えっちなお勉強

 カリカリカリ。

 桃川不動は自宅で宿題にとりかかっていた。

 畳の上で姿勢良く正座をし、座卓に置かれたプリントに書き込みをしている。

 不動は剣狂いだ。剣一筋のその在り方から脳筋に見られることも多い。

 だが馬鹿ではない。授業は真剣に受けているし、宿題を出し忘れることもない。

 学力も悪くない。トップという訳ではないが、学年でも上から数えた方が早いだろう。

 剣と勉強どちらかを選べと言われたら間違いなく剣を選ぶが、学業を捨てている訳ではない。基本的に真面目なのだ。堅物であるともいう。


「不動く~ん」


 間延びした声がする。

 座卓の反対側。犬山愛染があぐらをかいて、足首を両手で掴んで座っていた。

 頬を膨らませて退屈そうに身体を揺らしている。


「いつまで勉強してるんですかぁ」


 顔をプリントに向けたまま、チラっと目線を向ける。

 愛染は下着の上にブカブカのTシャツ一枚という、非常に無防備な姿をしていた。

 健康的な太ももは股下まで露わになっている。あと少しで下着が見えそうだ。


「ねぇ、不動くん」

「なんだ」

「やっと反応してくれましたね」


 呼びかけに反応すると愛染は微笑む。

 彼女は腕を組みながら、両肘を座卓につけて上半身を前に傾けた。

 大きな胸が木製の板の上にムニュっと置かれている。非常に柔らかそうだ

「おねーさんと、えっちなことしませんか?」


 愛染が着ている白い無地のTシャツは、不動が普段使用しているものだ。

 男性用Lサイズは小柄な彼女にはかなり大きい。

 襟首は大きく弛んでいて、そこから覗く胸の谷間に目を奪われてしまう。


「宿題をしている。邪魔をするな」

「不動くんのイケズ」


 愛染は頬を膨らませながらプリントを覗く。

 そこには数式が羅列されている。


「うぇぇ」


 愛染は苦いものでも食べたように顔を大げさにしかめた。


「高校生ってこんなことやるんですねぇ。授業についていけるんでしょうか」


 愛染が不安そうにボソっとこぼした。

 まるで、いずれ高校生になる中学生の様な言葉である。


「十八歳じゃないのか?」

「えっ?」

「愛染は十八歳だってこの前言ってただろ? 高校三年生だったらとっくに終わっている場所だぞ」


 曰く、彼女の年齢は十八歳であるらしい。

 だとすれば高校三年生かあるいは大学一年生だ。

 不動が今やっている内容などとっくに履行済みだろう。


「えっ、えっと、え~っと」


 冷や汗をダラダラと流して、目を右斜め上にそらしている。

 その慌てた様子をしばらく眺めていると、彼女は何かを閃いたのか、手をポンと叩いた。


「わたし、中卒なんです!」

「は?」


 愛染は自信満々に宣言した。


「だから、そんな暗号みたいなもの分からなくて当然なんです!」


 どうだ、と言わんばかりにニンマリとしている。

 堂々と中卒アピールする人に初めて会ったと不動は呆れる。

 確かに愛染には忍者という家業があるようだし中卒であってもおかしくはない。彼女が本当に十八歳であるならば、の話だが。


「愛染の干支は何だ?」

「羊ですけど、それがどうかしましたか?」

「羊年なら、十五歳じゃないか?」

「あっ……間違えました!」


 ねー、うし、とら、うー、たつ、みー。指を折りながら、干支を数えていく。


「あれ? そ、その後は……」


 後半部分は知らないのだろう。凄くあたふたしている。

 何故か上目遣いで不動を見上げた。紫の瞳に涙が浮かび、庇護欲をかきたてる。

 だが正解を教える義理はない。

 それに、いつも生意気な彼女が困っている姿を見て気分が良かった。


(こうして見ると、可愛い少女じゃないか)


 愛染は両手をギュッと握りしめる。

 そして、恐らく当てずっぽうで答えた。


「イヌ! 戌年です!」

「……正解だ」

「や、やった! わたしが十八歳だってこと、分かってくれましたか?」

「そうだな。愛染は十八歳だ」

「はい。不動くんよりおねーさんなんです!」


 腰に手を当てて、大きな胸を強調しながら、自称十八歳の少女はふんぞり返る。

 どうも愛染はお姉さんぶりたいらしい。

 年上として、年下の不動に色々と教えるというスタンスだ。

 だが愛染はバカだ。頭が弱い。ボロを出しまくりだ。


「はぁ」


 不動はため息をついた。

 こんな少女に全てを懸けねばならない。

 生意気だろうがバカだろうが関係なく、【煩悩断ち】を得るためには彼女が必要なのだ。


「どうしたんですか? ため息をつくと幸せが逃げますよ?」

「いや、なんでもないよ」


 もう一度、深くため息をついた。

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