高校生の話

弱杉ルンゴ

1話

東京の駅前広場でふらふらと歩いている若者がいる。ふらふらしているのは体調が悪いからではなくて、肩にかけたかばんが重いかららしい。10歩ほど進んだら、荷物を左から右へ、そしてまた10歩で右か左。

カバンの中には中学の卒業アルバムがある。大量の下着の着替えがあり、いつも使っていた置き時計がある。ちなみにこの置き時計、土台が大理石のためすこぶる重い。当初これらの品々は東京の隣、千葉の実家に置いてくる予定だったのだが、いざ出発となって、突然心もとなくなり、慌ててかばんに突っ込んできたのだ。

若者の目の前には、新宿アルタの大画面がある。右を見れば高層ビル、左を見れば高層ビル、あっちこっちを見れば地下へ通じる階段がある。人も多い。中学の全校集会よりも多い。物珍しそうに辺りを見るので一向に前に進めない。

またまたかばんを持ち替え、若者が前へ進む。この若者、名前を横田正よこだせいという。高校進学のため、たった今出てきたばかりの15歳。


先程特設ステージで謎のアイドルの謎の歌が聴こえてきて何とか見ようとしたら、横田が来た頃には終わっていたらしく。撤収班のスタッフしか出てこなかった。今度は生け垣の向こうで若い男がギターを抱えて歌っている。近寄って1曲聴いてみようとしたが、こういちいち足を止めていたら高校の寮へはたどり着けなくなる。それに今日からこの街で暮らすのだから、初日から何も欲張って見ることも無い。


横田は駅の高架沿いに歩き出した。地図にある通り、大きな駅が見えてくる。駅の上は高層ホテルになっている。2ヶ月ほど前、受験で上京した時、横田はこのホテルに友人の成太と宿泊した。隣が歌舞伎町の歓楽街ということもあって、出発前は一晩くらい遊びに行こうぜと、などと盛り上がったのだが、いざ行こうとすると「なんかそんなことすると合格出来ないような気がする」なんて成太が不吉な事を言い出し、結局駅のコンビニでエナドリを勝手ホテルの部屋に帰って行った。

せい

駅の広場に桜の木が1本生えている。受験の時はつぼみもなかったはずであった。ビルに囲まれぽつんと立っているせいか、とても低く見えてしまう。更に派手な看板にも囲まれているので花びらの色もどこか薄く感じる。実際は桜の木なのだろうが、どうしても偽物に見えてきてしまう。横田は真下から7分咲きの桜を見上げた。

この時期になれば、横田の地元でも桜は咲く。咲くどころか、近くの中学生にも神社にもどこを向いても桜が咲いている。しかし、こうやってまじまじと桜を眺めたことなどは横田は1度もない。

なるほど、これは確かに美しい。

生まれて初めて食べたナスのぬか漬け美味しいと感じた中学2年の頃をふと思い出す。

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