12 その後の話
ファナがネモフィラ公国を出た数ヶ月後。
最初に異変に気がついたのは、城の庭師だった。
庭の草花が理由もなく枯れていく。
今まではたいして手入れをせずとも、見事に咲き誇っていたのに。
だが庭師は、これを誰にも話さなかった。
自分の職務怠慢だと責められたくなかったし、第一この城の住人は花など誰も見ては居ないのだから。
彼はまだ知らなかった。
この異変はゆっくりと、しかし確実にネモフィラ公国全土を蝕んでいく――……。
――――そうして三年後。
「カミル」
レネに呼び止められて、メイドの少女は足を止めた。
「第二王子の婚約者の様子はどうだい?」
「そりゃあもちろん! 日に日に美しく麗しく王妃に相応しい立ち振る舞いで内面からにじみ出る清らかさに国民の人気も――……、」
「あー、もういい。わかった! わかったから!」
怒濤の勢いで喋り始めたカミルに、レネは少しばかり声をかけたことを後悔した。
話しを遮られて、メイドの少女は不服そうに唇を尖らせた。
「変わりがないのは分かったよ。結婚式まであと半年だ。――くれぐれも、余計な憂いで顔を曇らせることがないように、十分に配慮してね」
回りくどい言い方だったが、意味は分かった。
カミルは頷く。
「国際新聞なんて読んでるの、この国でレネ様くらいなもんですよ。レネ様こそ、気をつけて下さいね」
ネモフィラ公国は去年一昨年と、ひどい水害に見舞われた。
その前の年は日照りで作物が枯れ果てていたので、国は飢饉に陥っていた。
困っている彼の国の国民に、三年前ファナとヴォルフは相談して食べ物を送った事があった。
ファナが
返って来た返事を要約すると『どうして宝石ではなく小麦なんぞを送ってきたのか』だった。彼ら曰く『小麦なんぞを送ってくるのは大変失礼』らしい。
さらに手紙は『今すぐに宝石を送らないと国交を断絶する』とあった。
ファナとヴォルフはたいそうがっかりしていた。
だがレネはこの手紙を大事に大事に保管した上で、完全に無視した。
大公の印のあるこの手紙が、ネモフィラ公国と縁を切る『正当な理由』を与えてくれたからである。
さて、不満が爆発したネモフィラ公国の民は、あちこちで決起集会を起こしているらしい。
クーデターが起き大公とその家族が倒されるのも時間の問題だろうと、周辺諸国は噂している。
レネとカミルのもっぱらの心配は、半年後に迫った第二王子の結婚式に、縁を切った花嫁の実家が原因で水を差されることである。
「あと半年、何とかもってくれると良いんだけどねぇ」
それから半年後。
ある春の晴れた日。
ファナとヴォルフは結婚した。
この可愛らしいカップルを、
更にその半年後。
雪の降る寒い日に、ネモフィラ公国は落ちた。
レジスタンスのリーダーが囚われていた牢獄を、民衆が襲ったのをきっかけに、あちこちで爆発したように反乱が起きた。
最終的にネモフィラ城に火が放たれ、大公と妻、その娘は暗殺された。
その首をもって自分たちの身を守ろうとした近衛兵達の仕業だった。
ファナが来てから
それについてレネが首を傾げていたけれど、カミルは心当たりについては告げなかった。
もちろん、自分の推しとの『二人だけの秘密』だからである。
相変わらず仲むつまじいファナとヴォルフを、レネとカミルはそっとサポートしてくれる。
と同時に、ネモフィラ公国で何が起きたのか、あえて教える者はいない。
愛してくれる者に囲まれて、ファナはいつまでもいつまでも幸せに暮らした。
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