第三章 王室

第27話 帰還の旅

 エデンを打ちのめした後、討伐軍は二手に別れることとなった。エデンを筆頭に比較的魔力の強い者達は北西に生じた祟り神達を鎮める活動へそのまま取り掛かり、魔剣士や一般兵卒を中心とした残りは捕虜を引き連れ都へ戻る。そして彼らの指揮を取るのが俺。

 要するに指揮権の強奪みたいなものだが、異を唱える輩はいなかった。

 本来ならば洛中の暴動を鎮めるため全軍で引き返す予定だったそうだが、それ程の戦力が必要とは思えず、祟り神への対処が先だという俺の判断も通させてもらっている。北西で勃発した反乱が呆気なく敗れたと知れば彼らの心は萎えるだろうし、悪評高い宰相が死んだとなれば、溜飲は下がるはず。この情報だけでも沈静化するのではないだろうか。


 暴徒をしているような輩へ比較的顔が利くだろうヘイオスを単身で先行させ、洛中へここで起きた出来事を広めるよう使いに出したところで、捕虜となった反乱軍の構成員から北方の街道で別働隊が動いているはずだと情報が入り、そちらの鎮圧も済ませ、隊列を整えて都への道を進み始めた。

 討伐軍の構成員には貴族もいたが、急に現れた平民出の若造に対し、道中大人しく従ってくれていた。捕虜達も、軍勢が分かたれた今、実は彼らの方がずっと数が多いのだが、反抗や脱走を企てるのはその中でも精々、魔剣士くらいだ。


 魔術師達は皆、俺が目には見えない式神を全体に展開し、監視しているのが分かっているのである。同時にそれへ触れることによって、彼我の実力差も。彼らからすると強力な祟り神の気配に四六時中晒されているようなものだから、どうにか控えてくれないかと願い出でられたりもして、当然却下した。勝者であるはずの面々まで常に青い顔をした行軍となっている。

 反対に味方の魔剣士や兵卒は平穏なものだった。式神の気配など分からないからだ。こちらとしては彼らの様子が手に取るように分かるお陰で、戦場で貰ってきた祟りが重くなったら直ぐ、対処に向かってやれるという側面もある。


 行軍が思ったよりも時間の掛かるものだったのは誤算で、これでは都へ辿り着く前にシャルルとオドマンの腐敗が始まってしまうではないかと焦ったが、その点は捕虜の中にいた魔術師、カナリヤが申し出て解決してくれた。防腐の魔術などがあるとは思いもしなかった。

 尋ねたら、死霊術を学ぶ過程で身に着けたものらしい。

 見知った顔との再会出来て、一つ、この反乱が始まってから気に掛かっていた点を確認しておいた。タダツグの安否だ。捕虜の中にその顔がないのは確かめてあったが、転がっていた死体のそれまでは分からない。


 答えによると彼は結局、決起の際に南東への仕事に出掛けていて声を掛けそびれたそうだった。

 帰り道ではコノエから、彼の身の上に関する真実の、恐らく半分くらいを聞かされもした。何故にエデンからコノエ様などと呼ばれていたのか問うと、彼は自身が王族出身であることを明かしてくれて、幼くして死んだとされている女王の弟であるとか、魔力がないために王族として置いておけないと判断され密かに養子へ出されただとか、シキやエデンは彼を王族へ戻そうと画策していたとか、そういう話を明かしてくれた。


 女王に死んだ弟がいることまでは聞いた記憶もあったのだが、大した関心もなく、名前についてそれまで知らなかった。もしかしたら一度くらい聞いた経験はあったのかもしれないが、少なくとも思い出す機会はなかったし、思い出していたとしても、偶然の一致と片付けていただろう。

 反対に、アリサやケイの子供の父親が実は俺だと教えられた旨を明かされもした。


「俺の相棒を無断で引き抜こうとするなんて、図々しい連中だな。やっぱりぶちのめしておいて正解だったよ」


「黙っていたのは申し訳なく思います。ですが、あくまで僕の同意あっての計画なので、どうかあまり彼らを悪く思わないで下さい」


「さて……帰ったらシキとも少し話さないと。約束もあるし」


「約束、ですか?」


「抱えてる政治問題が片付いたら俺の子供を生んでもらえる約束になってるんだよ。彼が実は女だって知ってたか?」


「……はい」


「君と同じだな」


「何のことでしょう?」


「鬼化を覚えた恩恵か、普段の姿をしていても以前よりずっと感覚が冴えてるんだ。前から薄っすらとそういう疑念を抱くことはあったけど、君、実は女だろう」


「……僕は男ですよ」


「なら、そういうことにしておこう」


 その体臭から女だというのは最早確信しているのだが、彼がそう告げる限りは、俺もそれを信じようと思う。そんなやり取りがあった。

 鬼となって俺の節操は薄れ、欲は強くなっている。

 男と女ではなく相棒としての距離を保つならば、その方が良い。全ての秘密が明かされる必要はないのだ。

 俺の方からも、エイカの社で時折彼女と会っていたことや、彼女がその弟の話を楽しそうに聞いていたことを教えておいた。

 それから、俺が女王に婚姻を申し込もうと思っていることも。


 都まで後二日という距離になると、向かう先から馬車で向かってくる者があった。御者は見知った女、ヘレナで、するとその中身は予想が付いた。アリサだ。

 ヘイオスにはタチバナへ俺の生存を伝えるようにとも頼んであったため、それによって事態を知り、軍勢が近くまで来たのを知って待ちきれず出迎えに来てくれたらしい。

 当分は素直にこちらの生還を喜んでくれていた彼女だったが、やがて俺の女王に対する計画を知ると平手打ちをかまされて、町中で一晩を一緒に過ごした後、最後にはどうにか許された。彼女には先に都へ戻ってもらい、シキへ俺のちょっとした計画を伝え、準備しておくようお願いする。


 彼女と入れ違いになるようにしてヘイオスが戻り、洛中の様子を報告する。アリサからも多少聞いたが、南部から中央、西部に掛けて大きく荒らされており、彼のもたらした情報によってかなり落ち着きはしたものの、生活の改善を求めて騒ぐ集団は存在するようだ。

 北部と東部は流石に守りが厳重で、被害はないらしい。

 マヤと息子及び使用人達はタチバナの屋敷で保護されているとアリサが言っていた。


 洛中へは北方から入る。

 警備の固められた区域であり貴族を中心に暮らしている地域であるため、ぞろぞろとした野次馬の姿は少ない。各屋敷の門扉からこちらの姿を見つめる程度だ。

 学院の正門前に到着すると、そこでシキと合流した。彼は俺の頼んだものをきちんと用意してくれており、同時にその見窄らしい姿ではと着替えを勧めてくれたものの、むしろ長い潜伏生活で汚れた姿の方が様になるだろうと断った。


「君も随分、妙なことをしようと思い立ったものだね。面白そうな試みだし、私達タチバナと、それからナイア様のガルディアや、カラスマといった君と面識のある家々も協力してくれたから、結構な金額が集まったよ」


「群衆の支持を取り付けたいので。それより本当に宜しいのですか? 皆様にも出資して頂いて」


「ふむ? どういうことだい?」


「アリサ様から何も聞いていませんか」


「姉さんから? 君に会ってきたとは聞いたけど、それ以上は何も言っていなかったな」


「……では、後程お伝えしましょう」


 彼に用意してもらったのは金だ。学院から引き出すことなく書面の上で貯まり続けていた俺の俸禄と、可能ならばと捕虜達のそれも頼んでおいた。予想外の事態として、そこに各貴族の出資も集まったらしい。

 試みは単純だ。女王の隣へ収まりたいという俺の願望を叶えるには周囲の支持が必要だろう。そしてこのような計画を支持する貴族がいるはずもない。では誰を当てにするかと考えて、その相手に民衆、王侯貴族に強い不満を抱えている彼らを選んだ。

 反乱軍と討伐軍、双方の指導者を討ち取った俺が凱旋の場で、貧困を訴えて暴れる彼らへ私財をばら撒く。金はあればある程良いから、謀反人達のそれもついでに、俺のものだと偽って撒く。

 これで俺の心象は上がるだろう。


 一方で王侯貴族の声望はここから更に低下する。これはまず間違いない。世の荒んだそもそもの原因である不況問題に対して今から突然、彼らが有効な対策を思い付く可能性は低いし、今回の争いで生じた負担も民衆に伸し掛かるのだ。そしてそれらは政治を預かる立場にない俺には無関係であり、俺の名声を傷付ける事柄ではなかった。

 今日、これから行う申し出へ即断で色良い返事が来ることはないだろうし、断られる可能性が高いものの、仮にそうなったとして、彼らはいずれ俺の声望を無視出来なくなるはず。


 これからも南で施しでも行っていけば尚更だ。

 それと知らず思わぬ目的へ出資してしまった貴族の面々に関しては、まあ大目にみてもらうとしよう。


「ヘイオス、約束の報酬だ。そこの荷車から好きなだけ掴んで良いぞ」


「残りはどうなさるんで?」


「俺達を出迎える群衆に投げつける」


「そいつは面白そうだ。お手伝いして良いでしょうね」


「是非頼む。俺やコノエは景気の良い口上で人を盛り上げるってガラじゃないからな」


 ポケットへ金貨を詰め込んでいくその姿を見ながら、俺は大きな獅子の式神を用意し、鬼の姿へと変わる。


「異様な術だね。道具も呪いも必要ないのか」


「祝詞くらいはあった方が良いのですけど、今回は戦うわけでもありませんから。民衆へ見せ付けるだけならばこれで十分なのです」


 シキへ答えながら獅子の背へ飛び乗った。それから後方の人員へ命じてシャルルとオドマンの死体を持ってこさせる。


「ああ、本当に殺されてしまったんだ」


 宮廷で見知った男の亡骸を見て、シキが呟くのが聞こえる。

 二つの亡骸を縄で獅子の背から吊り下げ、唯一胴体から切り離されていたシャルルの東部だけ槍の穂先に刺し、魔剣士の一人に掲げさせた。


「私は先に宮中へ向かい、陛下に謁見の準備を整えて頂くよ」


「一緒に乗っていきませんか」


「いや、凱旋の栄光は戦場に行った者達だけのものだろう」


 そう言って、彼は馬車に乗り先に出発してしまう。頷かれたら無理矢理こちらの膝の上にでも乗せたのだが。

 コノエにも声を掛けたが、一人で乗っていた方が良く目立つだろうと断られ、彼にはヘイオスと共に荷車の金をばら撒く仕事を任せた。荷車自体は手の空いている魔剣士に引かせる。

 獅子に乗った俺を先頭にその脇をシャルルの首を掲げた魔剣士、更にコノエ、ヘイオスと金を積んだ荷車が続いて、討伐軍へ参加した面々、捕虜が後続に並ぶ。


 式神による監視は今でも続いているし、今更脱走はない。

 学院の正門を南へ進むと、暫くは静かなものだったが、中央に差し掛かった途端群衆が待ち受けていた。

 彼らはまず俺が跨る獅子と俺の姿に慄いて静かに道を開け、そこにヘイオスの口上が響き渡る。そこでは俺の宰相殺しも堂々と語られる。反乱軍と討伐軍の首脳を一人で壊滅させた狂気の魔術師とまで言われていたが、あれが宰相オドマンの亡骸だと指し示された人々の中に喜びの気配を見せた者は少なくなくて、ヘイオスとコノエの撒き散らす金を受け取り、当の俺の姿が眼前を過ぎ去った者から歓声を上げ始めたので受けは悪くない様子だった。


 無論、困惑を示す者もまた少なくないのだけれど、そんなものは周囲の歓声と金の魔力に掻き消されて終わりだ。

 そのうち俺自身も式神で荷車から金を引っ張り、獅子の上からそれを直に投げ始める。

 俺からじっと視線を投げつけられ、それから金貨銀貨を放られると、相手は恐怖半分喜び半分でぎくしゃくとお辞儀し、中々面白い。


 中央を通過し東部へ差し掛かっても群衆は付いてきて、俺を称える声を上げ、撒かれる金を受け取っていたが、流石に荷車の金もそのうち底を尽き、徐々に数は減って、宮殿前へ到着する頃には落ち着いて入れるくらいになっていた。

 流石に場所が場所なので立ち入れる人数は限られ、俺とコノエ、それから従軍していた貴族から数人で中へと入る。ヘイオスも入れてやりたかったが、堅苦しい場まで付いていっても仕方ないと断られた。

 宮中へ直接足を踏み入れるのは初めてで、徐々に緊張を帯びながら進んでいく。門を潜って謁見の間に至るまででも結構距離がある。


「サコンか?」


 玉座に座る彼女と再会したその第一声はそれだった。肘掛けを握り、身を乗り出すようにこちらを窺っている。

 周囲に侍る臣下は僅かだ。立ってる位置から察するにナイアとシキはその筆頭格らしい。


「はい」


「その姿はどうした」


「北西の地で潜伏する間に身に着けた術でございます」


「元の姿には戻れぬのか? 妾はお主の素顔が見たい」


「では、そういたしましょう」


 応えて鬼の力を収め、人間らしい姿へ戻る。俺の角が引っ込んだのを見て、彼女はその椅子から立ち上がった。

 ナイアが止めるのも無視して彼女は進み、酷く汚れた装いの俺を、皆の前で抱きしめた。

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