9 喪服と泥棒

 城のパウダールームは、ファナの部屋よりも大きかった。


 きらびやかなシャンデリアと大きな鏡。

 カロリーナの香水と同じ匂いがする。


 そこで一人でドレスを脱ぐのに四苦八苦していると、扉が開いてカロリーナが入ってきた。


 手には確かに約束した『お姉様にぴったりのドレス』とやらを持っているのだが……。


(真っ黒だわ……あれって喪服じゃないかしら……)


 ファナは呆れてしまって言葉もなかった。


 一方カロリーナは、相変わらず不気味な笑みを顔に浮かべたまま。


「お姉様、新しいドレス、ここに置いておきますわね。それから――……」


 カロリーナは、ファナの脱いだ薄雲のドレスに手を伸ばした。


「これはメイドに渡しておきます」

「え……!? ま、待って……!」


 何だか良くない予感がする。


 慌てて止めたファナの声を無視して、カロリーナは扉の方へとずんずん歩いて行く。


 ファナはまだキャミソール一枚の姿で、とてもではないが外には出られない。


 カロリーナがドアを開ける。


 ファナは彼女が持って来た喪服で体の前を隠し、それでも追いかけようとして――……。


 カロリーナの進行を妨げるように、カミルがドアの前に現れた。


「ファナ様、ご無事ですか?」

「え、ええ! でも――……」


 ほっとするのも束の間。

 ファナはドレスを取り返そうと、カロリーナの腕の中を見た。


 カミルもまた、同じ物に鋭い視線を投げつける。


 自分の言うことを聞かないメイドの登場に、カロリーナは苦々しげな表情をすると、


「そんなに欲しいならくれてやるわよっ!」


 捨て台詞を一つ残してドレスをカミルに押しつけ、パーティ会場の方へと去っていった。


「そ、そんなに大切なドレスだったのかしら……」


 知らなかったとはいえ、悪いことをしてしまった。

 そう肩を落すファナに、


「――――ファナ様、」


 カミルが硬い声を出した。


「ファナ様、ヴォルフガング様からいただいた『誓いの宝玉オーブ』はお持ちですか?」

「い、いいえ! 持ってないわ! ドレスの胸に付いていない……!?」


 カミルはドレスをひっくり返してあちこち見てみたが、宝玉オーブはどこにも見当たらなかった。


 二人はカロリーナが出て行った扉を見る。


 考えている事は一緒だろう。


 だが証拠は何もないのだ。


 そうこうしているうちに、心配したのだろう、扉の向こうにヴォルフがやってきた。

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