求道者
ザリガニが死んだ。わたしは「彼」を家の庭に土葬することにした。耳元でラッパの音が鳴ったような気がしたが、構わずシャベルで土を掘り続けた。やっとの想いで掘り終えると、再びラッパの音が聴こえてきた。こうなっては流石に無視できない。畏怖の念——もっと言えば恐怖心が働きはじめる。そう、わたしは初めて「死」という概念を目の当たりにしたのだ。止まらない右手。震えているのかどうかすらはっきりとしない身体。それでもわたしは彼との思い出を頭のなかに搔き集め、複雑な渦中にいる自らの心を保った。
いよいよ中に彼を運び入れ丁寧に土をかけると、両手を合わせそっと呟いた。
——今までありがとう。
こうして小さな生き物の小さな葬儀は終わった。頭を切り替えて家のなかに戻ろうと土から目を逸らし、背後を向けたその瞬間、何か気配を感じ取った。振り返ると——光だろうか。彼を埋めた土から透明な「何か」が宙に浮きはじめ、ゆっくりと空に向かって昇っていったのだ。わたしはぽかんと口を開けたまま光を目で追う。やがて、完璧に彩られた青空まで昇りつめた光は「消えた」。その瞬間、わたしのなかからも何やら大きな固定観念が「消えた」。そう、ふたつ同時に——。
この出来事については本来誰にも知られたくなかった。理由なんてわからない。しかしラッパの音は今でも鳴っている。まるでわたしのことを「求道者」とでも言わんばかりに。
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