第13話 ガルディアへの招待

「どうやらあの盗人、地元じゃ結構人気みたいですね。減刑の嘆願が沢山来ました」


 盗賊を捉えてから数日後、コノエと一緒に家の母屋で、ナガミツから事件のその後に関する説明を受けていた。


「盗んだ金を景気良くばら撒いてたらしいですね。本人の自宅も確認しましたが、絵画が一枚飾られていただけで、他は何も残っちゃいませんでした」


「残さず使い切っちまったって?」


「別な場所に隠している可能性も考慮しましたが、聞き込みの結果からすると、その説で特に不審はないようです。所謂義賊という奴でしょうね。実物を目にするとは思いませんでしたが。絵画については一際気に入った品だったので手元に残したそうで、それ以外は売却済み、盗品は騒ぎがあった酒場の店主が売り捌いていたと判明しました。最後の点だけ、賊本人は口を割らなかったためこちらで調べましたが、店主自身に問い質したらあっさり白状しましたよ」


「だからあんな必死に庇い立てもされるわけだ」


「浮浪者にも手厚く恵んでいたようです」


「因みに捕まるまでの間、結局どのくらいの金品が盗まれたんだい?」


「割と高頻度でそれなりの期間活動されましたからね。大体――」


 ナガミツが口にした金額を聞いて思わず笑ってしまう。随分と働いたようだ。

 それだけの金額をどうやったら使い切れるのか。ばら撒いて使い尽くすにしても大変そうに思えるが、話を聞いて回った結果、なくなって違和感のない金遣いだったというし、実際に只管金銭を振りまいていたのだろう。


「大儲けじゃないか。真似する輩が闘技場辺りから出ないと良いが」


「サコン様のお陰で魔術師には敵わないと証明されたのです。きっと大丈夫ですよ」


「……それはそうとして、刑罰はどうなりそうだ」


「恐らくは入れ墨鞭打ち辺りでしょう。異様に羽振りが良かったことや一点とはいえ盗品が自宅から見つかったこと、魔術師による犯行現場の目撃証言、一連の事件全ての犯人と判事に認めさせるには十分です」


「再犯を防ぐって意味では闘技場にぶち込んどいて欲しいが」


「可能性は低いでしょうね。そちらは基本的に殺人でもしていないと。それに神の加護を受けていますから、生き残って活躍される可能性も少なくありません」


 そうだよなと納得しつつ茶を啜る。


「おや、どなたかいらっしゃったようですが……あれはサコン様の客人では?」


「ん?」


 ナガミツがふと横を向いてそのように言うので俺も顔をそちらに向けてみたところ、ドレスを纏った金髪の少女、傍らには剣を腰に下げた女を伴って、母屋へ歩いてくる。エレナだった。


「本当だ。何の用件だろう」


 相手が玄関の前でごめんくださいと声を上げるより先に、俺が居間を出て出迎えに向かう。


「おはようございます。どうなさいましたか、こんなところまで」


「ごきげんよう、サコン殿。以前申しました通り、今回のお仕事のお礼も兼ねて当家でお茶でもどうかと、本日は天気も良いのでこうして直接お誘いに参らせて頂きました。祖母もまた落ち着いて話がしてみたいと言っておりますし、急なお誘いになってしまいましたが、これからどうでしょうか? お時間はありますか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


「良かった。本当は前もって日時を決めてから招待出来れば良かったのですけれど、悠長にしていますとまたお仕事で洛外へ出てしまわれそうですし、本日は祖母が急に時間を取れることになったので……。あ、それと先程少しお姿が見えたのですが、コノエさんもご一緒にどうですか?」


「本人に訊いてみます」


 居間に戻って問うてみると彼も頷いたので、このまま二人で向かうことになる。

 正直、茶になど興味はないのだが、礼だというのだから受け取らなければ。悪い気もしないし。それに栄えある家での茶会なのだから上等な菓子くらいは食えるだろうし、そちらは興味がある。

 ナガミツに断って手早く支度を整え、門の前に停められていた馬車に三人で乗り込み、彼女の魔剣士は御者台へ。

 それからガルディアの屋敷を目指して出発した。

 到着するといつかと同じ部屋へと通されて、そこでナイアと対面する。お久しぶりですと互いに挨拶を交わし、席に腰掛けた。


「本当は他にも貴方にお会いしてみたいという方々がいらしたのですけれど、いきなり多数の貴族がいる場に呼び付けられては驚かせてしまうかと、今回はご遠慮願いました」


「ああ、それは有り難いですね。そんな場に足を運んで、何か粗相でもあったら大変です」


 流石に余所の貴族への紹介とかはタチバナに断ってからやってくれないかなと、心中呟く。それが分かっているから断ったのかもしれないが。

 それに、あまり一度に沢山の顔色を窺うのは苦手だ。


「洛中へお戻りになってからも活躍されたそうですね」


「先日の盗賊騒ぎでしょうか。あれは中々、大変というか、手間取りましたね。随分かけずり回されました」


 馬を使えれば追跡も楽だったのだけど。あんなに走ったのは初めてだ。


「お陰で人々もまた、安心して眠れそうです」


 それから暫くエレナとコノエも交えて他愛のない会話が続いた。茶の良し悪しは分からないが出された菓子は美味かったように思う。

 今回は主にナイア側の身の回りの話が多かった。普段宮廷に出仕していることが多いので、そこでのあれこれだ。女王の傍らにいた際の出来事や、そこから始まって政治に関与する他の貴族や宰相を筆頭とする役人の話。エデンにはもう少し積極的に政治へ参与して欲しいとか、ロウグの高慢さが少し目に余るようになってきたとか、宰相は挿げ替えるべきとか。

 縁遠い宮中の世界がどのようにして動いているのか垣間見られるようで、かなり興味深かった。

 関わりたいとは思わないけれど。見ている分には面白い、という奴である。


「そういえば、陛下の体調等はどうなのでしょうか。一時、良くないそうだと聞いたことがあるのですが。現在は壮健ですか?」


「確かに数年前、一度だけ、悪くされたことがありましたけれど、以降は元気なものですよ」


 徐ろに女王の健康面へ話題を移したコノエへナイアが笑顔で答える。女王の体調不良など聞いた試しがないので、俺が都に上る以前の出来事だろうか。


「それは良かった。……先王とその妹も若くして病に倒れましたから、ひょっとしてお身体が弱いのではないのかと心配だったのです」


「陛下もかつてはそうでしたね。十五を過ぎたくらいから、大分安定なさいました。……曲者があって気持ちに喝が入ったのが良かったのかもしれません」


「曲者?」


「はっきりしたことは分かりませんが、お着替え中に何やらあったようで」


 そんなこともあったなと振り返りながら茶を口にした。

 コノエには初めて魔王の社を訪れた際の話をしていないので、何のことやら分からないだろう。ナイアは多分、知っていて可笑しそうに喋っている。


「ねえ? サコン殿」


「あれは稀有な体験でした」


「殿方でご覧になったのは貴方が初めてでしょうね」


「宮中へ覗きに入ったのですか?」


 笑うナイアとは反対にコノエは目を見開いてこちらを見る。エレナも何も聞いていなかったようで目を丸くしていた。


「連れて行かれたのさ。意識だけ。俺が初めて魔王の社へ足を運んだときに起こった出来事だよ。いきなり意識が身体から切り離されて、空を飛んで勝手に移動していった先に下着姿の陛下がいた」


「ああ、わざとではないのですか」


「何だと思ったんだ?」


「てっきり好奇心で式神でも飛ばされたのかと」


「……成程」


 流石にそれだったら、何かしら処罰を受けていたに違いない。


「あの出来事が何のために生じたのかずっと謎でしたが、それで陛下の体調が安定したのだとしたら、魔王の思し召しというわけですね」


「それは大変興味深い考えです。貴方の魔力を触媒に自身を滅ぼした血筋の娘を助けて、何をなさろうとしているのか。きっと世の中をどうにかしてやる計画があるのですね」


 ナイアがおどける。


「サコン殿はどうですか? 魔王の代弁者として。陛下の身体が元気になった以上、きっと王室自体に害意はないはずですから、もっと別の、破壊されるべき何かがありそうですが」


「神の代弁など恐れ多いですが……今更人々に危害を加える意図があるとも思えませんし、全く測りかねますね」


 とうの昔に祟り神ではなくなっているのだし、害意のはずはない。そもそも魔王の社へ参拝に出て、尚且好意的に迎えられたのは俺であり、俺とは全く無関係に彼女が助けられたとも考え難いのだが、それではどのような繋がりがあるのかと問われれば答えに困る。

 そもそも女王の体調の回復とあの出来事が、必ずしも関係しているとも限らないが。


「歪んだ伝統などはどうでしょう?」


 笑顔のまま、結構重要な話題に踏み込まれたのが分かった。招待されたのはこのためかと直感する。


「閉鎖的な近親相姦とか、ですか」


「正に」


「陛下の不調の治癒と脈絡がないように感じます」


「生き永らえて真っ当に子を作れという示唆ならば筋が通るでしょう? あのままもしものことがあって王家の血筋が絶えていたら、それこそロウグ殿が言うようにどこかの貴族辺りが王位を継承して、悪しき伝統を継承したに違いありません」


「言われてみると、納得の行く解釈です」


 悪しき伝統。かなり率直な非難の言葉だ。傍らのエレナも不穏な流れを察して心許なさそうな表情になっている。


「ナイア様は陛下に力のある貴族と婚姻を結ばせたいのでしたか」


「ご存知なのですね」


「はい、聞き及んでおります」


 その辺りで何か話したいことでもあるのかなと話題から推測して、俺から切り出してみた。


「一体何故に、今更親族の中で子供を残していくことを厭うのです? ずっとやって来たことでしょう」


「どれだけ続けられた行為であろうと、歪なことには違いありません」


 彼女は一瞬、ちらとコノエを見てから続ける。


「何もかも歪んでいるとは思いませんか。親と娘、兄と妹、姉と弟、或いは従兄妹、叔父と姪……市井ではあり得ない組み合わせで子を作り、偉大な祖先の力と血を守るのだと言いながら、実際には多くの家が衰えを見せている始末。それを力ある平民に頼って誤魔化して、その上裏ではこそこそと、その平民とまぐわって血筋を盛り返そうという節操のなさ」


 暗に俺とタチバナの関係への言及。こちらにとっては美味しいだけの話なのだけど。


「王室が先陣を切って伝統を改めてくれれば、我々もそれに続けるのです。誰を騙すでもなく堂々と大手を振ってより強力な魔術師を取り込むなり、政治的な力のある家と婚儀を結ぶなりして血筋を強化していけば良いものを。……そのためにも、王室が一人きりになり変革を余儀なくされている今は絶好の機会なのです」


 彼女の視線は真っ直ぐに俺を見て、それからコノエにも再び、一瞬だけ向けられる。


「エデンが頷いて協力してさえくれれば、他の貴族達や宰相に対しても押し切れるはずなのですが、彼にはどうもその気がないようで。陛下の夫に推薦するとまで言っているのに。無欲な保守派というのも困ったものです」


 深い溜息。


「お二人はこの歪みをどう考えますか。この機会に率直なところをお聞きしたいのです」


 それで、ナイアの吐露は終わった。

 俺の答えは至極簡単なものである。言い繕うことはせず、はっきりと口にしてしまおう。


「別段、思うところはありません。お陰で結構、得させてもらってる立場ですからね」


「この話が成れば、さらなる利得が有り得るとしてもですか?」


「と、いうと?」


「サコン殿程のお力があれば近く起こるとされている動乱、或いはそれを逃したとしても、いずれかの機会を捉えて活躍し、叙爵というのも夢ではないでしょう。貴族への道が十分に見えているお立場なのです。そしてその時、伝統が破壊されているのであれば、大手を振って迎えたい相手もいるのでは? 現状の慣習では仮に貴族の初代と成れたとして、平民出の魔術師を妻に取るしか道はありませんよ」


「…………タチバナの女性でも迎えられたら素晴らしいですね。夢のある話だ」


「ああ、やはり私の読みは当たっていたのですか。あの家は代々情の深い者が多いですから、きっと精神的にも結びついているはずと思ったのですよ」


 あまりコノエの前で確信に踏み込んだことは言わないで欲しい。彼にはタチバナ姉妹との関係を説明していないのだ。


「コノエ殿はどうです? 魔術師ではない者の立場として、そうした人々に寄り添った目線で考えて下さい。欺瞞に塗れた姿を見せて国民を欺く王侯貴族、どのように感じるでしょう?」


「……あまり、良い気はしません」


 彼はそこで言葉を切って、それきりだった。

 ただ、ナイアはそれで満足したらしく、再び俺へと語り掛ける。


「それではサコン殿、私共の派閥にお味方下さいますね?」


「味方と言っても、何を期待されているのです」


「難しく考える必要はありません。いずれ手柄を上げるか、何らかの形で陛下と私的に言葉を交わす機会でもあれば、それとなく進言してみて下さい。何と言っても、陛下自身がこれと意を決して下されば、それで済む話なのです。今は我々臣下の議論を尊重して、何も言わずにいて下さっているようですけれど」


 つまりあの魔王の社での逢瀬の中で、どうにか説得してみてくれないかという話なのだ。

 女王はそれとなくナイアに味方して欲しいような雰囲気だった。

 自身で決定を下す覚悟のない王と、王を唆してどうにか政治的対立に勝利し意見を通したい臣下という構図か。

 しかしながら、そこに参画する意志はない。


「お話は良く分かりましたが……はっきりと承諾の返事をするわけには。タチバナを裏切るのも気が引けるので」


「勿論、無理にとは申しません。今は気に留めておくだけでも十分。いずれ貴族にでもなりましたら思い出して下さい。その際、陛下のことに決着が付いていたとしてもです。むしろそちらが重要でしょうか。その場合には幾つかの貴族と足並みを揃えて、強引に慣習を打破してしまうつもりなので」


「……中々強硬なのですね」


「当家にも余裕がないのです。私の代はまだ、私がいたので良かったですが、他の家がそうだったように、衰えの兆しが現れています。抗うなら今なのですよ」


 彼女の隣にいたエレナの視線が伏せられる。

 その後は話が真剣になりすぎたと仕切り直されて、幾らかどうということのない雑談をしてから、この会はお開きとなった。


「最後に、サコン殿、一つ謝らなければならないことがあるのですが」


「……何でしょう?」


「今回の依頼、実は当家の中で全く解決不能というわけではなかったのです。ただ、貴方とこうしてじっくりとお話する口実を設けるため、一度頼み事をして貸しを作るという酷く遠回りな手段となってしまいました。ただ呼び付けたのではタチバナに不審がられるといけませんので」


「そのくらい、構いませんよ。今回は旅先で思わぬ拾いものもありましたし、魔物と旅をするなどという珍しい体験も出来て楽しい仕事でした」


 こうして、ガルディアでの茶会は終わった。

 案外、俺の出世の道にはまだ先があるようだと認識させられるやり取りだったし、公式にアリサを妻と出来る可能性があるのは非常に面白い。

 応援を断ったのは、女王が誰かと結ばれる手伝いをするのが面白くなかったからだ。

 貴族となり、貴族の妻を得る以上の道は、ないものだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る