第二章 動乱

第14話 二度目の依頼

「久しぶりにエデンからの依頼だよ」


 ガルディアに足を運んだ翌日、俺はシキから呼び出しを受けていた。昨日の件について最初に尋ねられ、礼代わりに茶へ招かれたと答えておいた。コノエと二人で訪れて、話の内容としては専らそれぞれの仕事に関係したものばかりであり、特にナイアから宮中の日常的な様子について聞けたのは面白かったと述べると、それ以上は特に疑われるでもなく次の用件に移り、エデンの名が口にされた。

 いつも通り一通の書状がテーブルの上へ。


「昨日、宮中へ出仕した際に直接頼まれてね。手紙の方は今朝方届けられたものだ」


 手に取って中身を検めてみると、文面は直接俺に当てられたもので、どうしても外せない用事があるため都を離れられないから割り振られた仕事を代わってくれというもの。非公式の代理ではなく正式な引き継ぎで、この手紙を持って事務局で手続きするようにとある。今回の魔物は一際強力らしいので頼める相手は少なく、どうか断ってくれるなといった旨が最後に添えられていた。


「予てから揉めていた重要な議題について、そろそろ決着が付きそうなのだよ。いつまでも決めないのが一番良くない類の事柄だからね。だからこそ引き伸ばしてやろうという輩もいるのだけど」


 女王に関する問題か。彼は俺がその件について聞き及んでいると知らないので、口には出さないが。


「勿論、引き受けるだろう?」


「はい。やらせて頂きます」


 場所は北西。前回のような北西寄りの内陸部などではなく、北西の沿岸部。人が暮らしている中では都から最も遠い地だ。

 今回は船旅にしよう。


「では、早速支度に移るので」


「頼むよ」


 そのまま屋敷を出て学院に向かい、手続きを行ってから馬に跨って港へ赴いた。船の予定を確認するためである。三日後の朝に北部へ向けた船が出るらしい。そこから北西へ向かう船も出ているが、恐らくは北の港で数日待つことになるだろうと言う。

 それなら馬の方が良さそうなものの、気分はすっかり船旅に傾いていたので悩ましい。

 コノエの下まで向かって次の仕事の話と、船が良いか馬が良いかという相談。俺の胸中を汲み取ったのか、偶には海を眺めながらのんびりと旅をするのも良いかもしれませんねと答えるので、船旅にする。


 自宅に帰ってマヤにも出発の日付を伝えると、転居については任せるようにとのことだった。新しい屋敷には少しずつ新しい家具が運び込まれており、残りについての差配もしておくという。それから使用人の教育も。

 マヤは割と堅物的な性格をしているため、新人教育は厳しそうな予感がするものの、別段無茶はしないだろうし、多少であればメリアなら耐えるだろうと考えて口出しはしない。

 今度帰ってくるまでには子供が生まれているだろうから出発までに名前を決めてくれと言われ、男の場合と女の場合、それぞれについて頭を捻りつつ、タチバナの姉妹と過ごしたり、メリアのために時間を設けて二人きりで過ごしたりして、出発前夜には友人二人と酒の席に着いていた。


「それじゃ、お二人共、お仕事お疲れ様」


 そんなタダツグの言葉と共に盃へ口を付ける。


「大捕物だったみたいだね。あちこちで噂を聞くよ」


「オレは途中で離脱してしまったけどな。同じ魔術師なのに不甲斐ない」


「都育ちの洛中勤務なんだ、あれは体力的にキツいのも必然さ。僻地育ちで年中方々へ駆け回されてる俺だから付いて行けたんだよ」


「……少しは運動もすべきだな」


 そんなセスの自戒を余所にタダツグは犯人についての詳細を知りたがり、周囲が逃走を手助けするくらいに慕われていて、相手も逆に仲間の悲鳴を聞きつけて捕縛覚悟で戻ってきたことだとか、盗んだ金は周囲にばら撒くように使い果たしていて、一切残っていなかったことなどを教えてやる。


「じゃ、義賊って噂は本当だったんだ。その部分は流石に信じてなかったなぁ」


「唯一、絵画を一枚だけ残してたってのがまた洒落てる」


「詳細が知れると人気出そう」


「その名声のまま素直に闘技場にでも行ってくれれば良いんだが」


「元義賊の魔剣士か。格好良いな」


 皮肉ではなく、タダツグは本当に好感を抱いているようだった。

「影響されて真似する輩が出ないか心配だ」とセス。


「出ると思うよ? 皆鬱憤溜まってるみたいだし」


「言う程か?」


「君等、どうせ南の貧しい区域とか行かないでしょ? ボクは結構、遊びに行くんだけど、どんどん鬱屈してきてる」


 煽ってる人もいるから尚更ねと、興味深い台詞が続く。


「煽ってる? 誰が?」


「平民出身の、一部の魔術師」


「そこに君は含まれないよな」


「うん、柄じゃないからね、金持ちがどうとか、政治がどうとか。良くそんな真面目になれるよと思いながら見たり聞いたりしてる。態々自分のお金を貧しい人達に恵んで、その上でそういう煽動をしてるんだ」


「彼らは何がしたいんだ」


「分からない。単に人助けがしたいだけなら、そんな心がくさくさするような演説はしないはずだし…………ここだけの話、どうも分離独立派の面子がやってるようなんだけど、都の貧民に恵んでどうするつもりなんだろうね。国土を割って既存の支配から脱出しようって派閥なのに、洛中の人なんて関係なくない?」


 後半、声を潜めて彼は言う。

 そういえば彼は独立派とも交流があるのだった。

 そして、タダツグの言う通り独立派が都の貧困区で煽動活動をしているとして、そこにどのような道理があるのだろう。俺も全く分からない。


「国土の一部を割って反乱を起こそうってなら、同時に洛中でも派手な騒動を起こさせて自分達が体勢を整えるまでの時間を稼ごうとするだろう。少なくともオレなら、民衆の鬱憤が溜まってて比較的容易に暴動まで持っていけそうな現状、そうするな」


「おー……成程」


「まるで考え付かなかった」


 二人して暢気にセスの見立てへ感心する。


「で、タダツグ、聞きたいんだが、連中の活動は活発化してたりしないよな」


「してるよ? ボクが初めて見聞きした頃よりずっと盛んに、大手を振って動いてる」


「…………大勢の予言に出てくるデカイ騒動とやらも近いんじゃないか? そろそろ向こうとは距離取った方が良いと思うぞ」


「そうしたいんだけど、向こうから寄ってくるし、今から付き合い断るのも怖いんだよね。何かされそうで」


 眉根を寄せてぼやく。既に難しい立場となってしまっているようだ。


「どうしよっかなぁ」


「俺みたいに、志願して洛外で忙しくしてみるってのは? 祭祀の巡行だってやりたい奴ばかりじゃないだろう」


「あっ、良いね、それ」


 彼は今の所、のんびりしたものでこれといった専門性もなくフラフラしている立場だったが、祭祀ならば誰でも行える。


「まあ、ボクよりはサコンの方が心配だよ。確か予言、不穏な感じだったでしょ」


「ああ。俺自身の判断ではどうにもならないって言われたし、気にしないようにしてるが」


「死なないようにね」


「何かあったら言ってくれ。助力は惜しまないよ」


 二人はそう告げる。


「頼りにさせてもらう」


 果たして俺の運命には何が待ち受けているのか。

 今の所、貴族達との関係は良好なはずだし、心当たりとしては独立派が起こすであろう騒動くらいだ。

 万が一何かあったら、彼らを思い切り祟ってやろう。

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