剣司参戦 兎姫のパワーアップに勝てるか

「あっぶねえ」


 刀を井上の足と、いじめっ子の頭の間に滑り込ませた剣司は、安堵の吐息を吐く。


「流石に人殺しはやり過ぎだぞ」


「おや、剣司。先生とやらに捕まったのではなかったのか?」


 先ほど剣司を悲鳴を上げて嵌めた兎姫が、首を傾げながら尋ねた。


「嫌な予感がして振り払ってきた」


 竹刀袋の中を改めようとしたので拙いと判断し、逃げてきたのだ。

 そして、変な精気を感じ、駆けつけてみると、踏み殺そうとしている現場に駆けつけ阻止したわけだ。


「人間を操って殺人をするんじゃない」


「ふん、か弱き者を虐めるものなど滅びれば良いのじゃ」


「同感だが、人間社会のルールは守れ」


「ならば腕尽くでやってみせよ」


 兎姫は剣司の言葉に腰に手を当てて傲岸な態度で笑い飛ばした。

 妖魔は力を絶対視し、力のない者を見下す傾向にある。

 ルールを強いたいのであれば、力を以て示せ、ということだ。


「おうよ」


 剣司は刀を兎姫に向けた。

 舞が操られているが、既に何度も同じ事態に直面しているため、対処は考えている。

 心構えは出来ていた。


「では、行け!」


「はい」


 兎姫の言葉に井上が反応して剣司の前に出た。


「戦わせる気か」


「そのために妾の力を与えたのじゃからな」


 戸惑う剣司を見て兎姫は嘲笑い楽しんだ。

 妖魔を相手にする剣司にとって一般人相手はやりにくいと兎姫は考え、力を与えてみたのだ。


「もう少し力を与えようかのう」


 兎姫は、井上に近づき、指で顎を摘まむと、自分の顔に向けさせ口づけさせた。


「なっ」


 突然、キスを見せつけられて剣司は驚くが、その間にも兎姫はキスを続け、井上に精気を送り続ける。

 井上の身体は精気で光り出し、力が溢れパワーアップして行く。

 だが、剣司の心はイライラしていた。


「ふむ、十分、力が湧いたようじゃな」


 限界まで力を与えた兎姫は満足そうに言った。


「さあ、倒してしまえ!」

「はいっ」


 兎姫の命令で、力を損部に与えられた井上は、精気を溢れだしたまま勇んで駆け出す。

 パワーアップされただけに常人を超えるスピードで剣司に迫り、あっという間に至近距離へ。

 そのまま拳を振り上げ、剣司の顔にパンチを繰り出す。


「よっ」


 だが剣司は素早く避けると、柄の頭を井上の腹に突き出し、当て身を食らわせる。


「がはっ」


 カウンター気味に入った所へ剣司は精気を込めて放ち、井上を操る兎姫の精気を飛ばした。

 精気を失い、元の身体に戻った井上はがっくりと膝をつき倒れる。

 だが、剣司が腕を伸ばして抱え上げた。


「簡単に倒したのう」


 一部始終を見ていた兎姫が呆れたと言った表情をする。

 例え武術の達人でも倒せないくらいに精気を与えパワーアップさせたのに、剣司がいとも簡単に倒したことに驚きより呆れたのだ


「一般人相手だと簡単だ」


 剣司は、気を失った井上を抱えゆっくりと地面に寝かせる。

 妖魔を相手にするために日々鍛錬しており、一般人相手、それも素人に遅れを摂る事はない。

 例え、兎姫の精気で身体強化されても動きが直線的で、簡単に動きが予測できて、対処は簡単だった。


「さて、封印されて貰おうか」


「嫌じゃ、と言ったら?」


「力尽くでも」


 剣司は改めて刀を兎姫に向けた。

 前に進もうとしたが、ズボンの裾を掴まれて動きを止める。


「行かせない……」


 気が付いた井上が、苦痛にもだえながらも剣司のズボンを掴み止めようとしていた。


「って、気が付いたのか。なのにどうして」


 既に兎姫のコントロールからは外れているのに井上は兎姫を守ろうとしている。


「守るんだ……」


 苦痛に顔を歪めながら井上は言う。


「……僕に、力を……勇気を与えて……微笑んでくれた……兎姫様を……」


 精気を与えて強化してくれたことに、いじめっ子に一矢報いたことに、何より自分を励まして力をくれたことを井上は心から感謝し、無意識でも兎姫を助けようとした。


 さすがに剣司も井上を振り払うことは出来ず困惑する。


「……」


 兎姫もまさか気まぐれで精気を与えただけなのに、ここまで尽くされるとは思っておらず戸惑っていた。

 だから、背後から襲いかかる存在に気がつかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る