せめてもの願い
かわき
せめてもの願い・上
出会いは8月の図書館だった。
好きな本を読んでいたらそこに話しかけてきたのは彼女だった。
どうやら一方通行で知り合いだったらしい。
なんの経緯か分からないが、僕のInstagramをフォローしていたのは事実だった。その場で言われ、フォローバックした後に彼女がはとても丁寧に「ありがとうございます」と言った。
綺麗な方だなあ、と思った。黒髪のロングヘアが清らかな凛とした顔立ち。
僕は密かに感じていた。この人の事が好きだ、と。一目惚れだった。
その後もInstagramで会話を続けた。話を続けるうちに分かったことがいくつかある。
1つ目は、彼女は一つ上で高校の先輩だったこと。僕が当時交際していた高校の先輩の友達らしく、その時に僕のことをフォローしてくれたとか。
2つ目は、彼女の職場が僕の職場に近いということ。僕は大卒で、今は建築関係の仕事を今年で2年している。彼女は美容院で働いているらしく、今の仕事が好きだとか。
仕事から帰ってきて彼女へ返信をするのがここ最近の楽しみになっている。そしてある時彼女からこんな返信が来た。
「また今度、あの図書館で会いませんか? 直接会ってお話が出来れば嬉しいです」
僕はその時とても嬉しかった。心の中でガッツポーズをして、返信する。仕事の疲れなんて一瞬で吹き飛んだ気がした。
「ぜひ、よろしくお願いします!」
彼女と初めて会った日から1週間あまり。僕達はまたあの図書館で再会を果たした。
彼女はこの前とは違う衣装で、髪型も後ろで縛ってポニーテールにしているのが、美貌を保ったまま幼く見せるのが上手いな、と思わされた。今日も彼女は可愛い。
「天野さんはどんな本が好きなんですか?」
天野さんとは僕のこと。
そして彼女の名前は
「僕は恋愛モノが好きです。深海マリモの『そちの名は』『天気の娘』とかから、結構濃いのまで行けちゃいます」
「天野さんは恋愛モノが好きなんですね。私も好きです。マリモさんの小説いいですよね。アニメーション映画もいいんですけど、小説だからこそ伝わるものがあるのが。私はそういうのが好きで小説読んでるところもあるんですよね」
意外と千歳さんは恋愛モノが好きらしい。もっとミステリアス分野が好みかと思っていたけれど、これはこれでいいのかもしれない。何がいいとは言わないが。
それから僕達は場所を変え映画館に行った。お互いちょうど気になっていた映画があるということで見に行った。その映画は恋愛要素もあるが、どちらかと言うと主人公の生き様を描いた作品で、映画のラストシーンで彼女の運命に涙してしまった。それは彼女も同じで、僕がハンカチを差し出すと、それを受け取って涙を拭いてた。
「ごめんなさい天野さん。ハンカチ結構汚してちゃって」
「いいえ、大丈夫ですよ。にしてもこの映画面白かったですね。僕も泣いてしまいました」
その後も映画の感想や、面白かったところなどをお互い言い合い、喫茶店に行くまで話は絶えることはなかった。
千歳さんがコーヒーを頼んだので、僕も背伸びをしてコーヒーを頼んだ。
普段飲まないコーヒーはほろ苦く、でも何故か美味くも感じた。子供の頃飲んだコーヒーはもうそこにはなかった。
「暗い話になりますが、私実は、生まれてから一度も交際経験がないんです。恥ずかしいですよね。私もう25ですよ。天野さんは、その、
碧とは僕の高校時代の元カノ。そして千歳さんの友達でもある。
碧とは2年近く交際していて、僕の初めての彼女でもあった。しかし、急に碧から別れの言葉を告げられ、僕は途方に暮れる日々を過ごした。僕に悪い点などあっただろうか、自分に問い詰めるが、結論は出ないまま。僕は人に恋するのが怖くなった。
そんな時に千歳さんは現れた。一目惚れだった。正直自分が馬鹿に思える。あれだけ恋愛が怖くなったのに、それが嘘だったかのように、今では消えている。千歳さんは僕の運命の人なのかもしれない。
「碧とは、なんで別れてしまったのか僕には分かりません。僕は彼女の事が大好きでした。ただこれだけです。これ以上は思い出さないようにしています。」
「その.......、天野さんは、恋愛というものが嫌いにはなったんですか?」
「嫌いにはなりました。でも、その、.......」
言えるはずがない。ここで言ってしまうと、碧と完全に何かを断ち切る気がして怖かった。でも千歳さんが好きなのは事実だ。でも.......。
「あ、あの......!」
千歳さんは改まった様子になる。
「は、はい」
「私は、あ、天野さんの事が.......、す、好きです。前々から好きです。私はずっと前から天野さんが好きです。それで、せめてもの願いなのですが、その。恋愛が嫌いでも、私の事を好きになってみませんか!」
「.......!」
僕は目を閉じたまま、暗闇の中見つけた扉を今開けようとしているのかもしれない。気づいたら光が差し込んでいて、本当は最初から暗闇なんてなかったみたいな。
「僕も千歳さんの事が前から好きでした。一目惚れでした。その、僕で良かったら、お付き合いしませんか!」
「え.......!」
千歳さんは悲鳴のような高い声を出す。
「私で.......いいんですか? よろしくお願いします!」
コーヒーはいつの間にかなくなっていて、ほろ苦さが口の中に残ることは無かった。あの味はもう、もうここにはないのだ。
せめてもの願い かわき @kkkk_kazuya
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