【interlude】メイド少女は推しを推したい2
「………………はい?」
長い長い間の後、カミルは目を点にしてそう答えた。
(今、ファナティアスって言った? ファナ……ファナ様のこと?)
正直なところ、レネに呼び出されたのは叱責のためだと思っていた。
この、体は小さく態度は大きいおじいちゃん竜は、毎日実に不摂生な生活を続けている。
食事や睡眠はろくに取らないし、部家の中はぐちゃぐちゃに散らかっているし。
そのくせメイドの誰かが手を出そうものなら、
「全ての物は有るべき位置に納まっている! ほっといてくれ!」
などと言って怒るのだ。
(放って置いて欲しいなら、自分できちんとすればいいのに)
そう思っていた矢先、カミルと同期のメイドの少女が、廊下に放置されていたレネの荷物に触ってしまいひどく叱られた。
たまたまそこに通りかかったカミルは、二人の間に割って入って言い返してしまったのである。
「お言葉ですがレネ様、廊下は共用のスペースでレネ様のお部屋ではありません!
そんなところにお荷物を置かれたら、通行の妨げになります! 仕事の邪魔です!
触られたくないのでしたら、きちんとご自分の部屋にしまって置いて下さいませ!
こちらも好きこのんで殿方の秘密のお品物を片付けているわけではありませんのよ!」
「ひ、ひみつのおしなものって……」
あっけにとられて口をぱくぱくするレネを完全に無視し、
「では! 失礼いたします!」
カミルは友人の手をむんずと掴むと、ぷりぷり怒りながらその場を去った。
……無論、その後すぐに我に返って頭を抱えたのは言うまでもない。
(どうしよう……あたしが城をクビになるだけならまだしも、父さんや母さんにも何か罰があるかも……)
仕事を無くし、両親に家を追い出されたら生きていけない。
そもそも、愛する親に迷惑をかけてしまう自分が許せない。
そうなる前に、レネに土下座でもして許しを請うべきか……。
そんな事を考えていた矢先の呼び出しである。
「君のご両親は、この城の執事長とメイド長だと聞いたが」
開口一番レネにそう確認されて、カミルは人生詰んだな、と思った。
よっぽどとぼけようかとも思ったが、いずれはばれる気がして、
「……そうです……」
絞り出す様な声で答える。
「……ふむ」
一見子供に見えるおじいちゃん竜は、顎に手を当て考える。
その間カミルはスカートの裾をぎゅっと握りしめて、今後の身の振り方を思った。
頭の中で、極寒の雪空の下、ぼろぼろの服でマッチを売り歩く自分の姿が見えた。
死刑宣告を覚悟したその時、レネの口から出たのがあの言葉である。
「――――君、ファナティアス付きのメイドになる気はない?」
カミルが動揺するのも無理はない。
意味が分からず呆然と立ち尽くす彼女に、レネは続けた。
「君は身元が確かだし、ファナティアスと年も近い。
それに――……」
ちょっと言葉を選ぶように、おじいちゃんは一瞬口をつぐんだ。
「……物をはっきりと言えるのは良い。ネモフィラ公国でも
(へえ……)
と、カミルは口には出さずに感心した。
てっきり、偏屈で引きこもりのクソジジイだと思っていたのに、
(ちゃんと人の心ってものが分かるんじゃないの)
だが、カミルにはこの提案を呑めない理由があった。
「……あの、有り難いお話しなんですが……それはわたくしでは無い方がよろしいかと思います」
苦渋の決断である。
カミルだって推しには会いたい。
「それはなぜ?」
「その……わたくしは、人間に好かれるような姿をしておりませんので……」
獣人はエレメンタリースクールの頃から訓練して、人間の姿に擬態できるようになる。
だがふとした弾みで本性を表わしてしまうことが良くある。
公の場では人間の姿の方が好ましいというマナーになっているので、城ではカミルも
だが彼女の本来の姿は、グレーの毛をした羊である。頭にはねじれた大きなツノ。背中にはコウモリの翼。更に尻にはヘビのような鱗のある尾を持っていた。
数多のご先祖様の特徴をいただいている事には誇りを持っている。
だが、それが人間となると話は違う。
『ファナ姫』の生まれ故郷の事を調べる過程で、彼らが自分とよく似た見た目の存在を『悪魔』として恐れている事を知った時は、少なからぬ衝撃を受けたものだ。
「ならば話は簡単だ」
レネは淡々と言った。
「人の姿を保ち続けなさい。何があってもどんな時でも、心を乱さず冷静沈着でいなさい」
「そ、そんな無茶な……!」
カミルが反論しようとするのを遮って、レネは続ける。
「君に断る権利があるとでも?」
「う゛……ぐぅ……!」
「そーいえばこの前、メイドの女の子に怒鳴られたなー。あれ、なんて子だっけかなぁ?」
「わっ、分かりました! 分かりましたぁ!」
カミルが観念するのと同時に、レネの顔に満足そうな笑みが浮かんだ。
今まであんなに無表情だったのに。
(前言撤回……! やっぱりクソジジイだわ……!)
こうして彼女は、推しを一番側で見守る権利を獲得したのだった。
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