厨二病な白石君と負けず嫌いな黒川先輩

花岡一輝

第1話 放課後〈白石〉

放課後、夕陽が射し込む廊下。



青年が1人歩いていた。

その青年をライトノベル風に表現するのであれば、何処にでもいる普通の高校生だ。



その青年こと、俺、白石創しらいしはじめは周囲を確認して、ポケットからスマホをとりだした。

何を使用かというと、電話をかけたり、SNSをしようってんじゃない。



手帳型のスマホケース、その内側には鏡がついている。

俺は前髪を整えるふりをして、鏡越しに後方を確認する。

後方を確認する際に手鏡を使用するのは基本である。



よし、誰もいない。



「……いつまでそうしているつもりだ、そこにいるのはわかっている」

俺は静かに、だけど刺すように鋭い声で呟く。



たまにやるちょっとしたごっこ遊びだ。

別に厨二病って訳じゃない。

例えば、誰だってやっている、コンビニに立ち寄った際、自動ドアが開くタイミングにあわせて心のなかで「開け」と言うみたいなものだ。



誰もいない空間で、なんかそれっぽいことを呟く。

日常の中の非日常。



それで満足感が得られるのだ。

それにこれは、ただのごっこ遊びではない。

俺の仕事にも関わってくることだ。



まあ人に聞かれたら恥ずかしいので、周囲はちゃんと確認しているのだが、流石に人目を気にしないほど入り込めはしない。



いつもなら、ほんの少しの満足感を胸に帰宅するところであるが、今日に限っていえばその限りではなかった。



予想に反して、俺の独り言に、返答があったのである。



「ごめんなさい白石君、私から話しかけようと思っていたのよ」



「ッ!?」





その人は柱に背中を預け、腕を組んでいた。

艷のある長い黒髪に、スラッとした手足、知性携えた眼、すれ違えば十人が十人ともふりかえるであろう美人さん。

柱に背中を預け腕を組むポーズも様になっているその人の名前は、黒川零璃くろかわれいり

漆のような黒い美貌に吸い込まれたら最期、全てが零に還ってしまうだろう。



そして、俺、白石創しらいしはじめとは何かと縁のある人だ。



黒と白

零と一

陰と陽

のように、接点がないように見えてどこかで重なりあうのだ。







「黒川先輩、居たのですか、声、かけてくださいよ」

動揺を抑えて、声をしぼりだした。大丈夫だ、声は震えていない。



「今、かけたじゃない?それに私が後ろに居るって気づいてたんじゃないの?」



「もももちろん、気づいてましたよ、誰かが後をつけてるって、黒川先輩だとは思いませんでしたが」

ダメだ、震えた。あれ聞かれてたのかぁ、イタい後輩だって思われたぁ、恥ずかしい。



「後をつけてるって、ひとをストーカーみたいに」



「あ、や、そう言う意味じゃ」



「ふーん、それで貴方に声をかける人なんて私以外にいるのかしら?」



「な、なんですかその言い方、人を腫物みたいに、」



「いるの?」



「……いませんけど」



「よろしい」



俺に友達がいないことが嬉しいのか、何度も頷く先輩。

……酷い。



「勘違いしないでよね!べ、別にハブにされてるわけじゃないんだからね!!ただちょっと孤高に浸りたいだけなんだからね!!」

辛い気持ちを吹き飛ばすためにふざけてみた。





黒川先輩は無言でニコニコと微笑んだまま俺をじっとみていた。

ツンデレとか知らないだろうしなぁ。いやそもそもデレは含んでいなかったか。

………いたたまれない。



「……すいません」

沈黙に耐えきれず、つい謝ってしまった。

恥ずかしい。

彼女の純粋な光は時に俺の身体を焼くことがあった。





「と、ところで何の用ですか?」

先程のツンデレ風について突っ込まれると恥ずかしいので、話題を元に戻そう。



「あ、」

黒川先輩は何かをいいかけてやめた。

なんだろうか?





「ところで、先程、『いつまでそうしているつもりだ、そこにいるのはわかっている』と言いましたよね?先輩に対する言葉づかいではありませんね」

唐突な話題の変換であったが、先のイタい発言を、ばっちり聞かれていたことに気を取られて、その不自然さには気付かなかった。





「や、それはその、……独り言って言うかなんていうか」



「私のようなストーカー気質な重い女は敬うに値しないと?」



「尊敬してますし、ストーカーだなんて思ってませんし、重い女もなにもそもそも付き合ってませんし」

黒川先輩みたいな才色兼備な美人さんと、俺みたいなミジンコが付き合うなんて烏滸がましいし。


泣きそう。



「……私は傷つきました」

黒川先輩はそう言うが、俺だって傷ついている。

人は傷付け合いながら生きていくんだ。



「す、すいません」

しかし、なんだか俺の方が悪い気がして謝ってしまう。不思議。



「……う、俺が悪かったので許してください、なんでもしますので」

黒川先輩は無言でじーと見つめてきます。

心なしか、その綺麗な瞳も潤んでるように見えてしまい、罪悪感が芽生えてしまった。





「そこまで言うならしかたありませんね、アイスクリームで手をうちましょうか、さぁ行きましょう!」

黒川先輩はそう言うと勢いよく俺の腕をとって歩きだした。



ふよん、腕に柔らかな感触。



「ちょ、ちょっと、へ?へ?」

ちょ、へ、腕、胸当たって、混乱した俺はそのまま大人しくついていくのであった。







☆☆☆☆☆





黒川先輩に手を引かれながら下駄箱までたどり着いた。



「2年の下駄箱はここよね、3年はあっちだから逃げちゃダメよ」

そう言って腕を組んだまま、黒川先輩が俺を見て言った。

黒川先輩は俺の腕をホールドしているのだ、そんな状態でこっちを向けばどうなるかと言うと、顔が近づいてしまう。

細長いまつげさえも数えることのできる距離に黒川先輩の顔があった。



黒川先輩は一瞬固まって、俺の顔と自分の胸元を交互にみると、バッと勢いよく離れた。



やっと俺の右腕の封印が解かれたのだが、ちょっと残念な気持ちもあった。



黒川先輩は自分の胸をかき抱くとキッと俺を睨んだ。

彼女の両耳の先端が朱色に染まっているのは夕暮れのせいではないだろう。



「…………えっち」


「い、いやち、ちがう、冤罪です!」

必死に弁明するも取り合ってくれない。



「うぅ~、もうっ、はやく行きますよ」

黒川先輩は悔しそうにしながらすたすたと靴を履き替えに向かった。

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