第16話 鬼の社
コノエと二人、北部行きの船に乗り込んで、船旅は至極順調だった。北の港町で二泊し、それから北西へ向かう船に乗って現場へ比較的近い港へ到着。
「案外立派な土地じゃないか」
「南西のそれよりも活気があるように感じます」
下船してコノエと喋りながら役場へ向かい、魔物がいる土地までの細かな道程を確認してから町中へ繰り出す。
「もう子供は生まれただろうか」
「早ければもう、そんな頃合いでしょう。サコン様は次、男の子と女の子、どちらがお望みですか?」
「男。カゲヨシに歳の近い男兄弟を与えてやりたい」
「確かに、遊び相手には同性の方が良さそうですね」
「一応、名前は両方考えておいたけどな。無事に生まれてくれれば娘でも一向に構わないさ」
適当な店に入って茶を啜りつつ軽食。現場へ向かうのは明日だ。今日はこの町で休養する。
「そのうち君に名付け親になってもらうのも面白そうだ」
ふと思い至って口走った。
「僕が、ですか?」
「どうだろう。どうせまだまだガキは作るつもりだ。そのうち一人、二人くらい、名前を考えてやっちゃくれないか」
「マヤさんの同意が得られましたら、喜んで」
「メリアとの子供になるかもしれないけどな」
「……或いはもっと別な方との、という可能性もありますね」
どういうことだろう。アリサやケイとの関係については依然として明言していないはずなのにマヤ、メリア以外の女との関係へ言及されて困惑する俺へ「まだお相手を増やされるのでしょう?」と、相手もこちらの反応を訝しんだ反応。
「そのことか。確かに新居の広さを考えると使用人がメリア一人ってわけにはいかないな」
最低でももう一人は欲しいし、予算の面では複数抱える余裕がある。
「万が一、人の確保にお困りになるような場合は僕の方に言ってもらえれば、厄介になっている先や実家の伝手で信用の置ける奉公人を紹介出来ると思いますので、記憶に留めておいて下さい」
ただ、その場合、手は付けないで下さいねと念を押される。
「サコン様でしたらタチバナ家等、他にも伝手はありますし、必要ないとは思いますが」
「困ることがあったらお願いするよ」
洛中も貧困層や失業者が多いので雇う相手を探すのに苦労はないが、中でも信用の出来る相手を求めるならばやはり伝手に頼るのが一番だ。コノエの下宿先は大きめの商家なので市井から人材を引っ張ってくるという点ではタチバナよりも頼もしいかもしれない。
出来れば使用人に手を付けたいので、世話にはならないと思う。
「ところでサコン様、この町の近くに鬼の社があるそうなのですけれど、後程足を運んでみませんか?」
「良いね。俺も興味があったんだ」
第二代国王の伝承に出てくる怪物の社がこの地にあるらしい。元は初代国王の長男で、王の死後、後継者争いに敗れた結果、玉座は弟が引き継いで、後日彼は謀反を企んだ。事を起こす前に計画は露見し、幽閉されて暫くすると一体どのような手段を用いたのか、唐突に額から角を生やして超人的な力を発揮し、都から逃走して一旦は行方を暗ました末に、ここで弟である国王の手によって討伐されたらしい。
幽閉中の身で用いたものであるし、そこまで複雑な手法で行われたとは思えないのだが、彼の用いた人が鬼となるための魔術は未だ、解明されていなかった。
出された食事と茶をそれぞれ平らげると町外れにある社へ向かって歩く。
「社が出来た時代っていうと、その頃はまだここに町なんかなかったはずだよな」
「人がこの大陸に渡ってきてからまだ、三十年程度の出来事だったはずなので、流石に西部へ港があったはずはありませんね」
「謀反人の社へ集うようにして出来上がった町、か。そう言うとかなり聞こえが悪いな」
「実際には丁度、港の立地として条件が良かっただけでしょうけれど」
実際に到着してみると、こちらの社は案外人気のようだった。社の敷地を取り囲む林へ伸びる道へと人の行き来する姿がある。
「魔王の社はあまり人が寄り付かないんだけどな」
国家の敵として同じく著名な人物の社と比較し、そう述べる。
「立地の問題ではありませんか? 都は著名な人物の社が沢山あるだけでなく、魔王のそれだけあまりに目立たない場所にあります。港の方にあるとしか知らない住民も多いそうですよ」
「言われてみると分かり辛い場所に入り口があるよなぁ。空いてる分には都合が良いし、人気になられてもそれはどうなんだって感じ」
「対してこの町では他に、高名な神の社もないでしょうから」
「元のいわれは物騒だが、取り敢えず強そうだし拝んどくってわけだ」
「それと、魔王の場合と違ってあくまでも後継者争いを挑もうとしただけの人物ですから、民衆側の悪感情も少し異なる可能性があります。鬼となった彼が長子でありながら玉座を継げなかった理由には諸説ありますが、中には同情すべきものもありますし」
大昔の継承権争いの詳細について語りつつ、鳥居を潜って木々の間へと踏み入る。
その瞬間、いつかのように鈴の音が響いた。
「何か聞こえたかい?」
「いえ、何も」
不意に会話を中断してそう尋ねた俺を、コノエは不思議そうに見上げる。
「なら、良いんだ」
聞こえたのは俺だけ。つまり実物の鈴によるものではない。
歓迎されているらしい。
どうやら俺は、国家の敵から人気のようだ。
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