兎姫の献身 舞の不機嫌

「ええい! ちょこざいな!」


 再び襲いかかってくる人食い澱に兎姫は檜扇を広げ光球を作り出し、投げつけた。

 人食い澱のど真ん中に命中し光球は爆発する。

 だが、飛び散るばかりで再び集まり、剣司と兎姫に襲いかかる。


「はあっ」


 剣司も精気を込めて人食い澱に放つが消滅させられない。


「舞の術式で封印するしかないな」


 舞ならば周囲を囲んで封印する術を持っている。


「兎姫、舞と入れ替わってくれ」


「また妾を封印するのか」


「このままでは、人食い澱を封印出来ない」


 兎姫に向かう人食い澱の一部を切り落とした剣司は必死に説得する。


「あいつが、逃げ去るのはしゃくだろう」


「倒せぬのがしゃくじゃ」


 兎姫は光球を再び放つが、人食い澱は四散するだけで、再び集まり、襲いかかってくる。

 しかし、二人を捕らえるのは難しいと考え、近くで倒れている井上に標的を変える。


「危ない」


 剣司が井上を引っ張り人食い澱から離す。

 安全なところまで下がり、寝かせると兎姫に言った。


「もう、巻き込みたくないだろう」


「それはそうじゃが……仕方ないのう」


 自分を慕ってくれた心と、操った罪悪感もあり兎姫は、目を逸らしたが同意した。

 その顔を見て剣司は少しむっとして、兎姫にトゲのある言葉を言った。


「もうその気が無いのに、他の男を誘惑するなよ」


「……ならば其方が妾が浮気せぬように引きつけよ」


「どういう意味だ」


「ええい、時間が無いのであろう、キスじゃ」


「一寸まっ!」


 問いただそうとした剣司だったが兎姫が口を塞いだ。

 兎姫の方から濃厚なキスを行い剣司から精気を吸い取っていく。

剣司は問いただしたくて、抵抗する。

 だが、兎姫の舌使いが的確で抵抗する力を舐め取られて、精気を吸い取る。


「ぷはっ」


 吸い取る力がなくなり、兎姫はがっくりと剣司の身体に倒れ身体が光り輝いた。


「おい兎姫」


 光が収まると言葉の意味を尋ねようと剣司は声を掛ける。

 兎姫の目がゆっくり開くが垂れ目だった。

 精気はそのまま舞に流れ、舞の力を復活させ、あっという間に兎姫は自らを封印して舞に戻ってしまった。


「……兎姫じゃなくて悪かったわね」


「いや、違う……」


 剣司は説明しようとしたが、舞は不機嫌なまま、剣司の元から立ち上がり人食い澱に向かう。


「舞、聞いてくれ」


「退いていて、人食い澱を封印するから」


 取り付く島もなく、舞は言うと祝詞を上げ始めた。

 剣司は邪魔することは出来ず、見ているしかなかった。


「願い立てまする。どうか私に力を与えくださいませ」


 舞は紙の人形を取り出すと精気を込め、空中に飛ばした。

 人形は、人喰い澱の周りを飛び始める。


「ぐへあっ」


 異変を感じた人喰い澱は逃げだそうとするが、舞の結界に囲まれてしまった今、もはや手遅れだ。

 しきりに結界の外に出ようとするが、滴一つでさえ、外に出ることは出来ない。

 その間に舞は祝詞を詠唱を読み上げ、仕上げに入る。


「禍々しき存在よ。消え去り給え!」


 人形がいっせいに輝き、人喰い澱を包み込んだ。


「ぎいぇあああええええっっっっ」


 人ならぬ声、いや振動が周囲に響いたあと、突如途絶えた。 

 直後、光は収まり、空間には何もなくなった、人喰い澱は存在しなかったかのように消え去った。

 流石、舞だ、と剣司は思った。


「ありがとう。助かった」


 剣司は舞にお礼を言った。

 一人ではどうしようもならなかった。

 だが、舞の表情は硬く、不機嫌に見える。


「どうしたの?」


 剣司は恐る恐る尋ねた。

 無言で変身を解除した舞は、学校指定のセーラー服姿に戻ると、近くの井上に術を掛ける。

 妖魔に襲われた記憶を消すためだ。

 ただでさえ危険な記憶を持っているので舞は真剣にだが手早く術を掛けて消そうとする。

 井上に手を向け詠唱すると共に、舞の手から光が溢れ井上の頭を包み込む。

 まるでファンタジーの様な光景だった。

 しかしその雰囲気は、いつもより荒々しく、剣司もさすがに声をかけずらい。

 光が収まり術が終わってから恐る恐る剣司は尋ねた。


「どうしたの?」


 尋ねた寸感、殺気のような気配が舞から漏れ出して剣司は身体をすくめる。

 しかし、舞は無視せず、視線を合わせずに言う。


「どっちに向かって、ありがとうを向けているの」

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