助手席の神様

 その日は心に雨を降らせながらの運転だった。

 いつも助手席に乗せていた愛犬のチェロは、もういない。


 お釈迦様は愛別離苦を説いた。まさに今のわたしには耐え難い苦しみだ。

 寿命が来て、安らかな表情で旅立ったチェロ。

 心の準備はしていたが、別れるのがこんなに辛いとは思わなかった。


 車が高速道路に入った。わたしはどんどんとスピードを上げてゆく。

 ふとした瞬間、涙が両目を覆った。

 いっそのこと、このまま死んでしまおう――


「死んじゃだめ!」


 どこからともなく聴こえてきた声。わたしは咄嗟にアクセルを緩めた。

 助手席にはもちろん、チェロはいなかった。

 それでもわたしは聴いたのだ。

 助手席から漂ってくる、懐かしい匂いと共に。


 いつの日か、天国でチェロと目一杯遊ぶんだ。

 悲しみは愛しみに変わって、鎮座する。

 涙は希望の光に変わって、未来を照らす。

 わたしは――「生きる」


 この日から、わたしは助手席に誰も乗せなくなった。

 チェロの匂いがしなくなるまでは。

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