第2話 放課後〈黒川〉
放課後、夕陽が射し込む廊下。
青年が1人歩いていた。
私の1つ後輩。
黒髪で目元にかかるくらい伸ばしている。
その青年を客観的に表現するならば、何処にでもいる普通の高校生。
私の主観的に表現するならば、特別な高校生。
私はそんな彼の後ろを一定の距離をおいて歩いていた。彼に気づかれないように時折柱の影に隠れながら。
別にストーキングしているわけじゃない、ちょっとだけ話しかけるタイミングをはかっているのだ。
一緒に帰りたい、駅前に期間限定でニューヨークで人気というアイスクリーム屋さんが開いているのだ。
それに誘おうと思っている。それもスマートにである。
何故ならば、私は彼の前ではクールでカッコよくて美人な頼れる先輩で通しているのだ。
たかが放課後デー、ゴホンゴホン、後輩と帰り道に寄り道するだけ、その誘いだけで心臓がバクバクなってるなんてあってはいけないのだ、静まりなさい!
というかなんで私が彼のことでドキドキしなくてはいけないのだろうか、むしろ彼が私にドキドキするのが自然の摂理でしょう。
高校二年生、青春真っ盛りな時期に、女っ気ひとつなく、灰色な青春を送っているだろう後輩君に甘酸っぱい青春の1ページをプレゼントしてあげようという私の粋な計らいではないか。
よし!いくわ!
「……いつまでそうしているつもりだ、そこにいるのはわかっている」
彼の静かに、だけど鋭い声が静寂に響いた。
……!?
気づかれた?
いや、他の誰かに話しかけたって可能性も、いや辺りを見渡しても私と彼以外の人影はなかった。
彼はたまに人の気配に鋭い時がある、私は観念して柱の影から姿を現した。
落ち着いて、クールに行くのよ。
「ごめんなさい白石君、私から話しかけようと思っていたのよ」
私は身を隠していた柱に背中を預け、ポージングを決める。
腕を組み、顎は少しひき、横目で彼をみすえる。
「ッ!?」
私が姿を現すと一瞬、驚いたようにビクンっと震えた気がしたが気のせいだろう。
「黒川先輩、居たのですか、声、かけてくださいよ」
「今、かけたじゃない?それに私が後ろに居るって気づいてたんじゃないの?」
「もももちろん、気づいてましたよ、誰かが後をつけてるって、黒川先輩だとは思いませんでしたが」
「後をつけてるって、ひとをストーカーみたいに」
「あ、や、そう言う意味じゃ」
「ふーん、それで貴方に声をかける人なんて私以外にいるのかしら?」
私以外に君に声をかける女がいるのかしらとつい問うてしまった。
「な、なんですかその言い方、人を腫物みたいに、」
「いるの?」
「……いませんけど」
「よろしい」
満足のいく回答に私は鷹揚に頷いた。
「勘違いしないでよね!べ、別にハブにされてるわけじゃないんだからね!!ただちょっと孤高に浸りたいだけなんだからね!!」
彼、もとい白石君は、たまによくわからないことをいう、こういった時は微笑んでいればいい。
自分で言うのもなんだが、私の容姿は整っている。大抵の状況は微笑みで乗り切れるのである。
しばらくニコニコっとしていると白石君の方から口を開きました。
「……すいません」
恥ずかしそうに小さく謝る彼に
ふふふ、勝ってしまいましたかと勝利の余韻に浸ります。
ところで、さっきのはどんな意味だったのでしょう。
あとで調べてみましょうか、心の中にメモメモっと。
「と、ところで何の用ですか?」
白石君が話題を変えようと、いえ元に戻そうと声をあげます。
そうでした、放課後デートです。
「あ、」
アイスクリーム食べに行きましょうと言いそうになって踏みとどまります。
こんな勢いで言ったらまるで私が誘いたくてしかたないみたいではありませんか。
危ない、ふう、危うくトラップにひっかかるところでした。
目の前に餌がぶら下げられたからといってすぐに食いつくなんてはしたない。
私はクールな先輩で通っているのだ。
「ところで、先程、『いつまでそうしているつもりだ、そこにいるのはわかっている』と言いましたよね?先輩に対する言葉づかいではありませんね」
「や、それはその、……独り言って言うかなんていうか」
「私のようなストーカー気質な重い女は敬うに値しないと?」
「尊敬してますし、ストーカーだなんて思ってませんし、重い女もなにもそもそも付き合ってませんし」
ぐっ、今のは効きました。
いいとこはいりましたよ「付き合ってませんし」、その通りです。
放課後デートとか考えながら、私たちは彼氏彼女じゃありません。
そもそも告白する勇気なんてありませんし、それどころか、なんとなくいい感じに仲良くなって、向こうから告白してくれればいいなぁって思ってます。
「……私は傷つきました」
傷心です。
シュンとします。
「す、すいません」
白石君が慌てて謝ってきます、君は何一つとして悪くはないんですけどね。
白石君は悪くなくとも、私は悪い女ですので、そのまま上目遣いにジーと見つめます。
「……う、俺が悪かったので許してください、なんでもしますので」
自分で言うのもなんだが、私の容姿は整っている。大抵の状況は、以下略。
「そこまで言うならしかたありませんね、アイスクリームで手をうちましょうか、さぁ行きましょう!」
私はすたっと白石君の腕をとり、走り出したくなる衝動を抑えて早歩きで下駄箱に向かいました。
「ちょ、ちょっと、へ?へ?」
白石君の戸惑いの声は無視して行きましょうか。
私たちを、アイスクリームが待っています。
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