ちょっと怖い体験談。

こゆき

第1話 騒がしい音

 これは、私が田舎の認知症対応型グループホームで働いていた頃の話。

 

 グループホームというのは、一人一部屋の個室で、まるで家で暮らすように過ごせるような施設のこと。

 正確には施設じゃないんだけど、今は関係ないので割愛。

 そして名前の子通り、認知症のお年寄りが入居されるところだ。

 

 

 何日か前から、体調の優れない入居者さんがいた。

 仮にAさんとしよう。

 Aさんは末期の大腸癌で、余命いくばかりと宣告されていた方だ。

 

 とても背丈の小さいおばあちゃんで、ちまちまと歩く可愛いおばあちゃん。

 寝れなくて、よく廊下をよくスリッパを響かせて、パタパタ、パタパタと歩いていた。

「苦しいよぉ、苦しいよぉ」と言っていたけど、看護師常駐じゃなかったから、私達介護士には傾聴してバイタルを測って、提携の医院に連絡を入れることくらいしか出来てなかった。

 

 そんなある日、夜勤に出勤したら、そのAさんが入院したと聞いた。

 

「ああ、ついにか」

 

 と思ったことを、よく覚えている。

 

 御家族のいない方だったから、入院の付き添いの先輩が帰って来たのは、夜の9時を過ぎていた。

 

「危ないと思う」

 

 先輩から、そう告げられた。

 

「明日、入院セット届けにいくから。夜勤中に準備しといてくれる?」

「分かりました」

 

 先輩が帰ってから、私は早速入院セットの準備をしようとした。後回しにして忘れたらまずいと思ったから。

 グループホームではご飯作りや洗濯も仕事。その時の私は、だいたいの朝食の準備が終わっていたから、時間に余裕があったのだ。

 

 ──けど。

 

 なんか嫌だな、と、思った。

 

 居室にトイレが着いていないグループホームだったから、トイレに起きて来られる方用に廊下には小さな明かりがつきっぱなしになっている。

 暗くて怖い、なんてことはない。

 更には2ユニット制だったから、隣の棟には先輩もいる。

 1人でもない。

 

 いつもなら、そんなこと思わないのに。

 

 ──その日は、Aさんの居室へと入るのが、何だかとても嫌だった。

 

 私の職場だったグループホームはその性質上、病状が悪化しても提携の医院に運ばれるから、急変でバタバタと入院に……というのが稀なことだった。

 だから、ほぼ初めてと言っていい入院騒動に、亡くなるかもしれないという事態に、気が急いでいるんだと思った。

 過敏になっているんだと。

 

 だから、何も考えず、朝にやろうと思って、その時は気にしなかった。

 

 

 ことが動いたのは、23時頃。

 

 廊下が、とても騒がしかった。

 ザワザワ、パタパタと。

 まるで誰かが歩き回っているような。

 たくさんの人が集まって何かをしているような。

 

 不思議なことに、その時の私は、それが不審なことと思わなかったんだ。

 

「なんか騒がしいなぁ……」

 

 記録を書きながら、そんなことを考えていたら。

 

 ──Prrr……

 

 電話が、鳴った。

 電話の主は、2時間ほど前に帰った、先輩。

 先輩は、少し疲れた声で、こう言った。

 

 

「Aさん、亡くなったって。……ついさっき、ちょうど23時頃だったって」

 

 

 ──騒がしい音は、いつの間にか消えていた。

 

 今思うと、あの騒がしさは、Aさんが帰って来ていたのかな、とか。

 もしくは、Aさんが亡くなる時の病院の騒がしさがこちらにも聞こえていたのかもしれない、と。

 

 そう思います。

 

 対して怖くも、心霊現象が起きたわけでもないですが。

 これが、私が介護士をしていて最初に経験した、不思議な体験です。

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