出歩けるのは嬉しいわ!」


 フェリアはこれまでほとんど街を出歩くことは出来なかった。

 宵闇の森からフェリアが抜け出すのを監視する人員がいると予想できたからだ。


 そんなフェリアが出向いた唯一の例外はガルドの店くらいだ。

 そこに行くにもフードを深く被り、特徴的な髪の毛が見えないようにしていた。

 まさかそんな状態でイグルード達と遭遇するとは思いも寄らなかったが。


 フェリアの現在の髪の色はピンクゴールドだ。

 仲良くしていた姉のような存在の髪の色らしい。


 フェリアを宵闇の森に置き去りにした人員の一人だと言うが、フェリアからすれば、家から言われたら逆らえないから仕方ないと言ったさっぱりとしたものらしい。


 「ん、フェリアに似合う。」

 「とっても綺麗。」


 「二人ともありがとっ!」


 「話がずれてるから戻すぞ。どちらにせよ目立つのはよろしくない。それで管理局への登録はどうするべきだと思う?」


 「んー。」

 「保留?」


 「保留してもいいかも?それで一つ考えがあるんだけど。」


 「おう、どんどん言ってくれていいぞ。」


 「カイトの目的からは少し離れちゃうけど、どうせ拠点を持つならアクアリムかビーストリムにしない?【リターンポイント】と【ダンジョンワープ】を上手く使えば、そこからでもランク3ダンジョンには移動できるでしょ?」


 「あー、それも考えなくはなかったけど・・・。ランク3ダンジョンの近くにポイント設定したり、ダンジョンに直接【ダンジョンワープ】するのは無理がないか?人も多いだろうし。」


 「そう言われればそうね。今までは人がいないところだから使ってたんだし。」


 「ノースビーストリムダンジョンは比較的人が少ないとは言われてるけどな。どの程度かは見てみないとなぁ。」


 「ん、【カモフラージュ】。」

 「それと【コールパーティ】。」


 「あ。その手があるか。」


 「二人ともすごいね!」


 カイトが【カモフラージュ】して移動。周囲に人がいないところで【コールパーティ】をすれば見つかるリスクは最小限になる。

 【セットポイント】とは違い【コールパーティ】はダンジョン内でも使用できる。

 そして【セットポイント】は現状では見つかるリスクはない。


 「ん?その方法で移動できるなら、そもそも拠点もほぼいらないんじゃないか?」


 「ん!」

 「必要!」


 「カイト?安心して休める場所は必要よね?」


 カイトが何気なく言ったことに猛反発する女性陣。

 ルナとレナは家族に憧れているらしいので、家を持ってみたいのは分からなくもないが。

 まぁカイトの料理に期待しているのもあるだろう。

 そう突っ込みたかったカイトだが、藪蛇にならないように同意した。

 

 「あー、まぁそうだな。」


 「まぁ優先度が下がったのは事実ね。そもそも私、家の値段とか全く知らないんだけど?」


 「そう言われる俺もだな。」


 「ルナも。」

 「レナも。」


 取らぬ狸の皮算用とはこういうことか。


 「・・・まずは市場調査からかな。」


 「・・・そうね。」


 しかしカイトが気付いたのだった。


 「あ・・・。」


 「何?何か思いついたの?」


 「わくわく。」

 「どきどき。」


 カイトがこういう時突拍子もないことを言い出すのは3人も分かっていた。


 「あー、いやさ?誰もこないような領地の僻地に、こっそりと家を建てちゃうのもいいんじゃないかなと。ほら、俺は【建築士】になれるし、ルナとレナもその前提職の【職人】のスキルは使えるだろ?」


 まさかの無断建築だった。でも悪くはない。


 「それは・・・確かに悪くない考えね。」


 「ん。」

 「すごい。」


 「ついでにさ?作り方を工夫して【アイテムボックス】で持ち運べるようにするのも面白くないか?」


 持ち運べる家というのはカイトが前世で読んだ物語にしばしば登場する。

 そして複数のジョブの【アイテムボックス】を使えるカイトの収容量はほぼ無限と言っていいほど大きい。


 ちなみに【アイテムボックス】で巨大なものを収納する場合、100枠あるうちの複数枠を使うことで収納できる。

 現在【アイテムボックス】を確認できているジョブは、【道具士】【建築士】【栽培士】【採取士】【雑用士】【トレジャーハンター】である。全て同時に使うことは出来ないが600もの枠があることになる。


 「実際、自分の潜るダンジョンの傍に小屋を建てて生活するって人も聞いたことがあるし、ありな考え・・・なのかしら?」


 カイトは知らなかったが、領主の娘であるフェリアはそんなことを聞いたことがあるらしい。


 「問題は・・・ちゃんと建てられるかどうかだけど。まぁ最初は小さな小屋でも複数作ればいいし、ありな気がしてきたぞ?」


 「楽しそう。」

 「面白そう。」


 「あとは侵入者と、滅多にないけど魔物対策さえ出来ればいいんじゃないかしら?」


 侵入者とは偶然そこを訪れるような攻略者や行商人のことであるが。


 「そこはほら、お金はかかるけど【採取士】の【マナリパレント】と【行商人】の【マナフィールド】で。」


 「やっぱりカイトは反則ね・・・。」


○【マナリパレント】:魔力とマナゴールドを消費することで、虫除けと魔物除けの結界を張る。消費量に応じて効果面積が変化する。


○【マナフィールド】:魔力とマナゴールドを消費することで、侵入を感知する領域を作ることが出来る。消費量に応じて効果面積が変化する。


 「そこまで出来ればやらない理由がなさそうね・・・。優先順位決めてその方向で行くのがいいと思うわ。」


 「俺もそう思う。細かいことはまた決めるとして、今日はそろそろ休もうか。明日は移動だし。」


 「ん。」

 「寝る。」


 突然の出発で寝具なども何もないが、一日だけなら仕方ない。

 そう思いながらカイト達は休むことにしたのだった。

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