業魔を斬る
翌日、不動と愛染は大豪邸の前にいた。
不動の家も近所では大きい部類だったが、そんな不動の家ですら比べ物にならないほどに大きな家だ。
住宅地のど真ん中にある巨大な和風の建物。城と評してもおかしくないほどの屋敷に、忍者たちがいるらしい。
目立つことこの上ない。
「全然忍んでいないな」
「山奥の里に暮らしてるとでも思ってたんですか?」
「忍者ってそういうものだろ」
「不便なだけです。時代遅れですよーだ」
愛染の対応はどこか冷たい。ツーンという効果音が付けられそうだ。
昨日の道場での一件以来、機嫌が悪いらしい。
「おい」
「何ですか?」
「何をそんなに怒っている」
「怒ってません!」
愛染の頬はぷっくり膨らんでいる。
言葉では否定しているが、彼女の態度はわたし怒ってますとアピールしていた。
不動は彼女が怒っていることには気がついていたが、なぜ怒っているのかについては全く分かっていなかった。
「不動くんはわたしなんて眼中にないんですよ」
「そんなことはない。お前は俺にとって大事な存在だ」
「ほんとですか?」
愛染が身体の前で両手を組んで食い気味に迫る。
たわわなおっぱいを強調しながらの上目遣いだ。
「当たり前だ」
「わたしのこと、好きってことですか?」
「いや別に……って、おい」
愛染が無言でスネを蹴ろうとした。
むざむざと蹴られる理由がないので避ける。
あっさり回避されたことが不満だったのだろう。愛染は「むぅ~」とうなって地団太を踏んでいる。
「子どもか」
「十八歳です!」
◆
「な、なんじゃこりゃぁ!」
不動は割と本気で驚いていた。
愛染の目的は忍者たちの頭領の娘・緋村花蓮という女であるらしい。
忍者の一人に裏の庭にいると案内されてきてみれば、目を疑う光景が広がっていた。
――全裸の女が燃えている。
「あれはお嬢の修行だ」
不動たちを案内した忍者、妙に強面の男が言う。
滝行ならぬ火行とでも表現するべきか。
女は薪の上であぐらをかいて座って燃やされている。おだやかに目をつむる彼女の肌は焦げ一つなく、生まれたままの姿を晒していた。
「大丈夫……なのか?」
「あぁ、霊力で身体を強化しているからな」
「凄いな、霊力」
この非常識な光景を可能としているのも忍者の摩訶不思議な力・霊力のお陰であるらしい。
「おや?」
女が不動たちに気がついて目を開いた。
年齢は不動より少し上だろうか。
細長の目が印象的な品のある美人だ。
全身のスタイルも抜群で、本来であれば彼女のような人物の裸を目にすれば不動も見惚れていただろう。
だが火に包まれているという異質な状況であるが故に、そんな気持ちは一切起こらなかった。
「お、おい」
突如として火が消える。おそらく全裸女がやったのだろう。
炎で隠れていた部分も丸見えになった。
あらゆる部分を露出している女は不動たちの元に走り寄って愛染を抱きしめた。
「愛染はこの私、緋村花蓮の妹だ!」
こちらに向かって挑戦的な笑みを浮かべている。
まるで愛染が自分のものだと見せつけているようだ。
「違います。熱いです。離れてください」
「相変わらずイケズだなぁ」
愛染は素っ気なく否定して離れようとしている。
しかし花蓮がより一層ひっついて頬ずりを始めた。
愛染は迷惑そうだ。
飼い主にじゃれつかれて嫌がっている猫の構図が思い浮かんだ。
「お嬢、その辺にしときな」
ヤクザ映画にでも出てきそうな強面の男が花蓮をたしなめながら服を渡す。
花蓮は渋々と愛染から離れて真っ赤なバスローブを身に纏う。
そして不動に顔を向けた。
「君は愛染の何だ?」
言葉に詰まって愛染を見る。
愛染との関係を言葉で表すことは難しい。
「不動くんとわたしはパートナーなんです!」
「……まぁ、そんなところだ」
言い得て妙だと思った。
友人でもなければ、恋人でもない。敵でもなければ、仲間でもない。
しかし目的には必要な存在である。
「パートナー、だと?」
花蓮は何やらショックを受けてよろめいた。
倒れそうになった花蓮を慣れた手つきで男が支える。
顔はいかついけれど苦労してそうだな、と不動は男を不憫に思った。
「君に愛染を任す訳にはいかない」
花蓮は仇でも見るような目で睨んでくる。
「俺には愛染が必要だ」
「うんうん。不動くんにはわたしが必要なんです」
ぐぬぬ、と花蓮は綺麗な顔を歪めていた。
パッと見はクールなお嬢様のように見えるが、一つ一つのリアクションがオーバーで何とも言えない残念感がある。
忍者というのは変なやつばかりなのかもしれない、と不動は思った。
「忍者ではない君に業魔は倒せない。我ら忍者とは違う世界に生きているのだよ」
「忍者でなくても斬ってみせる」
「君が、業魔を?」
不動の言葉が本当に予想外だったのだろう。
花蓮は細い目を見開いて呆けている。
「あぁ。この刀で、業魔を斬ってみせる」
「ほほう。なら思う存分試してみるがいいさ」
花蓮はしたり顔を浮かべて、「アレを持ってきてくれ」と強面の忍者に指示をした。
「君には霊力がない」
「知っている」
「霊力は忍術の源だ」
花蓮がパチンと指をならす。
燃え残っていた薪が強く燃えたかたと思うと、すぐに灰になって霧散した。
「業魔を倒すにも霊力がいるし、業魔から身と心を守るためにも霊力が必要だ」
「不動くんが蟲にやられたみたいに身体を敏感にさせる業魔もいれば、心に侵入してくるような業魔もいる。そういう業魔たちの攻撃を防ぐ役割があるんです」
「君にはその霊力がない」
「だが、それでも……」
たとえ不可能であろうとも、それでも斬らねばならない。
不動が諦めを見せずにいると強面の男が戻ってくる。
「君にうってつけの業魔を用意した」
男は小さな白い毛玉を土の上に置いた。
ふわふわでもこもこしている謎の生物は、不動たちなど知らぬとばかりに、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしてうろついている。
「あれも業魔なのか?」
「そうだとも。可愛いだろう?」
「いや、まぁ」
確かに保護欲を誘う見た目だ。
猫や犬が好きな者なら、きっと気に入ることだろう。
だがイメージしていた業魔とは正反対だ。
「最下級の業魔なんです。何の力もない、人畜無害の存在ですよ」
いつの間にか毛玉のそばに近づいた愛染が、毛玉を持ち上げて胸に抱きしめた。
三つの柔らかそうなものが、むにゅっと押し潰されあっている。
「可愛いなぁ」
毛玉を愛でる愛染。ほのぼの眺めている花蓮。
彼女たちの様子を見て、不動は眉をひそめた。求めていたものはもっと凶悪な異形である。
「軟弱だ」
「でも君には討てない」
「なんだと?」
「愛らしい見た目をしていようと、あれも業魔だ。業魔である以上、霊力を持たぬ君には斬れないよ」
花蓮の言葉は真実なのだろう。
不動は毛玉を斬る。だがその毛玉は蟲のときと同じように、すぐに復活してしまった。
(それでも、剣を極めれば業魔であっても斬れるはずだ)
斬れないのであれば、斬れるようになればいい。
少なくとも【煩悩断ち】であれば、あらゆるものを斬れるはずだ。それは業魔であろうとも例外ではないはずだ。
故に不動は業魔を斬らねばならぬのだ。
無謀な挑戦は、何の成果も出せないまま夜になるまで続くのだった。
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