【interlude】メイド少女は推しを推したい1

 最初に彼女の事を知ったのがいつだったのか、カミルは良く覚えていない。

 城で働いていた両親の会話に出て来たのか、それとも新聞で読んだのか。はたまたクラスメイトとのおしゃべりだったか。


 だがエレメンタリースクール在籍中には、すでにカミルは『ファナさま』のファンだったし、卒業する頃にはそこに『熱心な』がつくほどになっていた。


 元々国民達は愛くるしい見た目と天真爛漫な言動の第二王子を、それはそれは愛していた。

 彼の母親が、王族にお決まりのお高くとまった竜族ではなく、無名の市井人であるオオカミ族の出身だということも好感を与えていた。


 そんなお妃さまが亡くなって、さらに第二王子が行方不明になった時、国内は悲しみと動揺の叫喚に溢れた。


 幸い三日目の朝には、腹違いの第一王子が遠く離れた人間の国から第二王子を連れ戻した。

 すると国民の関心は、別の所に向いたのだ。


「命の恩人である人間の娘に、第二王子は求婚したたてがみを渡したらしい。一体どんな娘なのだろう」


 と。


 城は黙りを決め込んでいたが、第二王子のたてがみの不格好な短さはごまかしきれない。


 程なくして文屋が、


『お相手はネモフィラ公国の姫君である』


 と大見出しを載せ、更にその翌日には、


『姫君は義母と妹によって地下に幽閉されている、いわば囚われの身である』


 とスクープすると、最早ごまかしきれなくなったと思ったのか、


『新聞に載ったことはおおむね事実で、第二王子の元服を待って正式に婚約を申し込むつもりだ』


 と発表を出したのだった。


 さて、カミルもこのブームに乗った一人である。


 国民達は『母親を亡くした可哀相で可愛らしい第二王子』と『義母と妹に幽閉されている可哀相な、第二王子の命の恩人』との小さな恋を、好意的に受け入れていた。


 町の土産物屋には王族や俳優達の版画とならび『小さなファナ姫』の版画が売られ、劇場では『ファナティアス』をもじった『ファナリス姫の恋と冒険』なる演目が人気を博した。


 彼女を象徴する小さな紫色の花が描かれたペンダントを、カミルもねだって買って貰ったものだ。


 ブームが過ぎて『ファナリス姫』のお芝居が終了した後も、カミルは毎日服の下にペンダントを忍ばせて学校に通った。


 やがてミドルスクールを卒業し、母親と同じように城にメイドとして働きに出てからも、ファナへの憧れは消えなかった。


 彼女がヴォルフと結婚ということになれば、もしかしたら一度くらいはこの目で見られるかもしれない。そんな淡い期待をこっそり胸に秘めながらも、城での単調な仕事に精を出していたある日。


 彼女はレネに呼び出されて、こう言われるのである。


「――――君、ファナティアス付きのメイドになる気はない?」


 と。

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